第20話 クロエルの始め方
――――――――海辺に佇む美女。大変素晴らしい。
「なぁ、お前いつまでそこにいんの?」
「いつまででもいいだろう。どうせお前達は遊ぶ気だろう。だったら私も休憩する」
浅い方の海にいる俺から少し離れた場所にクロエルは立って、海を眺めている。
「私は、別にこの世界に遊びに来たわけじゃない。一刻も早く過去に行って、誰も悲しまない世界を作る」
クロエルは使命感に駆られている。そのせいで、自分が楽しむということを許さないでいる。
「………前も言ったけどよ、そんなに思い詰めるなよ」
「……別に思い詰めてなどいない。これが私だ。」
別になにか落ち込んでいる訳でもなく、ただただ真剣に自分のするべきことに向き合っているだけ。っていう感じか。……それを思い詰めてるって言うんだがなぁ。
俺は海から上がり、クロエルの所まで歩く。
「えー、お兄ちゃん。もう終わりなの?」
シャルは不満そうだ。ていうか、お前俺達より年上の癖にお兄ちゃんとかお姉ちゃんとか言うなよ。
「うん。終わりだよ。お兄ちゃんもう疲れちゃった」
「ぶー」
シャルはほっぺを膨らませてご機嫌ナナメという感じだった。
だが、ここにもご機嫌ナナメというより、気を張りすぎて固くなりすぎている女が一人。
「…なぁ、お前よ」
「なに?」
俺が喋りかけてもこっちを見ない。
「急にどうしたんだ? お前、海に来てからなんか変だぞ?」
「別に……、変じゃない」
覇気が無い。いつもだったら「人を気遣う暇があるなら、少しでも訓練したらどうだ?」くらいは言ってくる。さらに機嫌が悪ければ「殺すぞ」くらい飛んでくる。
「……じゃあ、もしかして海嫌いだったか?」
「……違う。私は泳げないが、別に嫌いって訳じゃない」
「じゃあなんだよ」
「…………」
こいつは頑なに口を割らない。
――――――なら仕方ない。ちょっと照れくさいけど―――。
「俺達は別に仲がいいって訳じゃねえから、全部を話せなんて言わねぇけどさ、今は仲間だと俺は思ってるから、少しは俺を頼ってほしいな」
「…………」
くそ!こいつ!俺がこんだけ恥ずかしくなることを言っているのもかかわらず無視かよ!
そんなことを思っていると、クロエルは遂に口を開いてまともな事をいう。
「…………海って私いい思い出ないんだよね」
「……なんで?」
「私が小さい頃。周りの子供達が友達と遊んだり、魔法学校に行っている間にもサーベラスである私だけここみたいな海で訓練だった。砂だから足場が悪いし、冬は寒いし、水中戦の訓練もできるから、訓練にはうってつけの場所だった」
クロエルは澄ました声で話す。
「海って、子供だった私にとっては本来は遊ぶ場所。けど、私だけ認識が違う。海は吐くほどの訓練と、教官の怒号が鳴り響く殺伐とした場所以外のなにものでもない」
「なるほどなー。海って本当はテンションが上がる場所のはずだもんな。―――でも、お前にとってはただの地獄の日々を思い出す場所って感じか」
そうだったのか。こいつは昔、自分と同じくらいの子供が遊んでいるのに対して、サーベラスの一員としての使命から自分が遊ぶことを自分が許さなかった。それに対して、なんか、こう、表現しづらいけど、簡単に言えば――――。
「遊べなくて後悔してる………って感じか」
「………いや、そうじゃない」
違ったか。俺はてっきり、遊べる時に遊べなかったから後悔してるって事かと思ってた。ちなみにこの後の流れとして想像してたのは、「いやいや、でもさ、昔は昔、今は今じゃん? だから、今からさ遊ぶ時間を作って、失われた時間を取り戻そうぜ」っていうつもりだったのに。
「じゃあ、なんだよ?」
「私が私を許せなかったことに、許せないのだ」
「…………は?」
「別に遊べなかったか幼少時代を後悔している訳ではない。だが、あの時、もし私が自分の気持ちに素直になって、母を無理矢理にでも引っ張ってサーベラスを辞めて、どこか遠くの村にいれば、私も母もこんな馬鹿みたいな戦いに足を踏み入れることなかった。そうすれば、私はこんな重い使命感に駆られることもなく、私も母も傷つかず、救えなかった人達を悲しむこともなく、幸せに生きていたはずなのに……………」
クロエルは綺麗な瞳には涙が浮かんでいた。こいつは遊べるとか遊べないとかそのレベルの考えではなく、ただ、あの時取れたはずの幸せを取らなかった自分を許せないと自分を責めていた。
――――重い。言葉が見つからない。
「でもさ、私はさ、もうそんなことを考えてもどうしようも無いなんて分かってるんだよ。でも、どうしても頭から離れない」
どうしよう。俺はなんて声をかけるべきだ? 俺には励ますなんて無理だし、でもどうにかしてあげたい。あぁーーーーどうしよう。
――――と、俺が悩んでいる間に一人の幼女が近寄ってきた。
「お姉ちゃん。泣かないで」
「え?」
シャルはクロエルの足元に近寄り、右手を膝を触る。左手にはすくった水。―――そして、次の瞬間。
ビチャ!!
「「え?」」
なんとこの幼女、クロエルの顔面めがけて水をぶちまけたのだ。泣いてる女に向かって。これはさすがにいくら幼女とはいえ。――――幼女では無いんだが。
「お姉ちゃん!悲しい顔しない!」
「………シャル?」
さすがにクロエルも怒りより驚きが勝つ。
「お姉ちゃん。私はあなたを知ってるよ。昔、私が封印される前、村が国家に襲撃された時、お姉ちゃんが必死で村の人達を守っていたの知ってるよ!見てたもん!」
「…………」
「……私もどうにかしたかったけど、私程度じゃ誰も意見を聞いてくれない。エンジェルントって言ったって所詮国王の奴隷。でも私は襲撃をどうしても止めたかった。でも止められない。そんな時!お姉ちゃん、誰よりも必死で命がけで村を守ってたもん」
シャルはクロエルを必死で励ましている。だが、クロエルはいい顔を浮かべない。
「そんなの………、確かに救えたけど、救えなかった人もいる。なのに私が楽しい思いなんて……」
「誰もお姉ちゃんが楽しんじゃいけないなんて思ってない!!確かに全員を救えなかったかもしれないけど………、けど!救えた人だっているもん!それに村の人達が死んじゃったのはお姉ちゃんじゃなくて、国家が悪いんだもん。だから、お姉ちゃんが気を負う必要は無いよ」
「だが、だとしても母は………」
「お母さんも!今のお姉ちゃんの姿を見たら、お母さん泣いちゃうよ!お母さんはきっと、お姉ちゃんの幸せを祈ってる!絶対にお姉ちゃんの事を恨んだり、あの時取れた幸せを取れなかった原因をお姉ちゃんだなんて思ってないよ!」
―――――シャルは、今言うべき事、今言ってほしかった言葉をクロエルにかける。そして、その言葉にクロエルは許されたかのように涙が滝のように溢れてくる。
「………お母さん!お母さん!おかぁさぁぁん!」
―――――クロエルは泣きじゃくった。それはもう凄く。今までかかっていた礎が外れたように。ここの誰よりも一番子供っぽく。海よりも綺麗な澄んだ涙を流していた。
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