パツキン王子と美少女フィギュア
@kitazawa1
第1話 マルコス登場
とあるパブで、20代の大学生たちがパーティーをしていた。みんなほろ酔いで、店内の洋楽に負けじと大きな声で会話を楽しんでいた。
その中でアオイだけが誰とも話さず、無言で座っていた。彼の隣では、タクロウというガタイのいい男が耳元でずっと話し続けていたが、アオイの耳には一切入ってこなかった。というのも、タクロウはアオイの椅子の背もたれを握り、覆いかぶさるように体を密着させ、時折肩などを触ってくるので、ゾワゾワして落ち着いて話を聞く気になれなかったのだ。アオイは抵抗として背もたれから離れて座ったり、椅子を上下に動かしてみたりしたが、タクロウは気にも留めなかった。
同じ油絵科のタクロウは、午前中の実技の授業でもアオイの隣に座り、午後の一般教養の授業でもいつもアオイの隣を取る。そして、やっぱりアオイの背もたれを握っている。タクロウはムキムキのマッチョで日焼けした大男。派手な色のタンクトップを着て、自分の身体を見せつけるようにしていた。長いまつげと大きな目、濃い鼻立ちで、いつもテカテカの厚い唇が目立っていた。長髪でツヤツヤの黒髪は一切の乱れを許さず、後ろできちんとまとめられていた。アオイと同じく二浪しているということで、アオイは親近感を感じていた。
アオイは幼少期、女子はいい匂いがしてマシュマロのようにふわふわしているため、触りたくなる衝動が抑えられないことが度々あった。小学2年生の時、仲の良かった天使のような女の子の胸を触った瞬間、その子は悪魔のような冷酷で無表情な顔になり、「おまえいまなにやった?」と低い声で吐き捨てた。それ以来、クラス中の女子から責められ嫌われたことがあり、アオイは女子が苦手になった。猫背でビクビクしているようなところがあり、女子たちから「残念男子」と陰口を言われていた。
女子の集団による同調圧力が何より嫌いだった。
アオイの見た目は一重で薄い顔立ちだが、バランスの良いすっきりとしたハンサムだと自負していた。身長も普通より少し高めで、やせ型でスタイルも良いと信じていた(かなりのナルシストである)。それでも地味な印象をごまかすために黒縁のメガネをかけ、前髪は目が隠れない程度の長さにしていた。
(マサキさんの誘いじゃなかったら、来なかったのに)
アオイは二浪の末、超難関の総合芸術大学油絵科に入学したばかりで、地方の芸術系の予備校で一緒だった2歳年上のマサキに誘われて、パーティーに連れてこられたのだった。そのパーティーでタクロウに偶然会い、隣に座るよう誘われたのだった。
アオイは、タクロウは同じ男だし、自分に気があるのではなく、ただ人との距離が近い人間なのだと自分を納得させようとした。しかし、タクロウの息遣いが荒くなり、アオイの太ももを触りだしたので、自分の仮説が間違っていたことに気づき、もう無理と立ち上がろうとしたところ、隣に誰かが座った。アオイはその男を見た。金髪の短髪で彫りの深い顔立ち、青い目を見開き驚いたような顔でアオイを見つめていた。あまりにも予想外の出来事にアオイは一瞬パニックになった。とっさに英語で話した方が良いか考えているうちに、金髪の男が手招きしてきたので、アオイは耳を彼の口元に近づけ注意深く聞こうとした。金髪の男は耳元で何かボソボソと言ったが、アオイは最初英語が聞き取れなかったのだと誤解し、申し訳ない気持ちになった。金髪の男が再度手招きした時、今度ははっきり聞こえた。
「オカスゾ」
アオイは驚きと恐怖でタクロウの方に体をのけぞった。金髪の男はニヤリと笑ってアオイに抱きつき、思い切り締め上げた。
「やめろ やめろ やめろ やめろ やめろ やめろ やめろ やめろ」
アオイは金髪の男の中でもがいたが、逃れることができなかった。
「もう、マルコスと仲良くなったんだ」
通りがかったマサキが言った。
「マサキさん、助けて」
「このイケメンはマルコス。声楽科の3年。現役だから、アオイと同じ歳だよ」
(この難関芸大に現役かよ、くそが)
(派手顔イケメンかよ、くそが)
(陽キャかよ、くそが)
「ヤラセロ」
マルコスは卑猥な言葉を耳元でささやいている。
