魔法少女

 ちょっと待て。とりあえず、情報を整理しよう。


 春休みに一人暮らしを満喫していたら、母がメイドを派遣してきた。


 うん。ここまでは、よくある普通の話だ。



 無意識に腕を組むと、両手の甲に柔らかいものが触れた。

 おっぱいじゃん。これ、俺のおっぱいじゃん。女って腕を組むと手におっぱいが当たるんだね! 知らなかったよ。

 まじまじと自分の胸元を観察する。控えめながら可愛らしい胸の膨らみを、黒のレースがたくさんついたブラウスが覆っている。触ってみると、なるほど、自分の体の一部だとわかり、ため息を吐く。


 はぁ……。それで続きだが、派遣されたメイドが魔法少女で、俺を魔法少女にした上に異世界に飛ばしたんだった。どうしたらいいんだよ。


 諸悪の根元の魔法少女コハクが無邪気に俺の様子を覗き込む。


「ええと、おっきいおっぱいだけが正義じゃないと思いますよ。ドンマイです」


「ちげーよ。別に小さいとか、どうせならもう少し欲しかったとか、そんなことじゃねぇよ」


「すみませぇん。胸のサイズ上げるには、今一度ハッピーパウダー頂かないと……でも、全体で言えばかなり可愛い出来上がりだと思いますよ」


 前屈みのコハクは、俺のと同じくらいの胸をしていることに気がつく。それで何となく納得した。


「コハク、色々と確認させてくれ」


「ミカゲ様、何なりとどうぞ」


「コハクの目的は何だ?」


「ハッピーパウダーですね。これ、1週間浴びてないと死にそうになりました。多分、週1で浴びてないと死んじゃうと思います」


 ……今になってえげつない魔法少女の設定出てきた。いや待て、俺も魔法少女なんだけど。


「あのさ、俺、今変身中じゃん。魔法ってどうやって使うの?」


「ええと……えい! ってやれば私はできますけど……そもそも力の源が一緒だとは限らないと思いますから一概には言えませんねぇ」


 コハクは、コホンと小さく咳払いをした。


「魔法少女の魔法なんですが、私のことで言えば、人が幸せに感じる瞬間が見えます。所謂、ハッピーパウダーが放出されるので。あと、だいたい出た理由もわかります。粉の味っていいますか……そんな感じでわかります。それで、感覚的に量もわかるので、たくさん出れば出るほど願いを叶えられたり、大きなことができたりします」


 リアル魔法少女に出会えた俺はよっぽどハッピーパウダーが出ていたんだな。と思うとちょっと恥ずかしい。どんだけ魔法少女好きなんだよ。


「本当はひとりぼっちで寂しかったんですよね。ミカゲ様」


「ばっ!!!!! ばっかじゃねぇの? ちげえよ。美少女メイドが魔法少女でテンションぶち上がっただけだよ」


 不意をつかれて涙が出そうになる。見られたくなくて顔を背けた。


「ふふ。そうですか。キショいですね」


 きついセリフだけども、声色は優しかった。コハクは優しい声色で続けた。


「ミカゲ様の力の源はわからないんですが、多分、何らかのハッピーパウダー的なものを浴びないと多分1週間で死にそうになって、10日もすれば確実に死んじゃうと思います。魔法少女の設定は私を準拠したので」


「まじかぁ……。異世界でそれを解決するのって無理ゲーだよな。とりあえず、ハッピーパウダーをコハクに浴びせて、現代日本に帰った方が良さそうだな」


 さっきコハクが指差した女の子を、再度確認する。


 丘の上を歩いていた女の子が、パタリとタイミングよく倒れた。


「あーあー生きてますかね? あの子……」


 呑気に実況するコハクをおいて、とりあえず丘までダッシュする。魔法少女の体は羽のように軽く、まるで矢のように走ることができた。倒れている女の子を抱き起こすと、彼女は目をかすかに開いてつぶやいた。


「……姫様」


 ……とりあえず言葉が通じるようで安心したが、この行き倒れをどうしたら異世界転生を取り消すほどの幸せにできるんだろうか。


 皆目見当がつかなくて、途方に暮れた。

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