第17話 城

 ――――カツカツカツ。


 固い床を歩く音が聞こえる。そしてその音は反響して、外まで漏れそうな大きさに聞こえる。


「やっと見つけたな、二つ目」


「あぁ、この聖域は前よりも分かりやすかったな。まさか、草原の中に堂々とはな」


 そう。俺がクロエルに二度目の敗北を喫したあの日の昼。二人が森を離れ、海が見える方向に歩いていると、まっさらな草原に似つかない城のような建物があった。


「にしても、この城。一体どこの国の物だ。これほど立派な建物は中央国家ぐらいしか無かったはずだ」


「もしかして、また幻影とかか?」


「いや、それは無い。今回は魔力の気配をすぐに感じ取れるように、常にアンテナを張っていたが、なにも引っかからなかった」


「ほーん」


 手を頭の上で組んで、能天気な声を上げる俺に対して、同じ失敗は繰り返さないように、クロエルは常に気を張って、微弱な魔力も感じ取れるように歩いていた。


「……もう少し緊張感を持て」


「いやラクショーだろ。魔法の罠が無いんだから。ちゃっちゃと魔術結晶を取って……」


「そうではない。聖域は本来封印魔法がかけられているのに、入り口にはなにもかけられていなかった。これがどういうことか分かるか?」


 こいつは警戒していた。そらそうか。封印魔法が無いってことは、一度誰かに破られていて、魔法を解除されてしまったということ。ということは……。


「――――――あいつらがいる可能性がある」


「そういうことだ。あいつらは恐らく我らの目的に気づいている。先回りされていることも考えられる」


 それはもちろん考えられるが、そんな常に気を張っていたら疲れてやってらんねーよ。


「でもさー。いくらなんでも警戒しすぎじゃね?」


 俺がそう思うのも無理はない。なぜならクロエルは先ほどから、魔力感知に集中しすぎて、よくつまずいているし、柱にもぶつかっている。


「少しは肩の力を抜けって」


 クロエルの肩に優しく手を乗せる。


「……そうだな。少し気を張りすぎていた」


 あら? 今回は聞き分けがいいな。

 ―――レガンは不思議に思う。今まで言うことはまったく聞かなかったのに、今回だけなぜかレガンの意見を取り入れている。クロエルは肩に置かれた手を軽く払い、体の力を少しだけ抜いて、リラックスした状態で歩く。


「……お前。どうした?」


「何がだ?」


 二人は急に止まって見つめあう。

 ――――――こいつやっぱり結構美人だな。立ち姿もスラっとしているし、ていうかなんで無言なんだよ。

 レガンが色々考えている間にクロエルが口を開く。


「……この前、少し思った。私がなぜ弱いかが。なぜ後悔ばかりの人生なのか。それはもっと周りを見るべきだ。…もっと周りを見ていたら、もう居ない母ともう少し話せていたのかもしれない。…もう少し過去の仲間を頼っていれば、救える人間を救えていたのかもしれない。……そしてあの時、お前と一緒に聖域の捜索をしていれば、あの子は……」


 彼女の声は終わりにかけて少しづつ小さくなっていき、最後はなんていっているのか聞き取れなかった。


「え? なんて?」


「何でもない!」


 デリカシーの無いレガンは阿保みたいな声でクロエルに聞き返すが、クロエルは照れ隠しのようにレガンを突き飛ばし、壁にぶつけた。


「いだ!!!」




 ――――そんなこんなでレガンとクロエルが城の一階、二階、三階を隈なく探し、何事もなく上ったり、王座のような部屋の重い扉開けるとあるものが光っていた。


「あれは………」


 俺たちの前には素晴らしい光があった。

 二人は、レガンとクロエルは、何日もあるいは何年もかけた月日が少しだけ報われた気分であることを体全体で表しながら、ゆっくりと、ゆっくりと近づいた。


「これは……、魔術結晶」


 ――――――魔術結晶。遂に見つけた。何度も負けて、遂に。


「やったな」


「あぁ」


 クロエルは顔くらいの大きさの玉、―――魔術結晶を両手で持ち上げる。それは窓から差し込む光によって、太陽のように輝いていた。


「………ちなみになんなんだ? その玉に入っている魔法は?」


「分からない」


「は?」


 予想外の答え。でもそうだな。そういえばどうやってこの玉から魔法を取り出すんだ?


