第3話 ヨーコ登場

 学食でアオイはタクロウと食事をしていた。


「昨日、金髪の外人と一緒に帰ってたけど、何かされてない?」


「ああ、大丈夫」


「迷惑だったら、ちゃんと言わないと駄目だよ」


(君も僕の太ももさわってたよね?)


「大丈夫だよ。俺も一応男だから。ふざけて、からかってるだけだよ」


「心配してるんだよ。ああいうチャラチャラしたヤツには気を付けてよ」


「俺からやめるよう言ってあげようか?」


 すると、同じ油絵科の女子達に囲まれて座られてしまった。

 女たちは、アオイの頭のてっぺんからつま先までじっとりと見て、値踏みしてきた。


「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」


 女子グループの女ボスのミチョが強い目でアオイをにらみつけながら詰問し始めた。ミチョはガリガリにやせた美人で、金髪できつめのど派手なメークをして、目をまばたきするたびにつけまつげがバサバサ揺れた。


「王子とは、知り合いなの?」


 アオイは恐怖で黙ってしまった。


「なに、シカトしてるんだよ。ああーん。」


 ミチョがメンチをきりながら鬼のような形相で、自分の顔をアオイの顔に近づけてきた。ミチョの目のまつげがバサバサしているのとたまに白目になるのが一層恐怖を感じさせた。


 アオイはタクロウにコソコソ話した。


「王子って誰?」


 タクロウが代わりに答えた。


「はあ?」


「王子って言ったらさあ」


「天使の歌声動画でしょ」


「私たちの推しだってば!!」


「いい、私達王子の応援サイトまで作っていいるんだから」


「ミチョは王子の応援サイトの代表なんだから」


 ミチョの取り巻きの女たちは、けたたましく騒ぎ始めた。


「これを見て!!」


 ミチョはスマホを取り出し、彼女らの応援サイト画面を、アオイの目の前に差し出した。そこには、マルコスがうつっていた。


「あー、マルコスかあ」


 アオイはしっかり声にだした。


「やっぱり知ってるじゃん」


 アオイはタクロウにコソコソ耳打ちして説明した。


「知らないって」


 タクロウが代わりに答えた。


「さっき知ってるって言ったよねえ?」


「それよし、自分でしゃべりなさいよ」


「そうだよ、ちゃんと話せるくせに」


「バカにして」


「うるさいから話したくないって」


 タクロウがかわりに勝手に答えた。


 アオイは、慌てて手を横に振って、違うという合図を送った。


「つーっか、自分でしゃべれよ!!」


 ミチョが怒鳴ったので、取り巻き女子達がミチョをなだめた。


 アオイは、女子のフォルムが好きだか、集団で行動する女子達が威圧感があってこの世で一番恐ろしかった。単体の女子はかわいいが、一旦集団になると、とたんに圧力団体や政治団体のように力を持ち主張し始め、恐怖の妖怪軍団に変わっていく。


 冷静になったミチョが気を取り直して、質問し始めた。


「さっき、マルコスがあんたのこと来てたよね?」


 アオイは首を縦に2回振って、答えた。


「マルコスは何しに来たの?」


「お前には関係ないって」


 タクロウが答えた。

 そして、やっぱりアオイは手を横に素早くふって「違う、違う」というジャスチャーをミチョに指し示した。


「だからー、イライラするから、自分でしゃべってよ」


 ミチョが、けたたましく叫んだ。


「あんたさー、本気でマルコスと自分がつりあうと思ってるの?」


「あんたみたいな、地味な男に本気になると思ってるの?」


「勘違いもいいとこ」


「どうせ遊ばれに決まってるんだから」


 ミチョの子分AとBとCが次々にアオイを攻撃してきた。アオイは自分は雰囲気イケメンだと信じていたかったし、見た目の魅力ではマルコスほどではないが横にいてもそこまで見劣りしないと信じていたので、これには少なからずショックを受けた。


