第2話 またもやマルコス

 裸の女性3人が朝からポーズをとり、学生たちがその周りを取り囲んで、デッサンを開始していた。アオイは昨日決めた構図を元に、キャンバスに油絵で大まかに描いていた。

 すると、女子たちのヒソヒソ声が後ろから聞こえてきた。そして、アオイは誰かが自分の斜め後ろにピタッと座り込んだ気配を感じた。そして、アオイの耳元で誰かが囁いた。


「ヘンタイヤロウ」


 アオイは驚いて声をだしそうになったが、マルコスの手で口をふさがれた。


「シーーー」


 マルコスは口元に人差し指を立てて、言った。


「ピピピピピピッピピピピピピピピッピピ」


 電子音がけたたましく響き、モデルたちの休憩時間になった。


「キャー」


「信じられない」


「王子がなんで?」


 女子たちがマルコスを見て、騒ぎ始めた。

 アオイは大慌てで、マルコスの腕をつかんでアトリエを出て、外階段まで走った。


「何でいるの?」


「アイタカッタ」


「ヤラセロ」


 マルコスはまた抱きつこうとしたので、ヒロキは両手でマルの体をおしやって全力で阻止した。


「なんでここにいるって分かったんだ?」


「マサキ ニ キイタ」


 2年のアトリエのマサキの作業スペースまで、マルコスの腕を掴んで連れて行った。


「よう、マルちゃん。ほんとに行ったのか?冗談だと思った」


「女子たちが騒いでしまって、ヌードモデルの方にも迷惑なので。マルコスさんお願いします」


 アオイは眉間にしわを寄せて、イライラしながら言った。


「ヌードモデルがいたのか、それはまずいな」


「マルちゃん、裸の女の人がいる時は入っちゃだめだよ」


「ソウナノ?」


 アオイが戻ろうとしたら、マルコスに腕を掴まれた。アオイが振り返って、マルコスを見ると、女子達が騒ぐほど美しい顔なのは理解できるが自分よりも小柄なのに気づいた。それにアオイ同様にやせ型で、タクロウのように筋肉質な体つきで男性的な顔つきでなく、やや女性的な中世的な顔つきをしていた。


(こんな女っぽい男に翻弄されていたのか)


