第6話 一人目 一
あれから、何時間、何年、何日経ったであろうか? 俺が、この世界に送られてから。俺は一体何をしていたんだろうか。あんなにも時間があって、自由があったはずなのに。
ここは、魔法が発達した国。《ファイロン》。
普段は国民、村民が心地よい朝に目覚め、仕事に励み、子を育て、ぐっすりと眠る。ファイロンでは、国家が各村、城下町に兵士を置き、安全を作っている。そんな平和な国にある少年が生まれた。
「おぎゃー、おぎゃー」
赤子の声が鳴り響く。
「生まれたわよ。あなた」
「あぁ、とても元気な男の子じゃないか」
赤子を抱く女とそれを見守る男。彼らはこの子の親だ。
「あなた、この子の名前はもう決めたの?」
「決めている。この子はレガンだ」
「いい名前ね」
「あぁ、立派な戦士になれるようこれから俺たちが育てていかないとな!」
と、両親が張り切るのも今だけであった。こんな絵に描いたような幸せな家庭がまさかあんなことになるとはだれも予想できなかった。
数年後。ある食卓。
「これいらない!」
「わがままいわないの!」
「わがままじゃないもん!これは嫌いだから食べないだけ!」
レガンは反抗期―――イヤイヤ期だった。
「レガン!好き嫌いしていたら強くなれないぞ!」
「パパだってお母さんのことは好きでそれ以外の女のひとは違うじゃん!」
「……お前、何歳だよ」
父と母は呆れていた。
「食べ物と人間は違うぞ?」
彼の名前はパラス・エドワード、レガンの父親だ。
「そうよ、大体そんなことどこで覚えてきたの?」
彼女の名前はペニック・エドワード、母親だ。
「ぶー、でも草は嫌い!」
レガンは頬を膨らませ、そっぽを向く。
「……これは草じゃなくて、や・さ・いだ」
父親に言われても納得しない。そっぽを向いたままであった。
「はぁ、誰に似たんだか」
父親はそう言うが、母親はパラスを睨む。
「……そういえば、お前もそろそろ6歳だな」
「そうね、―――そろそろ剣術だったり、魔法を勉強してもいい頃よね」
「そうだな。明日からは訓練を始めよう」
「――――?」
レガンは二人が何を言っているのか理解ができない。
翌朝。
「よし。レガン!今日から訓練だ!まずは剣術からだ」
「―――?」
レガンはぼやーっとしている。そんななか、パラスはレガンの小さな手に剣を渡す。
「重い……」
当然重すぎて、レガンは持ち上げられない。
「重い!こんなの持てないよ!」
「普段から野菜を食わないからだ。ちゃんと食べていれば、今頃体はムキムキでこんな剣軽く持ち上がってるぞ」
パラスはふふんとした顔だ。
「むー、いじわるしないでよ!」
レガンは剣を手放し、パラスの膝くらいの位置をぽかすか叩く。
「はっは、わるかったって」
レガンは不服そうな顔だ。
「とりあえず今は」
パラスが次にレガンの手に渡したものは木の枝だった。
「よしよし。この枝はさすがにいけるな」
レガンは枝を右手で乱暴に振り回す。
「そんな使い方ではだめだぞ。両手で持って、集中して、目の前の物を斬る感覚だ」
パラスはそう言い、本物の剣で近くの木を切り、手本を見せる。
「ほら、こんな感じだ」
パラスがレガンに剣術の基本を教える。レガンはそれに従い、枝を両手で持ち、空を斬る感じで木に斬りかかった。―――すると。
―――しーーん。
レガンは空振りをした。
「はっはっは。まぁ最初はそんなものか」
パラスは笑うというよりも、「こいつかわいいな」という顔だった。――だが。
―――どーん。
木は遅れて斬れた。そして倒れた。
「……まじ?」
レガンは変な顔をしている。
「……え?まじ?」
それ以上に変な顔、というよりも、世界がひっくり返ったような顔だった。
「お前。……どうやったの?」
そんなことを聞いてもレガン本人にも分からない。
「お前、もう一回やってみろ」
パラスは次に近くの岩をレガンに指定する。それに従い、レガンは岩に近づき、構えをとる。
「もしかすると木がもう寿命だったとかだろうな。あるいはもう既に斬られ」
カーーン。
岩が斬れた。
「……斬れた。斬れちゃった。もう物理法則無視するレベルだぞ」
レガンは「え?俺なんかやっちゃいました?」みたいな顔をしていた。
「これは……剣術の才能なのか?」
