第36話 繋がる物語 α

 ――――――誰だよお前。


 そんな言葉は出てこなかった。もちろん知っている奴だからという理由もあるがそれ以上にインパクトが強すぎる奴だったからだ。


「――――久しぶりだな」


「うん。久しぶりだね。ていうかさっきも久しぶりって言ったんだけど…」


 その男はいけ好かない好青年で、口調がゆったりとしている。まるで割れたガラスに触れるように話しかけてくる。そんな優しいお兄ちゃんのような雰囲気だが、彼の片足はクロエルの遺体を踏みつけている。


「―――――バラスだったっけ」


「そうだね。覚えていてくれてとても嬉しいよ」


 ――――彼の口ははっきりと動いているが目が笑っていない。


「言葉と行動がかみ合っていないぞ」


「――――おっと、そうだね。ごめんね~彼女は君のもんね。大切に扱ってあげないとね」


 バラスは乗せている足をどかして、その足でクロエルの腹あたりを蹴り飛ばし、俺の剣は汚い金属音を立てながら地面を滑り転がった。

 ――――「大切に扱ってあげないと」とか言っていたくせに蹴り飛ばすんだな。まぁ少し前の俺だったらぶちぎれていたが、今の俺にとってはどうでもいいか。っていうかなんでこいつこんなに馴れ馴れしいんだよ。むかつく。


「何分かった風に口を聞いてんだよ」


 俺はバラスを睨みつける。そらそうだわな。だってこいつは一度俺を殺しかけているんだから。もしあの時仮面の奴に助けてもらってなかったら今頃俺は今クロエルが行っている場所に俺も連れていかれている。――――いや、俺はこいつとは違う世界にいくのかな?


 ――――――バラスは続けて話してくる。


「いやいや、もちろん僕は君のことを十分知っているよ。だってレイドにずっと君を監視してもらっていたんだからね」


「レイド?」


「え~。もしかして覚えていないの? あの仮面の子の名前だよ。女の子の名前は憶えてあげないとモテないヨ~」


 あぁ、そういえばそんな名前だったけ? 分かんね。


「――――それで、何の用だ?」


 こいつが俺の目の前に現れた。ということはここが何かのターニングポイントということだろう。―――なんせ女の子にひたすら俺達を監視させていたんだ。今じゃなくてもいつでも襲撃してくるだのなんだの出来たはずだ。


「うんうん。そうだね」


 バラスは俺の顔をしたたかな目で見てくる。こいつは一体何なんだ。


「じゃあ、教えてあげよう。僕が今現れた理由と、――――君のことについて」


 君のこと。―――それって俺のことか? 


「俺のこともか? どういうことだ?」


「うんうん。だって僕はあの女よりも君のことを知っているんだもん」


 バラスは蹴り飛ばされてグダーっとなっているクロエルを指さして、その後その指を俺に向ける。


「知っている? どういうことだ?」


 俺はバラスに質問する。だが、その答えは俺を驚愕させた――――。


「――――だって僕は君の仲間だもん。まぁでも君はどうやら憶えていないようだけどね」


 バラスは指をおろし、説明してきた。

 ――――仲間? どういうことだ? 俺とこいつが仲間ということか?


「仲間。俺とお前がか?」


「うん。仲間。正確に言えば軍隊は違うんだけどね。というかなんなら僕より役職は上なんだけどね」


「役職? どういうことだ?」


「前に説明したと思うんだけど、僕は隠密軍隊〈ゲレネイド〉のリーダーなんだ。そして君は僕みたいな隠密軍隊のリーダーとか、他にも色々ある軍隊のリーダー達をまとめ上げる人だよ」


「――――待ってくれ。俺は過去の世界ではサーベラス連合軍だ。なのに俺とお前が同じ組織の人間ってどういうことだ?」


「う~ん、理解が遅くて腹が立つね」


「…………」


「ごめんごめん。別に君を苛立たせている訳じゃないんだ」


 イラッ!! ほんと過去の奴らって癇に障る奴ばっかなのか。

 ――――でもまぁ、なんとなーく理解はできる。俺はどうやら―――。


「つまり、俺はサーベラス連合軍じゃなくて本当は中央国家の人間ということか?」


「うんうん、そうなるね。よかった。理解してもらえて」


 バラスは少しほっとした顔をしていた。だが、そのほっとした顔も何だかむかつく。それに―――。


「……信用できねぇな」


 信用できない。だってついさっきまで俺はサーベラス連合軍の一員だと思っていた。なのに急に俺は本当は中央国家の人間だといわれてもすぐには受け入れられない。

 疑いの目を向ける俺に対してバラスは目をそらすことなくこちらを見続けてくる。


「――――いやいや、本当に君は僕の仲間だよ。だってその証拠に―――」


 バラスはにやついた顔で指を再度俺に向けてきた。しかし今回は俺の顔ではなく、俺の心臓に指先を向けてくる。そして俺の疑いを一気に晴らす言葉をかけてきた。


「君の本心はこっち側だろう?」


 ―――俺の本心。それはつまり【人間を一度全て抹殺してしまおう】という俺の野望のことか?


