第5話 仮面の少女 二
爆発音が響き渡った。それはあたりの湖をすべて弾き飛ばし、大陸丸々一つ分の範囲に雨を降らせた。その雨の中に仮面の少女がいた。
「では、彼を殺しにいかないと」
少女は「ルーピン」と唱えて、体を浮かせて空に舞う。
約一、二時間後、少女はある場所に降り立った。その場所は―――――――大火事であった。
「なにが起きている」
少女があたりを見渡す―――――ことはなく、近くの魔力が彼女を呼ぶ。
「あそこか」
――――――少女はゆっくりと魔力の方向へと進むと、二人の人物が目に入った。
「アサシンアロー」
魔法を唱える声が聞こえた。どうやらシャツを着た、背の高い男が、短い茶髪の青年をいじめているようだ。
少女は急いで駆け寄り、背丈の高い男の目の前に立つ。そして
「やめなさい」
少女は彼が茶髪の男を短剣で刺そうとしたので、その剣を弾く。いや、弾いてしまった。
「レイド……なんのつもりだ」
レイドは応えず、茶髪の青年に近づく。そして、
「こいつは……私の獲物です。もしこいつがバラス様に殺されますと、私の使命がなくなり、私は破壊され、もうバラス様に仕えることができません。私はもう少しだけバラス様に仕えていたいのです。どうかお許しくださいませ」
レイドはなぜか無意識で青年を守ってしまった。そして心には少しだけ、御主人様であるバラスに牙を向けてしまった。
「――――――ま、いいでしょう。では、ここでは彼を殺さないということですか?」
「―――はい」
その瞬間、レイドの頭に「ズキン!」とした痛みが走る。
「ということは、僕の命令に背くということですか?」
「いえ、そういうわけではないのですが――――――」
レイドの体と頭はまるで繋がっていない。頭ではこいつを殺さなければいけないとわかっている。だが、自分の手が許さない。その証拠に、殺そうとしても手が震えて動かない。
「――――――どうやら上手く魔法がかからなかったみたいだね。これは君ではなく、僕のミスだ」
バラスはレイドの目を見て、したり顔で言う。
「申し訳ございません」
「謝らなくていいよ。だってこれは僕のミスだもん」
「――――――かしこまりました。では私はどうすれば」
「うーん、どうしよう。ここで君を捨てるのも悪くはない。だって仮に僕が彼を殺そうと君が止めるんだもん」
バラスはレイドを見つめる。レイドは顔ではなにも考えていなさそうだが、内心そうではなかった。
私は、私は、彼を、レイドを殺さないと……。でも体が言うことを聞かない。なんなんだこの感覚は。
「というか君、今までなにをしていたんだい?」
―――分からない。私はいったい何を。―――確かバラス様とこの世界に降り立ったときに二手に分かれてレガン・エドワードを捜索していた。そこでついさっき、誰かにあったような……。
「分かりません。何も覚えていません」
「そうか。そういえばさっき僕の中の魔力が少しうずいてね、もしかしたらドール・リヴァイブがなにかに反応したのかもしれない」
「はい。その可能性があります」
「……うーん、とりあえずクロエル・イーサンは殺せたのかい? 君なら簡単なことだったろう?」
「……分かりません。それすらも覚えていません」
心がドキドキする。なんだろうこの感じは。
「そうか、では手がかりとして君の脳みそを拝借させてもらう」
バラスはレイドの頭に手のひらを乗せる。――――そして数秒後、
「……なるほど。そういうことか。あの揺れと雨はそれが原因か」
レイドはなにがなんだかわからない。自分の身になにかがあったことだけは察知できた。
「私、なにかしましたか? なにも覚えていないので……」
「簡潔に言うと、君はクロエル・イーサンと会っている。そして君は負けた」
負けた。つまり死んだということだろうか。でも私は生きている。どういうことだろう?
「どういうことですか?負けたならば私は死んでいるはずでは……」
バラスはまたもやにやにやしていた。
「正確に言えば、確かに実力ではクロエル・イーサンには敵わなかった。そして君の体はボロボロになった。だが、君の心の中に変な雑念が入ってしまってそれを矯正させるためにドール・リヴァイブが発動した。それによって君の魔力が暴走し、クロエル・イーサンを巻き込んで爆発した」
「では、私はなぜその記憶が無いのでしょうか?」
「それは分からない。恐らく魔力暴走の弊害だろうな」
「……そうですか」
要するに記憶喪失ということだろうか。でも私の記憶が無くなっていても、クロエル・イーサンは殺すことができた。目標の一つは達成した。
「ふーむ、ここは一旦退こうか。ここで君を殺して彼を殺すのもいいけど、無益な殺生はしない主義なんだ。だから対処法を考えよう」
「はい。かしこまりました」
少し嬉しい。目標から遠ざかるはずなのに嬉しい。
二人はレガンを後にして、その場から遠ざかった。
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