「きもいんだよ」
アオイははっきり拒絶したつもりだったが、マルコスはなぜかアオイのお尻のポケットに手を入れてモゾモゾ動かしていた。
諦めてされるがままにしていると、隣のタクロウを見ると、目をまんまるく開けて、口をまぬけにぽかーんと開けていた。
「アオイ、そろそろ帰るぞ」
マサキがそう言うと、アオイは待ってましたとばかりに立ち上がった。
半年前、アオイが寮の抽選に落選した際、しょんぼりとアパート探しの掲示板を見ていたら、1年早く入学していたマサキに偶然声をかけてもらった。
「アオイ、家探してるなら、うちに来いよ」
と言ってもらえた時、マサキが神様のように思えた。ギャラリーのオーナーであるマサキの彼氏が、才能あるアーティストたちに部屋を貸しているからと誘われたのだ。
「なんでマルコスさんが一緒にくるんですか?」
「マルコスのうちは俺たちの家の隣なんだよ」
「マジかよ!」
「ヤッテク イイコトシヨウ」
マルコスはアオイにウィンクしてみせた。
「マルコス、アオイは童貞だからもうやめときな」
「ヒーーーーーー」
マルコスは手を口に当てて悲鳴をあげた。
「カワイソ カワイソ ドーテー インポ ビョーキ?」
マルコスは憐れみの表情でアオイを見た。
「違うよ」
「違いますよ。」
「ジャ ナンサイ デ ヤッタ?」
「…18」
アオイは気まずそうに小声で答えた。
「うそうそ」
マサキは手を振って否定した。
「マルコスは、うちの大学の有名人なんだぞ。知らないのか?
彼氏がマルコスを気に入って隣の家に住まわせているんだ。
隣の家は音楽系のアーティストを集めているんだよ。
美術系はおとなしいやつばっかだけど、音楽系はやたら陽キャが多くて、楽しいん
だよ」
マサキに紹介され、マルコスが胸を張って言った。
「君はすごい男のダーリンだから、誇りに思え」
マルコスは誇らしげに胸を張り、アオイの腰に手を回した。アオイは慣れてしまったのか、嫌だとは思わなかったので、そのままにしておいた。
「マルコスは隣の家だろ」
アオイが玄関のドアを閉めようとすると、マルコスの長い脚がドアの隙間に入ってきた。アオイはドアを閉めようとしたが、マルコスの足を挟んでしまった。
「アウチ」
「あ、ごめん」
痛がっているマルコスを放置して、アオイは慌ててドアを離し、靴を脱いで自分の部屋に入ろうとした。部屋の鍵を差し込むのに手間取っている間に、マルコスが後ろから抱きしめ、首筋に吸い付いてきた。
「ギヤギャー!!ギヤギャー!!」
アオイは声にならない叫びを上げて暴れたが、マルコスはさらにきつくアオイの体を羽交い絞めにした。そして、アオイの首筋を思い切り噛みついた。
「グォーーーーー!!ギジュエーーーー!!」
「アオイは可愛いね。中でもっといいことしよう」
アオイは驚きと痛みでその場に座り込んでしまった。呆然としているアオイの顔を見つめていたマルコスは、正面からゆっくりキスをしてきた。
その様子を見ていたマサキは、両手でマルコスの頭を掴んで、何とかアオイの口から引き離してくれた。
アオイは目を大きく開けたまま動けなかったので、マサキは心配してアオイの肩を揺すった。
「おい、大丈夫か?」
アオイはすぐに部屋の扉を閉めて、鍵をかけた。そして、鏡で確認すると、噛まれた場所から血が出ていた。
(全くなんなんだ今日は、二人の男からセクハラされまくって)
アオイの胸はドキドキしていた。ファーストキスは思いもしない相手で、突然だった。混乱した頭を抱えながら、アオイは部屋をウロウロして動き回り、布団に潜り込んだ。
アオイは、いくら目を閉じて寝ようとしても、目がギンギンで興奮していた。
(やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、これはやばい)
アオイは、この興奮が性的なものから来ているが、相手が男性であることに理解ができなかった。アオイはキスは嫌ではなかったし、続きを想像してしまう妄想に一晩中苦しんだ。
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