束の間の平穏、伸びる魔の手。
第13話
遠い昔、森に閉ざされた奥深く。
少年が、故郷である因習めいた村を暴食のままに喰らい滅ぼした後のこと。
「犬神と同化しているのか……それにこの呪詛の量……」
朽ち果てた村の真ん中で少年と翁は出会った。
少年は満腹感からか、半ば茫然として表情を亡くし、口元に付いた血を拭う気力さえ失っていた。翁は陰陽師であり、一夜にして滅んだ村の調査に来ていた。不器用な男だった。表情が硬いだとか、言葉が足らないだとか、よく云われるような昔気質の男だった。
「おぬし、名は」
少年は首を振った。名前なんてない。忌子として迫害され、口減らしのために捨てられたからと、掠れた声で答えた。
「そうか」
翁はすぐに、この少年が村を滅ぼしたのだと理解した。
同時に哀れにも思った。この幼き命は、正しき道にへ導いてやらねばただ怪異として討伐されてしまう運命にある。何も知らぬまま、人を呪い、世を呪ったまま死んでしまう。それはとても偲びない、偲びないことだ。ゆえに翁は、手を差し出した。彼を正しき道へ導くため、人として生かすために。己が信ずる高きに順って。
少年は、初めて差し出された手を不思議に見つめた。いったい何の意図があるのか理解できなくて、どうしたら良いのかわからなかった。
「共に、来るか」
翁の顔と差し出された手を見比べてまごまごしていると、翁が云った。抑揚のない厳格な声ではあったが、その中には微かな優しさが含まれていた。
少年はその優しさを感じ取って、親友を思い出した。生まれた時からずっと、彼女だけが自分に向けてくれた感情が、優しさだった。もう向けてもらえない、失われたはずの温もりだった。
だから少年は、差し出された翁の手を取った。
「……凛之助」
「……?」
「今日からお前の名は、凛之助だ」
固くてしわくちゃな手が、ぎゅっと、少年の血と埃で汚れた小さな手を包む。
初めて握った人の手は、涙が出るほど温かくて、やっぱり優しかった。
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