お空を飛ぶ
しかし、姫様って何のことだろう。
ダイイングメッセージみたいに一言だけ呟くと彼女は意識を失ってしまった。でも息はしているようだし、気絶したというよりは、眠ってしまったように見える。なぜか俺の顔を見て以降、安心した表情になったようにも見える。ついでに目があった瞬間、なんかこう……風船? みたいな、ふわふわが見えた……気がする。何かの魔法だろうか?
とりあえず、膝枕で彼女を寝かせながら、コハクの到着を待つ。魔法少女の変身が解けたコハクは、急ぐ様子もなく、普通に歩いてやってきた。
「お前な。ちょっとくらい急げよ」
「その娘がやばかったらミカゲ様が飛んで戻ってくるでしょうし、無駄な体力を使わないようにしているんですよ」
にこやかに答えるコハク。何も考えてないようで、俺よりも冷静だ。
「なるほど……それよりもコハク。この娘、俺の顔見るなり『姫様』って言って、眠っちゃったんだけど。なんか解るか?」
「ハハーン。このクラシカルでシンプルな服装は、貴族の侍女か何かですかねぇ」
「この世界、貴族とかそんなのがいる世界なのか……」
「そりゃそうですよ。ミカゲ様の想像するところの異世界ですよ」
しれっと。まるで世界の全てを知っているかのような顔でコハクは答えた。そして、一段声のトーンを落として続ける。
「でも、きちんと異世界転生してミカゲ様が赤ちゃんスタートしちゃうと、ハッピーパウダー貰う前に私が死んでしまうので、厳密にいうと、ミカゲ様の想像に近い異世界の人物と魂の交換をした。みたいな感じです」
「それで、この世界の『姫様』と俺の魂が交換されたと? 姫様は魂を交換されて、魔法少女になってしまったってことか?」
「多分、そうじゃないかな。と思います」
「……ちょっと待て、じゃあ現世の俺は?」
「その『姫様』の魂は、あのゴミ溜めに住む汚い男に入りました。すごく困っちゃってるんじゃないでしょうかねぇ?」
まじかよ。姫様ごめん。でも、すぐには死なない環境だと思うので、かなり恥ずかしいけれど、俺の体をよろしくお願いします。
「まあ、共鳴する魂同士しか交換できないので、Win winなのではないでしょうか」
Win winって何だよと心の中で突っ込む。コハクは得意げな顔で腕を組んで頷いている。
「共鳴? それってどういう?」
「姫様もどこかに逃げたかったんでしょうね」
「いや、俺は売り言葉に買い言葉というか……それほど逃げたかったわけじゃぁ」
「ミカゲ様くらいの軽い気持ちで逃げたかったのでしょう。ちょっとした家出程度の」
ちょっと家出するくらいの気持ちで、春休み引きこもりゲーム三昧の男子高校生の家に飛ばされるなんて、可哀想な姫様。俺が戻るまで、どうか飲みかけのゼ
リーでも飲んで生きていてくれ。それにしても、排泄だけはちゃんとトイレでしておいてよかった。一時期、ペットボトルでもいいか。むしろ、オムツってどんな感じなんだろうか? ……なんて思ったけど、やっていなくて本当に良かった。
「この娘、姫様を探して歩き回ってたのかな?」
膝ですやすや眠る彼女を見る。屋敷の侍女らしい清楚な服装だが、足元や裾がかなり汚れていた。
「多分。それで、見つけて安心したんでしょうかね」
コハクが彼女を自分の膝に移す。
「ミカゲ様、お空を飛んでお屋敷をさがしてください」
「そんなこと出来ねぇよ」
「出来ますよ。えいって飛べばいいんですって」
魔法少女だもんな。出来なくないのかもしれない。えいっ。
軽く地面を蹴ると、ふわりと重力が消えた。蹴っただけの反動で、体が50メートルほど浮上する。腹の中で内臓も浮いて気持ち悪い。おえ。
コハクはお屋敷を探せと言っていたっけ。あたりを見回すと丘の向こう側に町並みが見えた。もうちょっと奥まで見えないかな? と、体を傾けるとその方向へ移動ができた。ちょっとだけコツをつかんで、周辺を見回す。
街の奥の一段高いところに、城のような建物を確認して、コハクたちの元へ戻る。地面に到着した途端、重力が戻る。内臓もあるべきところに収まり、一安心した。
「お帰りなさい。ミカゲ様の衣装はショーパンで良かったですね。スカートだったら中身丸見えでしたもんねぇ」
初めてお空を飛んだばかりの俺を迎えて、コハクは呑気な感想を述べた。
「中身ってなんかえぐいから、パンツとか下着とか言ってくれよ」
「パンティーが見えなくて良かったですねぇ」
パン……ティー……だと? それを履いているのか? 俺が?
そういえば、変身したばかりでこのショートパンツの中身まで確認できていない。あ、俺まで中身と言ってしまった。
「あ、スキャンティーかもしれませんねぇ」
ちょっと待て。パンツとパンティーとスキャンティー。具体的にどう違うんだ? 癖でスマホ検索をしようとして気がついた。
スマホがない。
それはそうか、俺は今『姫様』だもんな。
俺が混乱したり、納得したりと忙しくしている間に、コハクの膝で寝ていた彼女が目を覚ました。慌てて飛び起きて、俺の顔を改めて確認をすると、その場にへたり込んだ。
「ひ〜め〜さ〜まぁ〜。探しましたよ〜。うわぁ〜ん。みつかって、良かった、でスゥ〜。うぇ〜ん」
彼女は忙しく、しゃくりあげながら叫んだ。
「迷惑をかけたみたいで、ごめんね」
なんて声をかけたらいいのか分からないけれど、当たり障りのない言葉をかけた。……つもりだった。
ビクン。俺の言葉を聞いて、電気が走ったように彼女の背筋が伸びた。そして恐る恐る聞き返す。
「あなた、本当に姫様です?」
あれ? よくわかんないけど、すぐにバレた。
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