第6話 マサキ
マサキはかつてマルコスのセフレだった。マルコスはハンサムで人気者だし、発信力と影響力がある。若さと美しさは時として最大の権力になり得る。
元々マルコスの歌ってみた動画を撮影してるヨーコとは面識があった。ヨーコとはビジネス同好会の同じメンバーだった。ビジネス同好会はみんな何かしら投資やら自分で作った何かしらを売買しているような連中が集まったサークルである。
ヨーコは作詞作曲した曲を最初はヨーコ自身が歌っている動画を出していたが、再生数が伸び悩んでいた。「いっそのこと別の派手なヤツを歌わせてみた方が再生数が稼げる」と、マサキがアドバイスしてやった。そこでヨーコはマルコスに目をつけて歌わせたところ、声はスーパーハイトーンボイスという天使の歌声という触れ込みでたちまち動画はバズってしまった。当初ヨーコはそのことにショックを受けて打ちのめされていたが、今は完全に裏方の仕事とマルコスのプロヂュース業にシフトし始めた。ビジネス同好会メンバーからはヨーコの売り上げ高がダントツで高かったので、尊敬を得るようになった。
マサキも当然そんな影響力のあるマルコスに興味を持ったので、ヨーコに紹介してもらうことになった。メチャクチャな日本語と陽キャなキャラとスーパーハイトーン
の天使の歌声というギャップにまたもややられてしまったのだ。
マサキはマルコスにおもしろ半分で変な日本語を覚えさした。
女の子達に、
「インラン アバズレ ヤラセロ」
って言っても女の子達は笑って許してくれる。
「何ゆってんの」
とか
「この外人、うけるんだけど」
「マサキが教えたんでしょ」
「正しい日本語教えようか」
魅力的な男だったら、女はなんでも許すのか?商品価値の高い男は何を言っても良いのか?という理不尽さとともに、それ以上にマルコスに興味を持った。
だから、マサキはマルコスととりあえず寝てみることにした。
その日は、マルコスとヨーコといつものブリティッシュパブでだいぶ飲んでから、マルコスの家に行った。ヨーコもマルコスと同じ家でルームシェアしていたので、リビングで飲みなおすことにした。リビングには他にも音楽学部の学生が数人いて、軽いパーティーみたいなノリになった。
「オレ ヘヤ ニ モドル」
と、マルコスが言ったので、マサキはしめしめとばかりに後をついて行った。
マルコスは鍵を開けて、部屋の中に入り、ドアを閉めようとしたら、何かが挟まってドアが閉まらなかった。
「いて―」
マサキがドアが閉まるのを阻止しようと足を間に差し込んだので、ドアに足を挟んでしまったのだ。
「ナニヤッテンダ?」
マルコスが半ばあきれながら言った。
そのスキにマサキは部屋の中にスッと入り、ドアを閉めた。
マサキとマルコスは至近距離でしばらく見つめ合っていた。
(分かったことは、どんなにハンサムで素敵な男とやったところで、やることは一緒だということだ)
つまり、マサキはマルコスとの性交渉は期待値が高い分、普通でつまらなく感じてしまった。
(見てくれの良さとはそういうものなのか?確かに、マルコスの魅力が今がピークで後は年を取るに従っていつかは下がっていくに違いない)
「うちの商品に手をだしたでしょ?」
ビジネス同好会の部室でたまたま2人きりになった時に、ヨーコに何故かすごく怒られた。
「なんでバレたんだ?」
マサキはヨーコがマルコスとの関係を知っていることにまず驚いた。
「マルコスによく相談されるんだけど、彼は誘われると断れないんだって」
「そう、俺から誘った」
「マルコスは忘れられない人がいるんだけど、会えないらしく。その寂しさからついやっちゃうらしいのよ」
マサキはマルコスの一途な一面に再度がっかりした。1人を好きになるが、両想いにになれないから、たまにうっかり失敗してしまうという普通さにがっかりした。
「マルコスはもっと破天荒なヤツだと思ってたんだけど」
「ぜんぜん」
ヨーコは手を横にふった。
「普通の男だよ。変なこと言うけど、口だけだよ」
