デリバリーメイド
愛の力で変身し、絶大な力で無双予定の魔法少女。
それが今の俺。
こうなってしまったのは、ちょっと前、メイドのお姉さんが家にやってきた時に始まった。
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「ぐあー! 春休みニート、最っ高!」
ゲームのセーブ画面を眺めつつ、丸まった背筋を伸ばす。モニタの中で、俺のアバター。めっちゃ可愛い魔法少女キャラが待機ポーズで佇んでいる。ゲームは佳境に入りつつある。今日はここから長丁場になりそうだ。一旦、飯食っておこうかな。椅子を180度回転して、足元に転がる段ボールからゼリー飲料を取り出す。
高校1年の春休み。母と2人のマンション暮らしの俺は、母親の長期出張をいいことに自由気まま、やりたい放題、やりたくないことはしない放題の引きこもり生活を謳歌していた。
「あぁ、ゼリーこれで最後じゃん……忘れないうちにポチっとこ。めんどくさ」
ピンポーン
めんどくさついでにドアチャイムも鳴った。
「誰だよ。まじでめんどくさ」
部屋に篭りきりなので、独り言をこぼすのも自由だ。それをいいことに、思ったことが口からポンポン出るようになっていた。学校が始まるまでにこの癖、直しておかないとな──なんて、ごちゃごちゃ考えながらインターホンの画面を覗く。
「は? 何?」
画面の中で、めっちゃ可愛い女子が微笑んでいた。
「誰だよ?」
どんなに可愛かろうが知らない人が訪ねてきたらちょっと怖い。恐る恐る受話器に話しかける。
「あの……どちら様ですか?」
「ヘルシーな生活をお届けします。の、デリバリーメイドでーす⭐︎」
よく通る、元気が良い大声。
良すぎて廊下の先、玄関ドアの外側から生の声も聞こえてきた。デリバリー……何? なんかよくわからんけど、集合住宅の廊下って音響くし、ちょっといかがわしい何かを俺が呼んだみたいにご近所さんに思われかねない。
母親の不在をいいことに風俗を呼ぶ男子高校生。そんな噂話が頭をよぎる。
「よくわかんないけど、ちょっと中で話を」
とりあえず、声のでかい美少女を玄関に招き入れた。インターホンの画面越しでも可愛いと思ったけれども、直にみると本当に可愛いな。背は小さめで頭のてっぺんが見えるくらいだ。ツヤツヤな黒髪は肩につくかつかないかの長さで、動作するごとにサラサラと揺れた。シンプルな黒のコートがきちんとした印象をより際立たせている。
そんな清楚な彼女だが、とりあえず訪問する部屋を間違えているから、相談に乗ってあげよう。てか、俺すげー適当な部屋着なんだけど。失敗したぁ。
「あの、俺はそういうの頼んでないから部屋の間違いだと思うけれども……」
「ええと……蔵内ミカゲさん。ですよね?」
目の前の美少女は、大きな瞳で真っ直ぐ俺の顔を見上げた。瞳が濡れていて、一瞬泣いているかとドキッとした。
「え? はい。あの、蔵内ミカゲは俺です。けど、ヘルシーなデリバリー的なのは頼んでないです。だって高校生だし……」
「よかった。お母様からご依頼いただきました。デリバリーメイドの黒玉コハクです。よろしくお願いします」
コハクちゃんは、濡れた瞳をクリッとさせて微笑んだ。泣いてなくてホッとすると同時に、内容を遅れて理解し、焦る。
「ちょっと待って、全然聞いてないんだけど。メイドってなんで?」
「ミカゲに聞くといらないって言われるから勝手に頼んどいたよ。若いからって自堕落な生活してるとビョーキになっちゃうわよ。と、お母様からのご伝言です」
母親にすっかり見透かされていて、片手に掴んだままのゼリー飲料をなんとなく背後に隠す。
「ミカゲ様、まずはお食事準備しますね。おじゃまします」
コハクちゃんは笑顔で部屋に上がり込んできた。
「ミカゲ様は、何が食べたいですか?」
突然うちに押しかけてきた、デリバリーメイドのコハクちゃんは、コートを脱いでポールハンガーにかけた。コートの中は地味な黒のワンピースで、俺は特に理由はないけれどがっかりする。がっかりついでに、飯についても白状することにした。
「あ、ごめん。実はもう食ってる」
食いかけのゼリー飲料を見せる。コハクちゃんはあからさまにがっかりした顔になった。
なんか2人でがっかりしてんな。と思ったら、ちょっと笑えた。
