第21話 連携

 

 ――――――…………ぐすん。


「やっと泣き止んだか?」


「……うん」


 やっと泣き止んだか。こいつ、今までどんだけ涙を溜め込んでたんだよ。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


 シャルをクロエルの膝をサワサワ撫でている。


「……うん。大丈夫。ごめんね」


 泣き止んだクロエルは顔についた涙を手で拭い、その場で座り込む。


「……私、考え過ぎだったのかな?」


「いや、考え過ぎっていうよりもさ、さっきも言ったけどよ、お前は思い詰めすぎなんだよ。別に誰もお前の事を悪く思ってねぇよ。俺も、お前のお母さんも、救えなかった人も」


「……そっか」


 ――――――クロエルの「そっか」は波打つ海の音で少し聞き取りづらかったが、今まで聞いたこいつの言葉の中で一番人間味があった。




 ―――その後、俺達は今度こそ三人で海を満喫した。


「ひゃっはーい!」


「待ってよ、お兄ちゃん!」


「おい!準備運動をしろ!」


 絵に書いたような幸せな空間だった。俺も、クロエルも、シャルもみんなが楽しい気分だった。こんなのは初めてだ。

 ―――――――誰かと一緒に何かを楽しめるっていいな。


「プハーー!………お兄ちゃん!楽しいね!」


「バッハー! そうだな!楽しいな!」


 俺とシャルはどこまで潜れるか選手権を始めていた。俺も結構潜ったつもりだったんだが、こいつもなかなかで、俺よりも深い場所にスイスイと潜っていた。

 そんなしょうもない争いをしている戦場に、女が一人、寄ってきた。


「…………ねぇ、私もいい?」


「いいよ!お姉ちゃんも一緒にやろう!」


 シャルは満面の笑みを浮かべていて、凄く嬉しそうだ。………たぶん、俺と泳ぐより嬉しそう。


「でもお前、泳げないんじゃないのか?」


「あぁ、確かに泳げないが、別に海って泳いで進むものだと決まってはいないだろう?」


 ………? 何を言ってるんだこいつ。

 俺が首をかしげている間に、クロエルは勢いよく、綺麗なフォームで海に飛び込む。すると――。


 ―――――ザバン!!


 海が割れた。クロエルが飛び込んだ場所を切り口として、そこから裂けるように海が割れて、凄い量の海水が辺りに吹き飛んだ。


「…………ぶっとびすぎだろ」


「あっはは!お姉ちゃん凄〜い!」


 シャルは楽しそうだ。さすがはエンジェルント。肝も座っているようで、どうやらこの程度の事じゃ驚かないらしい。


「よ〜し、それなら私も〜…………」


 シャルもクロエルの後を追うように飛び込んだ。それもまたなかなかで、あいつ程ではないが、こいつも海に大きな切れ目を入れた。


「………過去の世界ではこれが普通なのか?」


 俺は突然、ポツンと取り残された。先程まであんなに幸せな空間だったのに。


「 …………」


 ―――――――俺は黙って砂浜に戻り、一人で砂遊びをしたのだった。




 ――――――――ルン。ルンルン。ランラン。ルルルランラン。

 俺は鼻歌を歌いながら砂の城を作っていた。別に機嫌が良いわけでもない。どちらかというと、悪いほうだ。だが、なぜか、鼻歌を歌ってしまう。なぜだろうか。


「………あー、暇だ」


 まじであいつ等どこまで行ったんだよ。あいつ泳げないとか言ってたくせに、俺より泳げるじゃねぇか。というか、あいつらどんだけ息を我慢できるんだよ。もうかれこれ二十分くらい経つぞ。

 ――――そして、およそ三十分後。


「できた!」


 城が完成した。この前の城だぜ。しかも今回は、城だけじゃなくて、周りにはオマケの恐竜達。特大サービスだ。


「…………なんか、虚しいな」


 ――――――潮風と波の音が鳴り響く砂浜にポツンと砂の城といい年をした男。………悲しい。


「っていうか、あいつらホントにどこまで行ったんだ? もしかして、溺れてるんじゃねぇのか?」


 俺は海に駆け寄り、下を覗き見るが、当然何も見えない。―――――が、見えなくても感じ取れる物があった。それは―――――。


「――――魔力の気配」


 俺の中には三つの気配を感じた。一つはクロエルの魔力。あとの二つは、…………なんだ? 片方は恐らくシャルだろうが、もう一つはなんだ?

 俺は気になり再度海に飛び込んだ。そして、深く深く、息を我慢しながら潜り込むと、そこにあったのは―――――――。


…………人間?