「やっぱりね」
「なんで」
「期待外れだったから」
「なにそれちょっとひどいんだけど」
ヨーコは信じられないとばかりにマサキを睨みつけた。
「ほら、マルコスの場合無駄に期待値が高いから、それはしょうがないよ。まあ。普通だったってこと。いや、でも実際はもっと良かったのかもしれないけどねえ、マルコスとは1回やってみたということ自体が価値があるってことなんじゃない?」
「ほんともう意味わからない」
「つまり、価値あるとされる人間とはとりあえずやっておくことが大事だってこと」
「それでなにが分かるの?」
「こんなものかって分かるよ、しょせん人間なんだからやることは同じなんだなって分かるよ」
「それを言ったらだれとやっても同じってことになるんじゃない?」
「それはならないよ。だってやる必要のない人とは絶対にやらないから」
「やる必要のある人って?」
「何かしらの価値があるとされる人かなあ?例えば自分に無いものを持っている人とかなあ?」
「確かに、マルクスの影響力は自分とは比べ物にならないということは嫌ってほど分かるよ」
「マルコスはうっかりやっちゃう人なわけだから、機会があるならやっとけば」
「でも結局、普通のセックスで、自分とさほど変わらない普通の人間ってことが分かるんだよね?」
「良かったとかどうとかが重要なんじゃないんだよ、人気者のマルコスとは経験済みだということに価値があるんだよ」
その1週間後にマサキはヨーコと再度部室で2人きりになった。
「マルコスとやったでしょ?」
ヨーコは顔に思っていることがすぐでるので、図星で本当に気まずい表情が分かりやすく出ていた。
「なんで分かったの?」
「ヨーコは俺のアドバイスを良く聞くから」
「あーーーーーーまあ、そうね、聞くよね。成功体験があるしね」
「どうだった?」
「普通だね」
「そうだね。分かって良かったね」
「男はみんな同じだね」
「まあ、そんなに変わんないよね」
「今言ったこと絶対にマルコスに言わないでよ。そういうのすごい気にするから」
「あーー、しそうだね」
「あの人、ちょっとしたことですぐクヨクヨするから」
「するだろうね」
「まあ、普通だからね」
「そうだね」
ヨーコとマサキは同時にため息をついた。
「やったこと後悔してる?」
マサキはヨーコに尋ねた。
「後悔はしてないかなあ。でもしばらくこういうことはしたくないかなあ」
「それスゴイ分かる」
「なんかさあ、とりあえずやっとくっていうのは、動物みたいなんだよね」
「そうかなあ?」
「なんかさあ、自分はやっぱり人間でいたいんだよね」
ヨーコはなんだか悟りを開いたような達観した表情をして言った。
「愛の無いセックスは動物ってこと?」
「まあ、そういうことなのかなあ?よく分かんないけど、セックスって何の為にやるんだろうねえ?」
「うーーん、気持ちいいから?」
「じゃあさあ、マサキは気持ちのいいセックスしたことがあるの?」
「やる前の期待感がマックスかなあ、マックスから後はただの作業かなあ」
「キスからが、作業ってこと?」
「そうそう、キスしたらあとはだんだん萎えてくるんだよね。つまり、相手を知らない方がドキドキするっていうか」
「それ分かる気がする。分かる気がするから、しばらくしなくてもいいや」
「分かってくれてありがとう」
「でも、マサキはどうせまた誰かとすぐするんでしょ?」
「まあ、するよね。必要だと感じたら、ソッコーするよね」
「だからその、することが必要だと思うのって意味が分からないんだよね」
「直感でさあ、自分に無い才能のある特別な人とは経験としてやる必要があるって思う」
「つまり、つまらない人とはやる必要が無いってこと?」
「あ、そうそう、そういうこと」
それから、ヨーコは難しい顔をして、マサキにある提案をした。
「マルコスの次の動画なんだけど、なんか女装してたよねえ?あの恰好で歌わせてみたいんだけど」
「なるほど、せっかくだから歌う曲はオリジナルにしてみたら」
「それいいねえ」