「―――お前、どこまで知っている?」


 怖くなってきた。だってこいつは俺の心を読んできているみたいだ。

 俺が一人で勝手に心理戦を始めている間にも、バラスは当たり前のことを聞かれたような顔をしている。


「だから最初から言ってんじゃん。君のことは知っているって」


「いや……、いくら知っているからって俺の心までなんて………」


「そりゃあ、君と僕は仲間、いや、それを超えた同志なんだから。お互いの考えてることは手に取るように分かるさ」


 ―――まぁとりあえず俺がこいつと仲間同士ということは理解できた。だが、それはただこいつが勝手に言っているだけなので何一つ信用できないし、証拠もない。俺の本心は確かにバラスと同じだが、かといってそれが仲間の証明になるわけではない。

 色々とやり取りをしたが、ここではっきりとさせておきたいことがある俺は片手で自分の胸をさすり、バラスにとある提案をする。


「じゃあ、証明してくれないか?」


「証明? どういうことかな?」


「―――俺とお前で戦おう。そして勝ったほうが降参した方を好きに扱える。もちろんこの勝負で殺してもいい」


「……いいね。そうしよっか。というかか、……君もやっぱり昔から中々だね。でも僕の話も聞いて欲しいから戦いながら言わせてもらうよ」


「……分かった」


 一拍間があったが、バラスは快く俺の提案を聞き入れてくれた。

 ちなみに俺がここではっきりとさせておきたいことは俺がこいつ戦った場合は俺が勝てるかどうかだ。正味今までの話なんてどうでもいいし、俺がこいつの仲間だろうと敵だろうと俺の野望には別に関係ない。俺の野望は俺自身を含めた人間たちを絶滅させて二度と不幸な人間を生まないことだ。――――――だから、こいつをここでどうにかしないといけない。俺は学んだんだ。同じ目的を持つ人間がいても、何かのすれ違いで関係にヒビが入ってしまう。このままバラスと共に何かをしてもいいが、もしかしたらクロエルと同じ結末になってしまうかもしれない。そうなってしまわないためには、俺がこいつを従わせるくらい強くなければいけない。そうすればもし意見がかみ合わなくなっても力でねじ伏せることができる。――――――仲間なんていらない。そんな自我を持った奴なんて俺には必要ない。奴隷だ。そう奴隷。雑念をもつこともなくただひたすらに俺の言うことだけを実行する下僕。それが欲しい。それならば対立することもないからお互い幸せだ。

 やっと本心のままに行動できるようになった俺の前でバラスは腰にある短剣を抜き、両手それぞれに剣を装備させる。


「――――――じゃあ、始めようか」


「そうだな。始めよう」


 俺はそれに応えるかのように、先ほどクロエルを刺した剣を拾って構える。

 ――――――そして剣先が月に向いたその瞬間にバラスは手に持っている短剣二本をこちらに投げ飛ばしてきた。


 ―――いいねぇ。こいつ、やっぱりクソつえぇわ。


 その短剣は決して無意味な方向には飛ばなかった。バラスは俺にあてるために投げたのではなく、俺の足元の地面に突き刺さり、その後爆発した。


 ドカーン!!!


 爆発のおかげで足場がぐちゃぐちゃになり、俺はまともに立っていられなくなった。だが驚くことに俺の二本のたくましい足は傷一つつくことはなく、煙しか漂っていなかった。―――――舐めやがって。


「なんのつもりだ」


「え? どういうこと?」


「今の短剣をを少しずらして投げていれば、俺の足は粉々になっていた。なのにお前はわざとそれを避けた」


「それは考えすぎだよ。私は全身全霊の魔力を込めたつもりだよ」


「本気の出し方を教えてやろうか?」


「ふふん。ぜひおしえてくれよ」


 お互い余裕そうな雰囲気で会話をしている。でも俺は正直勝ち方が分かんねぇ。俺が使える魔法はいつもの炎系の魔法とこいつとかクロエルとかが使える魔法だけだ。それらを組み合わせれば何とか戦えるが、恐らくバラスには届かない。どうしたもんかな。

 考えても仕方ない俺は、おにぎりを握るように両手を動かす。


「じゃあ、教えてやるよ。全力の出し方」



「――――楽しみだねぇ。をぜひみせてくれよ」









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