第19話 初めての勝利。そして五人目。
―――――目が覚めた。そしてそこには、―――――幼女がいた。
「ねえねえ、君、早く起きてよ」
その女は子供で、六歳ぐらいに見えた。髪は耳より少し下までまっすぐに伸びていて、色は金髪。顔はつぶらな瞳と子供らしいパーツで構成されていた。服は無地の白いワンピース。そしてきめ細やかな綺麗な裸足。
「……」
「……」
お互い見つめあう。だが寝起きの俺はこの異常事態に気づかなかった。この世界に、あの戦いの後に、この状況。
「………クロエル?」
「何をいっているんだ。私はここだ」
「これはどういうことだ?」
「私もよく分からない。ただあの後お前が……」
「ちょっとタイム!」
俺は話が長くなるとみて、寝ぼけた体を起こし、辺りを見渡す。そこには、少し離れた場所にはあの城の崩れた後の瓦礫、空には綺麗な夕日、ここは俺が寝ていた草原、そしてよく見ると瓦礫の下の四本腕の死体があって、そのカオスな光景にもっとカオスな人たちがいた。
「……とりあえず、俺が寝てしまった後から聞いてもいいか?」
「―――簡単に言えば、お前が気絶したあと私はお前を抱え、窓から脱出し、城から離れた。すると、脱出したと同時に城が崩れて、群がっていた恐竜たちは解散した。」
「ほう。それで?」
「私はお前をここに寝かせて、崩れた城に戻り、魔術結晶を取りにいった」
俺は放置かよ。間違って恐竜どもに踏まれたらどうするつもりだよ。
「しかし、落ちていた魔術結晶はヒビが入っていて、今にも割れそうだった。そこで私が手に取ると、完全に割れてしまって、紅い光が放たれて、しばらくすると、光が消えたと同時にこの女の子が出てきたって訳だ」
「……情報量多い」
うん。それでこの女の子はどうすればいい? と聞きたかったがどうせ聞いても答えは想像つく。
「この子はどうするつもりだ?」
「連れていく」
ですよね。
――――――少しした後。俺たちは草原を歩き、また海を目指して歩いた。
「ねーねー。いつまで歩くの?」
「いつまでだろうな」
「いつまでがいい?」
もう夜か。さすがにこの年の女の子にはきついか。
「少し休もう」
俺たちは、海まで後少しの場所。夜風が気持ちいい場所で石を囲むように座り、休息をとった。そこで、俺は問う。
「それで、君は……、いや、君の名前はなんていうの?」
クロエルは優しい質問に変えた。そりゃあ、この子に「君は何者?」なんて聞いてもどうしようもない。
「私はねー、シャル!」
さっきまで眠そうだったのに、急に元気になったな。さすが子供。
「そっか。………何歳?」
「うーん。途中で数えるのやめたけど、たぶん千歳はいってると思う」
……千。俺も問う。
「千?千って千?」
「うん。千!」
俺疲れているのかな。でも、クロエルの顔もそれなりの顔をしているし、聞き間違いではないんだろうな。
「えーっと、待って。……本当は何歳なの?」
「だから!分かんないって!でも千はいってるってこと!」
千歳。そんな言葉があるなんて思わなかった。
そして、続けて幼女は口を開く。
「私はね、ずっとあの玉に入ってたの。だいたい五百年くらい。だから、実質五百歳ちょいくらいかな?」
別になるほどとはならない。寧ろなるほどから離れた。わからん。―――――だが、とりあえず、この子が言っていることをまとめると、五百歳ってことは少なくとも俺よりも生きてるってことだ。
「………いや、だとしても、その体はどういうことだ? 百歳ならそれなりの体に育つ、というか、そこまで行くともはや枯れてるんじゃないか?」
「それは人間であればの話だよ。私は人間じゃないもん」
人間ではないか。それならばこれまでのぶっ飛んだ話に納得がいく。でも、また疑問ができた。
「じゃあ、………神様とか?」
俺はダメ元で思いつく可能性を聞く。だが、その答えはあながち間違いではなさそうだ。
「うーん、惜しい!正解は神様の使い!」
―――――神様の使い。どこかで聞いたことがある。どこだっけ? ―――――いや、そもそも記憶喪失だからいくら考えても分からん。
「神様の使いか。それなら納得した」
クロエルはどうやら俺を置いて一人で納得したようだ。過去の世界では神様の使いっていうのは誰でも知ってる話なのだろうか。
「………なぁ、神様の使いってなんだ?」
「神というのは、我らの世界では中央国家の国王のことだ」
――――中央国家の国王。それはつまり………。
俺は全てを察した顔をして、クロエルの目を見る。
「……あぁ。そういうことだ。簡単に言えば我らの敵達の親玉だ。そして、その国王の直属の使いが神様の使い、――――エンジェルントだ」
「エンジェルント。なんてことだ。こんな小さい子まで国王にいいように使われているのか」
少し、いや、かなり悲しい気持ちになった。神様の使いといえど、結局はこの子は人間。しかし、あの国家の王がすることを想像すると、恐らくこの子が小さい理由は―――――。
「そうだな。しかも恐らくこの子は魔法によって体や脳を弄られてある。それゆえ、いくら年をとっても体が変わらない。先程からこの子の体から僅かに魔力が感知できる」
―――――やっぱりか。国王は自分の目的のためなら何でもするって言うことか。
「そういうことか……」
「あぁ、だがどうする? 敵ということはこのまま見過ごすわけにもいかない」
クロエルは少し睨んだ目でシャルを見る。
「ひ〜、怖いよ~」
そら怖いわな。だって俺ですらビビるんだもん。ましてやあんな幼女が、………いや、年齢的にはババアか。
「私は、エンジェルントだけど!別に君たちの敵じゃないよ? どっちかと言えば味方!」
味方? どういうことだ?
