第30話 迷宮街 二の一


 「―――――――私は………、敵………です」




 

 ――――――――残念だ。

 クロエルは歯を食いしばりながらそんな顔をしていた。


 「――――――最後に言い残す言葉はあるか?」


 クロエルは両手で構えた剣を頭の上にあげて、シャルを斬る体勢に入る。それと同時にシャルは動かず、涙の笑顔でこう言う。


「―――――――ありがとう。おねぇちゃん、おにぃちゃん。楽しかった」 


「………………!!」


 ―――――――クロエルは何も答えない。ただ、なにも喋らず構えた剣でシャルの背中を再度より深く斬りつける。しかし、その顔は哀しみに満ち溢れていた。




 ――――――――――シャキン!!!




 背中に致命傷を負った幼女の目から彗星の涙が漏れる。しかし、彼女は痛いとも何も言わず、ただ自分の運命を受け入れた。




 ―――――数分後、少し回復した俺は幼女の亡骸を抱えて、クロエルが先行する形で迷宮街を門から一旦出た。そして、迷宮街に来た道を無言で引き返し、ジャングルを抜け、再び海に来た。

 俺達はまともな会話をせず、シャルの遺体を海に静かに沈めた。普通は地面の中に埋めるとかなんだろうが、この綺麗な顔を砂で汚すのは気が引けたので、無数の夜空の星光が反射する海を彼女の墓地とした。

 ―――――――そして彼女の遺体は柔らかい何かに包まれたような状態で深海へと沈んで行った。



 ――――――だが、本当にこれで良かったのだろうか。もしかすると、彼女の洗脳された頭をどうにかする方法があったのかもしれない。もちろん何とかできる保障はないが、少しは俺達三人全員が幸せに生きる道が見えたかもしれない。

 俺とクロエルは、彼女を海で見送ったあと、無言の状態が続いた。―――――だが、ここで俺が切り込む。


「―――――俺はどうすれば良かったんだろうか」


「―――――別にどうしようもない。彼女は敵だったんだ。…………どのみち殺される未来しか無かった」


 クロエルは涙を溢れさせないために、目に力を入れる。そして拳にも力を入れ、と歯を食いしばる。


「………でもさ、俺はもう少し待って平和な道を探しても良かった気がするんだ」


「………それは無理だな」


 ――――――無理か。


「エンジェルントの洗脳を解く術は過去の世界でも無かった。だったらこの時代ではもっと不可能だろう。ならば、いずれは彼女は敵になっていた。いや、敵になるしかなかった。彼女の中途半端な洗脳は、恐らく戦いの時だけエンジェルントとしての本性をさらけだす。――――――だか、その本性は決して彼女の本心ではない……………」


「 ……だったら!あいつを戦いの場に出さなければ良かったじゃねぇか!そうすれば、あいつはエンジェルントとしての本性を出す必要は無かった!」


 俺は熱くなってしまった。その原因はもしかしたら彼女を洗脳から解除する方法が見つからなかったとしても、幸せな女の子としての道ももしかしたらあったかも知れないという後悔からくる。

 それに対してクロエルは声を荒げて答える。


「私も出来ることならそうしたいさ!!!!……だが、仕方ないだろう!!!こんな世界なんだ。………………生きる上で戦いは必須だ!!!」


「……………」


 クロエルの一理ある説明に俺は反論できなかった。―――――――――だが、今この時、俺とクロエルの間に僅かながら亀裂が入った気がした。






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