第26話 迷宮街 四
―――――ゴッドオブブリーズ。
シャルはそう唱えた。すると、足元には緑の魔法陣が現れた。
「―――――いい感じ、いい感じ。来てるよ来てるよいい風が!」
彼女は目をつぶり、下を向き、体全体で風を感じていて、大変気持ちよさそうだ。
「 クソっ!何をしている?」
クロエルは罠のような風に引っかかっており、不用意には動けない。動くと、その反対方向に爪の生えた風が吹く。―――――――しかし、クロエルは分かっていた。早くこの状況から抜け出して、あの幼女を止めなければ負けるということを。
「とてつもない魔力だ。これはあの仮面をも簡単に凌駕している」
クロエルは何とかしたいが、口を開く程度しか動けないため、このまま敗北を棒立ちの状態で待つしか無い。
「これは、もう私の負けだな………。恐らくあの魔法は私にトドメを刺すレベルのものだ」
―――――――――そらそうだわな。だって魔法の名前にゴッドって入ってるんだから。それなりの何かが来るだろう。
そんな中、俺はクロエルにある提案をする。
「おーい、クロエル」
俺が呼ぶと、彼女は目だけをこっちに向けた。――――あっ、そうだ。動けないんだったな。でも返事くらいはしてくれてもいいじゃねぇか。
「もう降参しろよ~。お前はもうできることはないんだし、このままじゃゴッドなんたらって言う魔法でお前は結構負傷するぞ?」
賢い提案をしたと思う。なんせ、そもそもこの戦いはなんの意味もない。ただ三人の中で誰が一番強いかを決めるだけの戦いだ。もちろん、知っておいて別に何か損をするわけではない。だが、忘れているかもしれないが、今俺達は聖域の中で何らかの封印魔法がかけられている。こんな状況で三人の内一人が負傷すると結構な痛手となる。
「………そうだな」
クロエルは何かを言ったようだ。たぶん「そうだな」みたいなことを言ったんだろう。
「いやいや。駄目だよお兄ちゃん達。これは勝負なんだからどちらかが倒れるまで続けないとね」
目を開けたシャルの顔は狂っていた。もうあのあどけない顔はどこかに飛んでいき、どこか血に飢えたような表情をしていた。
「………ん? シャルさん?」
「久しぶりに本気で魔法が使えるんだよ。なのにそれを中止するなんてあり得ないよ」
シャルは更に更に魔法陣の光を強めていく。それと同時に辺りの風の流れが変わり、シャルを中心に大きな渦を描いていた。いや、いくらなんでもこれはやり過ぎじゃないか?
「おい!さすがに止めろ!このままその魔法をあいつにぶつけたら怪我どころじゃ済まないぞ!」
「止めないでよお兄ちゃん!私はエンジェルント!国王の奴隷で、戦闘に喜びを感じる軍隊。確かに私は人殺しは嫌いだけど、別に戦いが嫌いだなんて言ってないよねぇ?!」
忘れていた。そうだ、こいつはエンジェルント。国王直下の下僕達だった。
「お前、性格変わりすぎじゃね?」
「逆だよ!!今までが変わっていて、これが普通だよ?! あぁ、この魔力の高まり!!凄く、凄くいい!!!これなら!!!私の思うように戦闘を支配できる!!!!!」
やばいやばいやばいやばい。こんな奴だとは思っていなかった。―――――いや、というより俺達がこいつを侮りすぎていた。よくよく考えればこいつはあの狂った国王の奴隷。それなりの洗脳と訓練を受けているはずで、本来のこいつは今のこいつなんだ。そして、今までは戦闘はあまりなかったし、あったとしてもこいつが本気を出すようなものはなかった。だが今は違う。自分の全力をぶつけられることに喜びを感じている。――――――飛んだ戦闘狂じゃねぇか。
「おい!クロエル!やばいぞ!」
「分かっている。……というよりも、私の目的はこれだった」
「……は?」
「こいつはあんな見た目でもエンジェルント。いつ私達を殺してもおかしくない。もしかすると、今までのこいつはただの演技だったのかもしれない。だから、それを確かめるためにここでこいつと戦った。――――――もし、シャルが本当にただのいい子で、エンジェルントの異分子のような奴なら、戦いに喜びを感じない。だが、もしシャルが生粋のエンジェルントならば、この勝負に対して喜びを感じるはず。―――それを確かめたかった。」
なるほどな。クロエルは最初からこの戦いに興味なんて無く、ただシャルの本性的なものを暴くためにやったのか。
「………それは分かったけどよ。この状況どうすんだよ。この間にシャルは徐々に力を増しているぞ」
俺がクロエルになにか策があるのか聞くと、凄くデジャブな雰囲気の答えが帰ってきた。
「―――――私に考えがある」
クロエルは自信満々の顔をしていた。
――――――うわぁ……。スゲェ嫌な予感がする。
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