「私はね、国王様に逆らってあの玉の中に封印されてしまってたの」
その言葉に対して、クロエルは疑う顔をして聞き返す。
「逆らった? なにを逆らったんだ?」
「人間達を殺そうって国王様が言ったの。でも私、それには賛成できないって言ったら封印されちゃった」
なるほど、そういうことか。っと思ったのはどうやら俺だけだったらしい。クロエルの顔は驚いていた。
「クロエル。何をそんなに驚いているんだ?」
「いや、エンジェルントというのは、生まれた瞬間にとある魔法をかけられる。その魔法は洗脳に近いもので、絶対に国王には逆らえないようになる。だが、この子はその洗脳を受け付けていない」
―――――洗脳か。恐らく、適性がありそうな赤ちゃん達を何かしらの方法で片っ端から調べて、厳選して、洗脳魔法をかける。そんなとこだろう。悪趣味な奴らだな。
やっぱり、今回もそうだが、クロエルから聞いた過去の世界の話からすると、国王っていうのは悪い奴、というより、独裁政治で倫理観無視のクソ野郎という印象だ。
――――――だが、ある疑問が生じる。
「………そういえば、中央国家ってホントに俺達人間を滅ぼそうとしているのか?」
中央国家は人間の消滅が目的。けど、すべての人間を消滅させるなんて、そもそも可能なのか? そんなことをするくらいならこのエンジェルントとかバラス達を使って各地に警備させれば悪い奴なんてそんなにいないだろうに。そうすれば国家の奴らが人間を滅ぼすなんて選択はしないはずだ。―――――いや、それが出来なかったのか? なぜだ? 何かがひっかかる。そもそも悪い奴らってなんだ? 何が目的なんだ?
「当たり前だろう」
――――――クロエルは「今更何いってんだこいつ」みたいな顔をしていた。
「そもそも中央国家ってなにをしてるんだ?」
「は? 説明していなかったか? 我らの世界で最高権力の保持をしている国だ。その国がサーベラスのアジトを襲撃した」
「いや、そういうことじゃなくて。人間達を滅ぼそうという選択を取る前は何をしていたんだ?」
「それは、……………何をしていた?」
クロエルは言葉が出てこない。
「…………まぁ、いいか。そんなこと今考えてもどうしようもない。とりあえず、今日はもう寝て、明日出発するか」
「そうだな。明日には海につくだろうし、何か見つかるかもしれない。もしかすると聖域があるかもしれない。早めに休もう」
「寝るぞー!」
―――――翌朝。俺達は海についた。
「おぉーー!海だぜ!」
「海だ〜!」
俺とシャルは服を着たまま走って海に飛び込み、子どものようにはしゃいだ。そりゃあ、久しぶりに休みの気分だもの。
「お前達。ここに何しにきたんだ?」
一方その時、クロエルは砂浜の上に腕を組んで立ち、いつも通りのキリッとした顔を崩さない。しかし、その顔はとてもこの浜辺に似合っていてる。柔らかい潮風が彼女の髪をなびき、乱れた髪をかきあげるその仕草は大変素晴らしい。
「お前、ええなぁ」
俺はちょっとニヤけてしまう。色々想像すると、またアレがいい感じになりそうだ。
「………お前。何を考えている?」
クロエルは俺を睨む。だが、その姿もなんかいいな。目覚めそうだ。
「なぁなぁ。ちょっとは休もうぜ。前も言ったけど、お前は気を張りすぎだって」
「 ………いや、いい。私は泳ぐのはあまり得意ではないんだ」
クロエルは膝を抱えて座り込む。
「でもここ足つくぞ?」
「そうだよ!お姉ちゃん!一緒に遊ぼうよ!」
俺達はクロエルを少しでも気分を休ませられるように遊びに誘った。
「……………」
――――――だがクロエルは、俺達の誘いを無視して、何かを小さく呟いてからその場から離れていった。
「あ、おい」
「えー、つまんなーい」
俺達は不満だらだらな言葉を並べた。――――しかし、あの時、聞き間違いでないとするならば、あいつは―――――。
「………………私は遊んでいい人間じゃない」
そんなことを言っていた気がする。
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