第9話

 林の中を黒い毛で覆われた生き物がのっそのっそと歩いていた。かさかさと葉が揺れ、小枝が折れる音。水の音。近くに沢があるようだ。

 黒い毛の生き物は音のするほうへと歩を進めていく。水の音が大きくなってきた。進んだ先には滝がある。その中へザブンと入った。頭をもたげてしばらく水の流れを見ていると、上から何かの影が落ちて、ジャボン! 滝壺にそれは落ちた。

 泡と共に浮かんできたそれを黒い生き物は口にくわえて、岸の方へと運んでいった。

「ううう」

 ソウは咳き込んで水を吐き出した。

「ごっほ、ごっほ」

 落ち着いてから顔を上げると、熊がこちらをのぞき込んでいた。

 黒い瞳が心配そうに見ている。

「君が助けてくれたのか、ありがとう」

 ソウは熊の首に抱きついた。

 熊はソウに頭をこすりつける。

「あははは」

 ソウはくすぐったそうにする。

「乗れって?」

 ソウは立ち上がって、熊の背中に乗った。「よっと」

 熊の毛を握りしめる。

(どうしたらいいんだろう、そういえば人間の住む場所に、困ったら助けてくれる魔法使いがいるって噂があったな……)

 ふと、熊の背中に落としていた視線を上げた。鳥の声と風の音がする。

「外の森ってこんななんだ」

 ソウは精霊の森から今まで一度も出たことがなかった。

「外の森も綺麗だな、あ、見たことない植物が生えてる」

 少年は目を輝かせながら周りを見ていた。

「わー」

 川のせせらぎや鳥の声、木々の緑の間から零れ落ちる光は精霊の森と似たようなものだった。

 綺麗に咲く薄紫の花達に囲まれて、子鹿が一匹、体を丸めて座っていた。ソウの方に顔を向ける。

「こんにちは」とソウが言葉をかけると、子鹿は耳を動かして挨拶を返してきた。

森から抜けると、突然、木が切断されて切り株だらけの場所にでた。

「なに……」

 そこは、人間達が木を伐採したあとの禿げ山だった。

 少年は目から大粒の涙をボロボロと流し、「森が死んでる」と嘆いた。

 息が止まりそうなくらい苦しい。

 ずっと山向こうまで同じような有り様が続いている。

 ソウは熊の背から降り、切り株に手を触れた。

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