第5話 ビールが美味けりゃ何だっていいよな!

 

 食堂らしきところにはハンクスと同じ制服を着た連中がずらりと着席していた。


「おお、来たかハンクス!」


 一番の上座にいた真っ青な髪の女性が、豪快な笑顔を浮かべて立ち上がった。


「隊長。こちらが――」

「聞いてるよ、聖女様だろう? ああ、ヒジリオっつったっけか! アッハハハハ、聖女を呼ぶつもりで男を呼び出すとはあの神官ども、本当にポンコツだよなぁ!」


 げらげらとひとしきり笑ってから、その人は手を差し出した。


「あたしはマルガレータ。王国騎士団第三分隊の隊長だ。よろしくな」

「セイリュウ、です。よろしくお願いします」

「おう、気軽にマルー姐さんって呼んでくれよ、セイリュウ!」


 マルー姐さんの手は手袋越しでもわかるほどゴツくて硬くて頼りになる手だった……。うっかり“一生ついていきやすぜ姐御!”とか言いそうになる。


「さあ、細かい挨拶は後だ! あんたも席に着きな! 悪龍討伐祝いをしたくてしたくて、こっちはウズウズしてたんだ! ったく、丸一日も待たせやがってこの野郎!」

「え、あ、ごめんなさい……?」

「いーってことよ! さぁ全員ジョッキを持てっ!」


 マルー姐さんの指示に全員が従った。俺も慌てて、目の前にあった木製のジョッキを掴んだ。えっ、おも、重たっ……何ミリリットル入ってんのこれ?

 俺がジョッキの重さに気を取られている内に、場はすっかり静まり返っていた。


「アダバン、ミズルー、パッチ、ヒギート、イーヴァン、エルー、フェリシオ、ヴァトラルに」


 全員が八人の名前を復唱して、ジョッキを目の高さに持ち上げた。打ち鳴らしたりはしない。


 言われなくても分かった――献杯。悪龍に殺された騎士たちへ。


「よーし湿っぽいのはここまでだ! 救世主・聖男ヒジリオセイリュウに、乾杯!」

「「乾杯!!」」


 わぁっ! と歓声が弾け飛んだ。

 俺はなんだか上手く笑えなかった。それを隠すためにジョッキに口を付けて、


「……うまっ!」


 ビールだ! めちゃくちゃに美味いビールだ! 味わいとしてはクラフトビールにありそうな感じだけど、一度も飲んだことのない美味しさだ! すっきりした苦味と酸味、鼻に抜ける爽快感に、わずかに香る柑橘の匂い……ヤバいこれめちゃくちゃに飲みやすいぞ?!


「そうだろうそうだろう?! ビオストリオ辺境伯領にいるうま味ったらこれしかないからね! じゃんじゃん飲んでくれよセイリュウ!」

「いや、絶対飲み過ぎるんで」

「気にすんな! 飲み会とはそういうもんだ! 飲んで飲んで飲みまくれ! 今から二十四時間だけは許してやる! でないとその先に繋がらねぇ!」

「その先……?」

「そうさ! あたしらは辺境で命張ってんだ。魔王の領地のお隣さんだからな! たまにはたるませてやらねぇと、案外アッサリ切れちまうもんだ!」

「――」

「ま、今日が終わったら、向こう一ヶ月は何も無しだけどな! おうお前ら、ありったけ飲んでおけよ!」

「「うぇーい!!」」


 マルー姐さんはジョッキを片手にテーブルからテーブルへ回る旅に出た。


「飯も食え。丸一日何も食ってないんだ、ゆっくりな」

「おう、ありがと……」


 隣にいたハンクスが見たことのない料理の乗った皿を近づけてくれる。なんだこれ? グラタンっぽいけど……あっ、チーズじゃない。味はあれ、肉じゃがだ。肉じゃがをミキサーにかけてマヨネーズぶっかけて焼いたみたいな味がする! 美味しい!


「……」


 こっちの皿のはなんだろう……見た目は完全に豆入り蒸しパン。なの、だが。違う。違った。すごいぞ! ふわふわ感が蒸しパンとはまた違って……綿あめみたいな食感だ! 味は米! そんで豆だと思っていたのは肉だった! ……何の肉か、は考えないでおこう。


「……」


 あれはなんだ? なんか普通では見ない色だ……紫と青のマーブル。絶妙に食欲を失わせてくる色取りだ。まぁ食べてみよう。――甘い。美味い! なんだこれ! 芋と栗と南瓜の良いところだけを取って、もそもそ感をなくした感じ! めっちゃ美味い!


「……おい、セイリュウ」

「ん? なに?」

「ゆっくり食え。そう簡単にはなくならないから」

「え、そんな急いでた?」

「豚みたいにがっついてたぞ」

「マジか」


 気を付けよう。異世界で腹痛とか笑えねぇ。しかもとりあえず“救世主”なのに。

 ハンクスと喋っていたせいだろうか、他の騎士たちが寄ってきた。


「ヒジリオ様、注がせてください!」

「これも美味いっすよ」

「こっちもおすすめです!」

「乾杯しましょう乾杯!」


 わらわらと寄り集まってくる騎士たちは、みんな俺と大差ない年齢の連中だった。二割ぐらいは女の子もいる。みんなラグビー部みたいな体格で、日に焼けた顔で、片手で軽々とジョッキを持ち上げて、水みたいな勢いで飲んだ。

 このペースにつられちゃいけない、ってわかってたけど、まぁつられるよな。美味しいし、このビール。


 ――この人たちが明るい理由を、知ってしまったし。


 案の定酔いつぶれたことを、一体誰が責められるだろうか?

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