 それでも、アオイはタクロウに小声でコソコソ耳元で話した。


「2回くらい会っただけで、マルコスのことは何も知らないって」


タクロウが答えた。


「ほんとに?」


 ミチョが、アオイに顔を近づけて聞いた。アオイは首を縦に2回振って、答えた。

 ミチョと取り巻き達は、一斉にぞろぞろと退散していった。


「ほんとにあの外人とは何でもないの?」


 心配そうに、タクローはアオイに尋ねた。


「何でもない」


「あの外人はイケメンだったけど。アオイはああいう人好きなのか?」


「えっ、好き?考えたことないけど」


 アオイはミチョのファンサイトをスマホで確認してみた。すると、そこにはマルコスの画像が山ほどでてきた。


「これって盗撮だよね?」


 アオイはタクロウに尋ねた。


「そうかも、ほらマルコスの視点がこっち向いてないから」


「ソレ ワタシ ダヨネエ?」


 食堂にたまたま来ていたマルコスが、アオイの背後から顔を出し、アオイのスマホをのぞきこんでいた。 


「うわっ」


 アオイは驚いて振り返った。


「ナンデ ワタシ ノ シャシン ミテル?」


「いや、違う、違う、違う、そういうんじゃないから」


 アオイは慌てて、スマホの画面を手で隠した。

 説明を求めて、あやしそうにマルコスはじっとアオイを見つめてくるので、アオイはなんか悪い事でもしたような罪悪感を感じ始めた。

 アオイは心を落ち着くように、胸を2度叩いた。


「これは、その、俺と同じ油絵科の女子がマルコスのファンで、そのマルコスのファンサイトなんだよ」


「今日ほらアトリエに来ただろう、俺とマルクスが知り合いだと思って、俺にマルコスの事をいろいろ聞きに来てて、その時にファンサイトを作ってるって言ってたんだよ」


「何?ファンサイトだって?」


 マルクスの横に立っていた女性が急にズンズン来て、タクローの隣の席に座った。


「信じられない、ファンサイトなんて勝手に作って。こっちの許可なく写真撮って」


「誰ですか?」


 タクローが見知らぬ女性に尋ねた。


「あっ、私?マルクスの動画つくってるものです。それからマルクス関連のSNSを運営してる。音楽学部作曲科3年のヨーコです」


「彼スゴイ人気ですよね。ファンサイトまであるし」


 タクローが気さくに答えた。


「そうなの、再生数すごいでしょ。こないだ動画運営会社からパーティーに招待されたの。そこで有名動画クリエイターからコラボの誘いがもう山ほどあったのよ」


「例えば誰から?」


「そうそう、トッシーからもコラボ企画のお誘い受けてるの」


「おー、あの有名な暴露チャンネルのトッシーかあ、すごいじゃん」


 ヨーコは苦々しい顔でしかめ面をしながら、コソコソ話した。


「間違いなく再生数爆上がりになるけど、でも何か危険な賭けだけよね」


 タクローは興味津々に質問した。


「それはどうして?」


「マルコスの何か不利になる情報をぶち込んでこないか心配なのよ」


「不利になる情報って?」


「つまりその、誰だって何か知られたくない後ろめたい隠したい部分があるはず。でもそれは普通の人だったら、そういうもんだですまされるけど。だけど、有名人になるとおもしろがってその人の闇の部分がさらされる。だってほら知りたいじゃない、有名人の恥ずかしい部分を。私絶対自信を持っていえるわ、マルコスは品行方正ではないって」


 ヨーコは堂々と胸をはって断言した。


「え、なになに、マルコスはそうとう悪いことしてるの?それともあれ、女性問題?男性問題?マルコスはそのそうとうおさかんなのか?」


 タクローは恋敵かもしれないマルコスのことをさぐるチャンスとばかりに食いついてきた。


「そりゃーもー、それが。ぐわっ」


 マルコスはヨーコの口を後ろから両手でおさえて、これ以上余計なことをしゃべらないように阻止した。

 マルコスはコソコソとヨーコに耳打ちをして、ヨーコはそれを「フムフム」と聞いた。


 ヨーコは目を輝かせてマルコスを見て、手を取り合ってなにやら喜んでいた。

 それから、タクローに握手してから満面の笑みを浮かべた。


「会いたかった、お話はマルコスから、あなたがマルコスのダーリンなのね、マルコスのことお願いね。あなた達ほんとにお似合いね」


「はっ?」


 タクローは驚いた表情で固まった。

 マルコスは気まずそうな表情を浮かべた。


「ワタシ ノ ダーリン ワ コッチ ダ」


 マルコスは、アオイを後ろから羽交い絞めにしてきた。

 ヨーコは意外そうに驚いた表情を浮かべた。そして、期待外れでがっかりしているようにも見えた。


「でも、こっちの方がいかにもゲイが好きな髪形とファッションだし、体つきもマッチョだし。顔もほら濃いめの華やかな顔だし。普通こっちだと思うでしょ」


 アオイは地味めの顔ややや貧弱な体つきがコンプレックスだったので、ヨーコの言葉にショックを感じた。アオイは自分はそこそこイケてると思ってたので、自分はゲイ向けではないとはっきり言われて、女子には蔑まれ。


ゲイにも見向きもされないのかと思うと少なからずショックを受けた。なんで今日は女子に2度も傷つけられなきゃいけないんだと、文句を言いたくなった。


(ほんとに女ってどうしてこんなに辛辣な生き物なんだろう。どうしてこんなに意地悪な見方をするんだろうか?)


「ワタシ ワ ゲイ デ ナイ バイ ダ」


「お前、女もいけるのか?」


「ソウダ」


「じゃあ、女のとこに行けよ。女なら山ほどいるんだし。それに女なら選びたい放題だろ、なんでアオイにかまうんだよ?」


「それはねえ、モゴモゴっ」


ヨーコがしゃべりだそうとすると、またもマルコスが両手でヨーコの口をおさえて、しゃべるのを阻止した。


「アオイ ト ワタシ ワ ヤリトモ デ ズブズブ ナ カンケイ デ ミダラ ナ カンケイ ダ」


「えっ、俺のアオイにもう手を出したのか?」


 アオイは驚いてタクローの方を見た。


「俺の?」


 ヨーコが尋ねると、タクローは顔を真っ赤にして早口でまくしたてた。


「俺の友達のアオイっていう意味だから」


 ヨーコとマルコスがコソコソ内緒話を始めた。


「あの、マッチョな男はアオイの彼氏なの?」


「ワカラナイ」


「じゃあなに、マッチョとマルコスでアオイをとりあってるの?」


「ワカラナイ」


 マルコスは顔を横に何度もふった。


 ヨーコは、タクローにいくつか質問をしだした。


「あなたの名前は?」


「タクローだけど」


「タクローはアオイの友達?それとも彼氏?」


 タクローは驚いてビクッとした。それからアオイの方を見た。


「友達だけど」


 タクローはブスっと不満そうに答えた。

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