第28話 迷宮街 六

「あっはっはっは!」


 幼い子供の高笑いが聞こえる。だがその声の持ち主は決して幼くはなく、なんなら俺よりも年を取っているババアだ。


「……………」


「喋ることすらできないなんて辛いねぇ〜。治してあげようか〜?お兄ちゃん」


 シャルはもう勝ちを確信したらしい。なので余裕そうに俺と話をしている。一方的に。


「……………」


 俺は口を開くこともできない。もちろん体も動かせない。息をするのがやっとというところだ。そんな倒れている俺の横で、シャルは口に手を当てながら、貴族のように笑っている。


「あっはっはっは!……でも大丈夫だよ? 別にお兄ちゃんを殺しはしないし、お姉ちゃんとの勝負に決着がついたら、回復してあげるよ。――だ・か・ら、少し待っててね?」


 お姉ちゃん。クロエルか。あいつはもう風の罠に囚われていて、下手に動けない。………シャルってなかなかこすい戦い方をするんだな。まず相手を動けなくしてからとどめを刺すタイプか。性格わりぃな。

 ――――――でも、その余裕がお前の敗因だ。



 ―――――シャン!



 シャルの後ろで剣が振られた音がした。それと同時にシャルの背中から血しぶきが上がる。…………やっと来たか。おせぇよ。


「な………どういうこと? お姉ちゃんは確か………」


 それはそれは痛そうだ。だが、シャルは斬られたことによる痛みよりも、斬られたことに驚いている。その証拠に、先程まで余裕そうだった貴族のような下卑た笑みは無くなっていて、目をガバっと開けていた。


「………お前は私とこいつを甘く見過ぎていた」


「は?…………どういうこと?」


 そりゃあビックリだよな。さっきまで俺ほどではないが動けなかった奴がいきなり背後に現れた。しかもそいつに斬られたんだ。とんだ心霊現象だ。


「………どうやって、ここに?」


 シャルは小さくなった声で、生じた疑問をクロエルにぶつける。それに対してクロエルは――――。


「お前が勝ちを確信していたからだ。お前が私を視界から外した瞬間に私はあの風を斬った」


「ん?………」


 風を斬る。そんなこと言われたら誰でも「ん?」の一つや二つは出てくる。まずそもそもシャルの認識ではクロエルは剣を持っていない。そこがまずおかしな点。更に加えて、仮に持っていたとしても、ろくに動けない状態でどうやって風を斬るような神業ができるのであろうか?――――――それができるんだよなぁ。クロエルなら。


「お姉ちゃん。どこでその剣を………」


 シャルが顔だけ振り向いてクロエルの手を見る。そこには――――――。


「お兄ちゃんの剣」


 そう。そこにはクロエルが持っているはずのないお兄ちゃんのピカピカの剣があった。


「………どこでそれを? あの時、私がここに来たときにはこの剣は確かにお兄ちゃんの腰にあった。だけど、お姉ちゃんが来た瞬間、その剣がお姉ちゃんの手にある。………なんで?」


 シャルは不思議そうな顔で聞く。


「私は最初からこの剣を持っていたぞ」


 ―――――――剣は最初から持っていた。そう、それだ。しかし、シャルはもちろんこんな説明じゃ納得できない。そんな顔をしていた。


「お前と勝負する前、私はレガンに剣をもらい、ある魔法を使ってくれと頼んだ」


「ある魔法?」





「――――――あぁ、幻惑魔法と未来視魔法だ」




 





 




 

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