 キスはされたが、マルコスに無理やり力ずくでどうこうされるということはないと思って、アオイは拍子抜けした。


「マルコスさんって、かわいいんだね」


 アオイは思わず口に出してしまった。


「ハッ カワイクナイシ ワタシ ワ セクシー ダ」


「ナメテル ト イタイメ ミル ゾ」


 マルコスは、ムッとした表情で答えた。


「なんでマルコスさんは女子に人気があるんですか?」


「マルコスは見ての通りイケメンだし、歌ってみた動画がバズったんだよ。声がスーパーハイトーンで男じゃない声みたいって。まあ、インフルエンサーってやつだよ」


「ワタシ ワ ユウメイ ダ、 ダカラ ヤラセロ、 オマエ オ メチャクチャ ニ シテヤル」


「スケベ ヤロウ」


「何でそんな卑猥なことばっかり言うんだよ」


「ヒワイ?」


「分からないのか?そうか、うーーん。なんでいやらしいことばっか言うんだよってこと」


「マサキ ガ オシエタ」


「まあ、少しは教えたかも」


 マサキが恥ずかしそうに答えた。


「キョウ ヨル オマエノ ウチ イク、 ヨバイ ダ」


「夜這い?ダメダメ、きちゃダメ」


 アオイは手をブンブンふった。


「オマエ ワ ワタシ ノ ダーリン ダカラ」


「なんでだよ」


 アオイは不思議そうにマサキを見た。


「ところで、なんでマサキさんはマルコスを知ってるんですか?」


「ヤリトモ ダ」


「ヤリトモ?」


「セフレ ダ」


 アオイはびっくりして、マサキを凝視し問いただした。


「そうなんですか?」


 マサキは気まずそうにニヤニヤしながら、目をそらしごまかそうとした。


「セフレ?どうかな?」


「マサキさんは彼氏いるでしょ?」


「いるさ、やったけ?なあ?」


 マサキはとぼけた顔をして、マルコスの方を見た。


「ジャスト ワンタイム」


「1回やってるじゃないですか?じゃないですか!!」


 マサキは困った顔をして、マルコスの方を見た。


「彼氏いるでしょ」


 アオイはマサキをやんわり責めた。


「童貞のくせに」


「ちがいますよ」


「誰でもいいからさっさとやっちゃえよ、今度紹介してやるから」


「僕は、誰でもいいわけじゃないんで」


「おまえ、自分で選べる立場にあると思ってるのか?」


 マサキは浮気を責められそうになったので、話をさりげなくずらした。


「いいじゃないですか」


「おまえ、昨日も、あのなんだっけ、1年のアオイと同じ学科のガタイのいい、マッチョの男」


「タクローです」


「そうそう、あいつおまえ狙いなの分かってるだろう。露骨にガンガン狙ってるの」


「彼は友達です」


「はー?ほんとにそう思ってるの?」


「決まってるでしょ」


「ほんとにそう思ってるの?油断してると、そのうちやられちゃうよ」


「エーーーーーイヤーーーーーー」


 アオイが日々感じていた不安を指摘されて、思わずゾっとし、声を出せないでいると、かわりにマルコスが絶叫した。


「アオイ ガ ホラレチャウ」


 マルコスはニヤニヤしながら、アオイを見た。


「いや違うから。彼はゲイじゃないから」


 マサキは真剣な顔をして、アオイを見た。


「今まで黙ってたけど、彼はガチガチのゲイ!」


 マサキは自分のスマホで何かを検索してから、スマホの画面をアオイに見せた。


「ゲイニュース?今日の王子?あれっ、これタクロー?」


「彼はゲイ界のスターだ」


 アオイは愕然とした。


「そもそも、ボディービルの世界大会で日本代表ででてるんだよ。つまり現在不動の日本チャンピオン。ある時、このゲイニュースのサイトでタクローの特集組まれて、それがバズったんだよ」


「前のインタビューで見たんだけど、恥ずかしがり屋で、守ってあげたくなるような人がタイプだって、それってアオイのことだよね」


「実際は、自意識過剰でプライドが高いから、女の子に幻滅されて、ひどいこと言われるのを異常に怖がってビクビクしているだけなんだけどね」


 アオイはマサキに図星をつかれて、ショックで動けなくなった。


「とりあえず、だれでもいいからやっちゃえよ。そしたら女なんてこんなもんかって、怖くなくなるから」


「無理です」


「紹介するから」


「ダメ ダ。アオイ ワ ワタシ ト ヤル」


「ほら、モタモタしてると男にやられちゃうよ。飢えた男どもがおまえのまわりにウジャウジャいるんだから」


「タクローは友達だし、マルコスは絶対俺の事からかってるだけだから」


「カラカウ?」


「からかうが分からないのか?俺の事、バカにしておもしろがってるんだろ?」


「ワタシ ハ シンケンニ オカシタイ、ヤリタイ」


「やっぱりふざけてるじゃないか」


 アオイは怒り出した。


「マルコスはかっこいいから、女とやりまくってんだろ。どうせ軽い気持ちで俺を口説いて、俺がその気になって本気になったら、そんなつもりはなかったんだって言うんだろ」


「アオイそれ、怖い。なんか、重い。こじらせてる」


 マサキが同情の表情でアオイを見た。


「ドウイウ イミ ダ?」


「マルコスは女とやりまくってるんだろって話」


 マルコスはニコニコしながら、自信満々に胸をはって答えた。


「ソウデス。ワタシ ハ オンナ ト ヤリマクッテ イマス」


「ふざけんな!」


 アオイは、プンプン怒って、マサキのアトリエから出て行った。


「ナンデ オコッタ?」


「まあ、日本語難しいよね」


 マサキはあきれた顔でマルコスを見た。


「アオイは童貞だから、その、やるなら、ちゃんと付き合ってあげないと後が怖いってこと。うーん説明合ってるのかなあ?」


「やっちゃたら、やりにげされたって怒るかも、つまり、もてあそばれたって悲しく思うかも」


「イミ ガ ワカラン」


「セックス ワ タノシケレバ ハッピー デショ?」


「童貞病だ。だから1回やってみればいいんだよ。セックスなんて大したもんじゃないんだから」


「イミ ガ ワカラン」


「日本語難しいよね」


「マルコス、アオイはやめとけ!めんどくさいやつだから」


「遊び相手なら、たくさんいるだろ?」


「Yes, many many ネ」


「じゃあ、アオイとはやろうと思うな!」


「But I like him」


「何だって?」


「Just Friends?」


「友達?そうだな、いいんじゃない」


 マサキは真剣な顔でマルコスに頼んだ。


「俺とやったことは内緒にしといてよ」


「ナンデ ダ?」


「アオイと友達になるんだろ?」


「ソウダ」


「じゃあ、黙ってろ」


 マルコスは、よく分からないという顔をして尋ねた。


「トモダチ ナラ イッテモ イイ ダロ?」


「俺がみさかいなしだと思われるから、言うな」


「ミサカイ ナシ?」


「うーーん、つまり俺がヤリチンだと思われるだろ」


「ヤリチン?」


「うーーん、なんて説明すればいいんだろ、アオイは潔癖なとこあるから」


「ケッペキ?」


「浮気とか、誰とでもやっちゃうとか、アオイは嫌いなんだよ、童貞だから!!」


「ドーテー、メンドクサイ」


「そうそう、そういうこと」

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