もうこれは剣術の範囲を超えている。確かに頑張って岩や木の芯の芯の芯を捉えて、程よい力で斬ればいけなくもない。だが、それはさっきパラスがやってみせた技だ。だがパラスが剣術をある程度訓練をしてやっとできるようになる技だ。
「お前。……神の子か?」
もはや信じれなさすぎて、自分が父親だと忘れる。
「俺は神様!」
レガンは自信満々な顔だ。
「まぁ、とりあえず今日はあと何回か斬って帰るか」
その後、レガンとパラスは一緒に訓練をして帰宅した。
ちなみにレガンはパラスよりも斬った。
その日の夜。レガンが眠りについた後。パラスとペニックはテーブルに向かい合って座った。
「……なぁペニック」
「なあに?」
「…レガンは神の子だと言ったら信じるか?」
パラスは真剣な顔でペニックを見つめる。
「何を言っているの?」
ペニックは「また馬鹿なこといってる」みたいな顔でパラスを見る。
「……今日、こんなことがあってさ」
パラスはペニックに今日あったこと。レガンが剣術の天才であったことを伝える。
「…いいことじゃない。将来はソードマスターになるかもね」
「……あぁ、確かにレガンがソードマスターになれば誇らしいし、あの子にとってもそれがいいのかもしれない」
パラスとペニックの顔は浮かない。
「……そうね」
「ただそれは、俺が剣術の師匠としてだ。……親とすればなって欲しくない」
「私も。もしレガンがソードマスターの素質があれば国家に連れていかれて地獄以上の訓練をさせられる。……今まで何人もその訓練に連れていかれて、無事に帰ってきたのは片手でかぞえられるくらい……」
パラスとペニックはレガンが天才であることはとても嬉しく、誇りである。だが、天才であるが故にそれに見合った環境にいなければならない。それが地獄であったとしても。
「……あと、とても言いづらいんだけど」
ペニックは隠していたことを暴露する顔をしていた。
「…あの子、魔法もできる……」
その言葉に、パラスは驚きと、悲しさでいっぱいになった。
「なんでそう思うんだ……?」
「私、見てしまったの。私が魔法で手から水を出して、花に水やりをしていたら、私の後ろで、レガンが真似をして、………魔法陣を展開させたわ」
魔法陣。とても5,6歳の男の子が使えるようなもんじゃない。
「あいつは見ただけで覚えることができる天才か」
そのとき、パラスとペニックはレガンが正真正銘の天才であると確信した。
「ぱぱ?まま?」
2人の横から、幼い声が聞こえる。
「レガン? まだ起きていたの?」
ペニックはレガンに寄り添い、ベッドまで運ぼうとする。
「……ぱぱとままと一緒がいい」
レガンは涙目でお願いする。
「……そうね、今日は三人で一緒に寝ましょうか」
ペニックは優しい声でレガンとパラスに提案する。だが、レガンのお願いはそういう意味ではなかったようだ。
「そうじゃない!……これからもずっと一緒がいいってこと…」
2人の会話がレガンに聞こえていたようだ。
「……」
「……」
2人とも「うん」と言えない。嘘でも「うん。一緒にいようね」と言いたい所だが、言えない。
「……」
「……」
沈黙が続く。―――すると、レガンが沈黙を切り裂く。
「僕とままとぱぱは一緒にはいられないの?」
レガンの目はさらに潤う。
「……だいっきらい」
レガンは小声で2人に思ってもいないことを告げる。
「……レガン?」
ペニックはレガンの頭に手を置き、優しく聞き返す。
「……パパとママなんて大キライ!」
レガンは泣き叫ぶと同時に家のドアを勢いよく開けて、外に走り出す。
「待て!レガン!」
パラスは急いで後を追う。
「……どこにいった?」
夜なので外がとても暗い。レガンほどの小さい子は少し遠くなるとか隠れられると全く見えない。
「…クソ!」
パラスはドアを思いっきり蹴った。
「あなた!そんなことしてる場合じゃないでしょ!早く!探さないと!」
ペニックはあたふたした様子であった。
「……ぁあ、そうだな。とりあえずレガンを見つけよう」
こうして2人は真夜中の外で小さな子供を探しに行った。――――そして、これが三人が一緒にいる最後の瞬間であった。
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