第29話 迷宮街 七


 ―――――――今よりも少し前。シャルが距離を取るためにクロエルと反対方向に歩いているときに、クロエルは俺にあることを言ってきた。


「今から私達にあの幻惑魔法をかけてくれ、そしてお互い共未来視の魔法を使うんだ。あと、剣も渡してくれ」


「………なんでだ?」


 そう言われた俺は、決闘が始まる前にバレないようにこっそりと、魔法陣を展開させていた。というか幻惑魔法に関してはトラップ式だったから、出来るだけ魔力を抑えてバレないように、こちらに背を向けて歩いているシャルの足元に仕掛けた。――――――これも魔力操作か。

 そして見事にそのトラップは発生し、シャルは幻惑の魔法をかけられた。その幻惑は、<クロエルではなく、俺が剣を持っている>という内容だった。それゆえ、シャルから見るとクロエルは丸腰のように見えた。

 次に、俺達はまたもやバレないように、お互い未来視の魔法を使った。すると、数分後には今の状況になることは分かっていたので、クロエルは隙をついてシャルに攻撃したというわけだ。




 ―――――時は現在に戻る。


「そんな:……、でもその二つの魔法程度じゃこんな状況は作れない。どんなに幻惑しようと未来を見ようと、あの風の罠から逃げることなんて……」


 シャルはあり得ないものを見たような表情だった。

 まぁ、それは俺も分かる。まさか、あんな突破をするなんてな―――――。


「風なんていくら小細工をしようと所詮ただの風。その程度なら手首の力で剣を振りまわすくらいで簡単に風の流れを強引に変えられる」


 クロエルはさも当然かのように話す。クロエルは動けないながらもなんとか片腕だけは傷を負いながらも動かして、剣を抜き、手首を回す力だけで風を斬り、流れを変えた。

 ―――――まじで、ぶっ飛びすぎだろ。どんなもん食ったら手首だけであんな力が出るんだよ。


「………そんな、あり得ない。有り得たくない! 認めない!」


 シャルは今度は狂人とは別の意味で発狂していた。体はそうとうなダメージを負っているので、動くことはできなかったが言葉と表情は狂っていた。


「私が!………この私が!負けるはずがない!私は腐ってもエンジェルント!!エンジェルントであることは不服だけど、強さならこんな普通の人間に負けるはずがない!あってはいけない!!!」


 どうやら、これがシャルの本性らしい。というか今までがおかしかっただけで、これが普通のエンジェルントとしての発言と行動だろう。

 そこにクロエルはあることを尋ねる。


「別に私達はお前を今この場で殺そうとしているわけではない。私達はただ確かめたかった。……お前は、私達の味方か? 敵か? ハッキリと答えてくれ」


 クロエルは再度構えた剣をプルプルと震わせながら聞く。どうやらクロエルはほんの少しだけだったが、一緒に遊んで一緒に寝た人を斬るようなことをしたくないらしい。

 そのクロエルの思いにシャルは―――――。


「わ………わたし…は…………」


「どっちなんだ?…………教えてくれ」


「私は………」


 シャルの体と声は震えている。というか少し泣きそうな顔をしている。――――――だが、その涙はどんな意味が込められているのだろうか。

 それは次のシャルのある言葉で明らかになる。その言葉は――――――。

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