 ――――言ったって普通の人間がいた。―――だが、一つ俺達とは違う所があった、それは頭には鎧どころか、岩をも貫きそうな角が一本生えていた。それはもう人間なのか分からない。だが、ただ分かることは――――。



 こいつは俺達を殺しに来ている。



 そう。俺達に敵対心があることだ。そしてその角人間の近くには、クロエルとシャルがいて、二人とも戦っているオーラが目から出ていた。しかも二人とも苦戦しているようだ。別にどこか攻撃をくらったというわけではない。――――――しかし、そろそろ息が限界に来ているようだ。クロエルとシャルは先程から苦しそうな顔をしている。


 「くそ、こいつ。なにがしたいんだ」的な顔を二人はしていた。


 そして、俺はよくよく見ると、角人間は別に二人を攻撃している訳では無さそうだ。二人が息継ぎをするために、上に向かって泳ぐと、それを角人間が邪魔をしている。どうやら、溺死させるつもりらしい。―――だがとにかく早く二人に空気を吸わせないと、二人とも溺死してしまう。だが、あいつ、速すぎて動きを捉えることができない。どうする。どうすればいい。

 俺は必死で考えるが、何も出てこない。この海の中じゃあ、口を開けないから魔法を唱えられないし、どうする。

 ―――――すると、俺が手を腰に当てると、そこには剣があった。そうだ、この剣。この剣をクロエルに渡すんだ。俺じゃああいつを仕留められない。だがクロエルのスピードなら………。

 俺はそう思い、あいつに見つからないようにクロエルの所までフルスピードで泳いだ。だが――――。


 ブヲォォォォォォン! 


 角人間が驚愕のスピードで俺の進行の邪魔をしてきた。

 くそったれが、こいつ、俺に気づいてやがったのか。―――――なら、仕方ない。……俺がやってやる。

 そうすると、俺は剣を構える。だが、肝心の標的が目で捉えられない。見ることができなければ、いくらいい振りをしても、当たらないので意味がない。

 ――――――すると、俺が剣を構えたままあいつを捉えようとヤッケになっている間に、あの幼女が、アクションを起こす。

 なんと、シャルは今よりも更に深く潜り始めた。そしてそれを見ていた俺とクロエルは驚いた顔をしていた。しかし、角人間は表情を変えることなく、シャルを見過ごす。そりゃそうだ。なぜならこいつの目的は俺達を溺死させること。なら、さらに深く潜ろうとする奴をわざわざ止める必要は無い。


「シャシャシャ」


 角人間は真顔で気持ち悪い声を出す。恐らくシャルを大馬鹿者だと思っているのだろう。ぶっちゃけ、俺も思っている。

 ―――――が、その考えはすぐに無くなった。


「――――ギュインギュインギュイン」


 シャルが潜った方から音が聞こえる。その音は水をかき分ける音で、よく見ると深海の方で渦巻きができていて、それがこちらに近づいてくる。


「ギュインギュインギュイン!!!」


 その音は次第に強くなり、俺達の所まで渦巻きの影響が来た。俺達はその流れに巻き込まれて一気に水面までグルグルと回りながら、突き上げられる。そして――――。


「ぶっはぁーーー!!」


 俺とクロエルと角人間は空まで吹き飛ばされた。

 俺達は久しぶりに息をした。危ねぇ。死ぬ所だった。


「なんだ?何が起きたんだ?」


 俺は下を見ると、シャルがいた。しかも、手を真っ直ぐに地面と平行に体をTの字にして、グルグルと回っていた。


「まじかよ。こいつ」


 一瞬で理解した。こいつ、シャルは、深海で体を凄い勢いで回転させて、海の中に竜巻を作った。そして、そのまま上昇し、俺達を巻き込ませて、地上に出た。そうすれば、いくら速い角人間でも、そもそも動けなければ意味がない。


「やるじゃねぇかシャル!助かったぜ!」


「あぁ、お手柄だ」


「ギャギャ?!」


 ずっと真顔だったあいつも、今回ばかりはさすがに驚いたようだ。そりゃそうだ。俺達は地上。どころか雲まで届きそうな場所まで突き上げられた。空中だから俺は簡単には体は動かせない。

 だがこれなら――――。


「スルトエクスカリバー」

「ニア・フューチャリティ・アイ」


 二人同時に唱えた。俺は角人間に向けて、この前と同じ要領で炎剣を八つに分離させて、四方八方から弧を描くように飛ばす。それに対して、クロエルは炎剣がどのルートを描くかが見えているので、それを避けながら角人間に近づき、頭を片手で鷲掴みにして振り回し、八つの炎剣全てにぶつける。すると、角人間は斬られた場所から爆炎が発生し、たまらずもだえる。


「アギャ、アギャ。アギャギャギャ!」


 そこにすかさず追い打ちをかける。


「これで終わりだ」


 俺は剣をクロエルの方向に投げる。


「――――ナイス判断だ」


 ――――――クロエルは俺の剣を手に取り、燃え盛る角人間の首を一刀両断した。すると、角人間の首と体は分離して、それぞれ違う方向に落ちていった。


「さっすが〜」


「これくらい当然だ」


 ―――俺達は勝利した感覚に浸っていた。だが、俺達はあることを忘れていた。


「…………で、この後どうすんの?」


 そう。この後の事を何も考えていなかった。俺達はこのままじゃ垂直落下して、ペシャンコだ。――――だが、クロエルの顔は自信満々だった。良かった。何か策があるようだ。

 俺が信じたような顔でクロエルを見つめると、クロエルは口を開く。


「………どうしようもない」


 ……………あ。そうだった。こいつがこの顔をしてる時は何も策がないときだった。


 こうして俺達はこのまま無言のまま逆らえない運転に身を任せたのであった。




 ――――――ズドン!!!






 














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