「……恐らく。なんか、こう、割ればいいのではないか?」


「……いや、もし間違いだったら取り返しつかないぞ」


 ――――――二人は、クロエルが玉を持ち上げたまま、数秒たった。その時。


 ――――――グルギャアアアア。

 ――――――ガアァァァァ。

 ――――――ゴォォォォォォ。


 恐竜の声がした。しかも大量の。しかも四方八方から。


「なんだなんだ。なにが起きている」


「分からない。だが恐らく……、囲まれた」


 窓から外の様子を見ると、恐竜の行列ができていた。しかも、さらにまずいことが―――――。


「―――こいつら、知性がある」


 恐竜達は揃いもそろって、火だの水だの風だの吹きながら城に突進していた。


 ―――――ドカーン!


「くそ、このままじゃ城が崩れて瓦礫の下だ」


 恐竜たちの猛突撃によって、城には壁から、床から徐々にヒビが入っていき、さらには、城の庭は大火事、窓からは高圧力の水撃と風撃。そして崩れた足場のせいで二人の間には床は割れていた。


 ―――やばいやばいやばい。今までは刺されるだの殴られるだので済んでいたけど、さすがに瓦礫に押しつぶされて体がぐちゃぐちゃにされたら、自然治癒ではカバーできない範囲だ。


 ――――――そこでレガンは閃いた。


「……そうだ!お前!あれを使え!」


「は? あれ?」


「そうあれだよ!前使ったあれだよ!」


「だからあれってなんだ?」


 レガンはワタワタしすぎて口がいい方向に回らず、頭では理解できているのに上手く説明できない。

 

「……あれだ!木をでっかくしたやつ!」


「………そういうことか」


 拙い説明で伝わったようだ。よかった。




 ――――アドバイス・コア・ベスト。




 クロエルは崩れた足場のなか、しゃがみ、手の平を城の床につけ、唱える。すると―――。


 ――――ゴ!ガガガガ!ゴゴゴゴ!


 城は少しづつ少しづつ元の形に戻った。いやというより、崩れかけた石達が組み合わさって、城に進化していった。




 ―――――かのように思えた。



 ―――――ドッカカカーーン!


 石達はまた落ちていった。


「な、なんで」


「……くそ!すまない!」


 気づけばクロエルは大量の汗をかいており、顔色も悪かった。


「………魔力が足りない」


 足りなかった。クロエルの今の力では城の再生は難しすぎた。そして再度崩れた床たちは二人を引きはがす。


 ―――二人が絶望の瞬間をかみしめていると、上から何かの気配を感じる。


「―――おいやばい!お前!上!」


 レガンがそれに気づき、クロエルに向かって叫ぶ。


「――――………はっ!」


 クロエルが上を向くと目の前数センチの場所には、天井からかけ落ちた大きめの石、というよりももはやごつごつした岩が落ちてきていた。


「くそ!」


 クロエルは反射的に拳を突き上げる。


 ―――――ドカーーン!



 ―――――――岩は割れた。それはもう嘘みたいに綺麗に粉々に。


「ふぅ。あぶねぇ」


 レガンがほっとするのも束の間。次はレガンの番だった。


「気を抜くな!」


「え?」


 レガンはまさかと思い、上を見上げると――――。


「グルギャアアアアア!」


 恐竜がいた。それはほかの奴らと比べるとみるからに大きく、さらには魔力の気配が今までの奴らとは桁が違う。しかもこれは――――。



 ――――――あいつと同じ匂い。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る