「ミカゲ様ぁ、何笑ってるんですか? 私、ハッピーパウダーがないと何もできないんですけど?」
━━ハッピーパウダー? あの、楕円形の煎餅に掛かっている甘塩っぱい粉のことか? それと俺の飯に何の関係があるんだ? わけわかんない女だな。
俺のモノローグを読んだのか、コハクちゃんが説明を続ける。
「あのっ、ハッピーパウダーっていうのはですね私が命名したのですが、人が幸せを感じる瞬間にパァァ〜って、こう、粉っぽい物質が出るんですよ。それのことです。それを元に私は力を使えるようになるんです」
追加説明もなかなかの意味不明さだ。どうしよう。困ったぞ。このこ、可愛いけど、やばい娘かもしれない。
「ミカゲ様に手っ取り早く幸せを感じて欲しいんです。美味しいもの食べたら幸せになると思ったんだけど……どうしたらいいですか?」
コハクちゃんは大層困った様子で懇願した。幸せかぁ…そんなの、これしかない。
「魔法少女」
申し遅れましたが、俺は魔法少女が大好きだ。もう、大好きというよりは、生活になっている。魔法少女isマイライフ。ちなみにさっきやっていたゲームも自キャラは魔法少女だ。
「え? ミカゲ様、私のこと本当は知っていたのですか?」
ぽん
軽い音と共に、目の前の黒ワンピースの女の子が、黄色ベースのフリルたっぷりのメイドモチーフ魔法少女に変身した。
黒のボブヘアも黄味かかったブラウンになっていて、ボリュームもマシマシになっている。早着替えなんかじゃできない芸当だ。
これは、本物だ。と確信する。何だよ。まじかよ。最高かよ。ハレルヤ。
「あっ! ミカゲ様! それです!!! ハッピーパウダー」
魔法少女コハクは俺の手をとり、踊るようにくるりと回った。
「ハッピー補充完了! さあ、ミカゲ様、何なりと申し付けください。ほぼ何でも叶えられるはずです」
「そんなアホな」
魔法少女はできないことも少なくない。特に、こう、悲しい運命やエグい秘密があったりするものだ。この娘は、一体どんな運命を背負っていて、どんな秘密を隠しているんだろうか。やばい。めっちゃ興奮する。
「ミカゲ様、いい調子です。ハッピーパウダーが止まりませんよ! とりあえず何か言ってみてくださいって」
コハクは自信たっぷりの笑顔で頷いた。
「じゃあ……異世界転生でもしちゃおうかな?」
「はい! 喜んで!」
コハクが手に持っていた魔法少女のロッドを一振りし、華麗にターンする。そしてもう一振り。
先端に大きな宝石のついたハートモチーフの頑丈そうなロッドが、俺の脳天を直撃した。
ぱちり。
音がでそうなくらい大きな動作で瞼を開く。辺りは霧がかかっていて、頬をくすぐる草は湿っていた。
どうやら俺はさっきまでいた自宅のリビングではなく、どこかの草っ原で寝ているらしい。体を起こすと、背後から声をかけられる。
「ミカゲ様。お目覚めですか? 仰せのまま、異世界へ連れて参りましたよ」
ハイトーンの明るく元気な声。振り返ると、コハクが変身前の地味な黒ワンピースに戻っていた。
「ミカゲ様のハッピーは使っちゃったので一回休みです。とりあえず、あの娘をハッピーにしてください。じゃないと魔法が使えなくて元の世界に帰れませんよ」
そう言って、コハクは丘の向こうを指差した。その先を視線で辿ると、女の子が1人佇んでいるのが見えた。
え? それ、難しくないか?
どうしよう? 考え事をするために腕を組もうとして、ふと気がついた。
俺の腕、細くなってないか? 慌てて手をマジマジと見る。小さくて可愛い手。爪がツヤツヤに光っている。どうなっているんだ。自分の姿を知りたくて全身をさする。ささやかながら胸が膨らみ、上着が短かすぎてへそが見える。ついでにショートパンツもショートすぎる。これじゃあ、アレが出ちゃう。焦って股間を確認すると、出ちゃうも何も、そのものが消え失せていた。
「俺、どうなってる?」
「可愛い魔法少女になってますよ」
コハクが笑顔で教えてくれる。
「え? どういうこと」
「はい。異世界に行きたいっていうのと、魔法少女と二つ。叶えましたよ。ミカゲ様」
コハクは、弾ける笑顔で答えた。
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新連載です
がんばります
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