「マルコスは今まで性別とかの個人が特定できる情報を一切公開していないんだよね。ほらせっかく性別を感じさせない高い声だから」
「それは、絶対出さない方がいいよ。ミステリアスな方が絶対面白いから」
マサキは作詞は周りのセンスのありそうな連中から書いてもらって、それを元に作曲科の学生に曲をつけてもらおうということになった。
「ああ、そうだ、フィギュア同好会のメンバーにもこのこと話しておかないと」
「なんで?」
「今マルコスモデルで美少女フィギュア作ってるから」
「はあ、なにそれ?」
「それであの衣装着させてポーズとってもらって写真を何枚かとらしてもらった」
「はあ、あんたたち私の商品をよくも」
「マルコスは間違いなく商品価値が高いね」
「私の二番煎じのくせに」
「でも、もとは俺のアイデアだから。派手なヤツを使えって」
「でもさあ、なんかずるいじゃん」
「まあまあ、今日フィギュア同好会の部室に寄っててよ。マルコスの写真たくさんあるから見てってよ。想像以上にかわいいよ」
「分かったよ」
マサキはフィギュア同好会の部室にヨーコを連れてきた。
「今日はマルコスの歌ってみた動画を作ってるヨーコを連れてきた。マルコスと同じ声楽家の3年だよ」
「おー、またキラキラリア充の音楽学部か」
シショウがまたビビりならヨーコの方を見た。ブッチャーは「どうも」とばかりに頭をペコリと下げた。
「なんだね、そのマルコスの動画とやらは?」
シショウが尋ねると、ヨーコが自前のタブレットPCをバックから出して、動画を再生した。すると日本のアニメの歌を歌ったマルコスがでてきた。
「素晴らしい」
ブッチャーがパチパチと手をたたいて感動した。
「マルコス君のつたない日本語と美しいハイトーンボイスが母性本能をくすぐりますなあ」
「母性本能?それ、初めて言われたかも。天使の歌声って言われて動画サイトでバズったんだよ。それからこのサイトに貢献した動画クリエイターとしてパーティーに招待されて行ったこともあるんだから」
ヨーコは胸をはって自分の功績を説明した。
「今度、うちのフィギュアのドレス着せて歌ってもらおうと思って、つまり歌ってみた動画とのコラボだ」
「おーーー、それはすごい!!」
シショウは驚きで叫んで、その横でブッチャーは手をパチパチたたいて感動をあらわした。
「バターーン」
部室のドアが思い切り開けられ、アオイが入ってきた。
「パツキンマル子のデザイン描いてきました」
「あっ、こないだのマルコスの友達?」
ヨーコが尋ねると、アオイはコクコクうなずいて答えた。
「ヨーコと何知り合いなの?」
マサキがアオイに尋ねると、アオイはやっぱりコクコクうなずいて答えた。
「バターーーン」
また、ドアが思い切りあいた。
「チョット オイテカナイデ クレヨ」
マルコスが不満そうな顔をして入ってきて、アオイの腕に巻きついてきた。
「あれ、マルコス?」
「ヨーコ? ナンデ イル ンダ?」
「マサキに連れてこられたんだよ」
ヨーコは答えた。
アオイは部室の真ん中にある机の上に丁寧に着色された自分のデザイン画を何枚か並べた。その横にこないだ撮った写真も比較できるように並べていった。
「どうです」
「どれも素晴らしい出来だ」
シショウはウンウンうなずきながら言った。ブッチャーも手をパチパチして喜んだ。
「この中から2点選んで試作を作ってみるのでどうです?王道の純粋無垢で高貴な天使イメージ1つと恥じらいエロバージョン1つ選んでみるのはどうです?」
マサキが提案した。
「うむ、そうしよう」
シショウがゴーサインをだした。
「ちょっと、よく見たら、ここになんかついてない?これ何?」
ヨーコがマルコスの巨根を指さした。
「これはまだどうするか、検討中なので。これ以上つっこまなくて大丈夫だから」
マサキが意味深なことを言ったので、ヨーコは不思議そうな顔をした。
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