第4話 仮面の少女 一

山の中にある銀髪の少女いた。彼女はある使命のためにこの世界に来ている。


「よし!早寝早起きしてからの冒険は気持ちがいいな」


 しかし、あいつはいつまで寝ている気だ。叩き起こそうと思ったが、今日はそんな遠くまでは行かないのでこいつは居ても居なくてもあんまり変わらないからな。


 そう思いつつもクロエルは結構奥まで進む。


「この前みたいにうっかり罠にはまらないようにしないとな」


 クロエルは耳を澄まし、目を光らせて注意深く進む。


「とりあえず今日は聖域の場所を見つけて、明日あいつと入ろう」


 注意深く進みながらもレガンが走るより何倍も速く走る。


 とりあえず一通り見回ったがヒントも何も見つからない。もう少し奥に進むか。


「―――なんだこの匂い」


 山からする匂いではない。これは――――――。


「人の匂い」


 クロエルは色々とハイスペックである。身体能力のほかに五感が他人よりも優れている。だが彼女は戦闘専門では無い。――――――彼女は戦争では指揮官のポジションがメインだ。だが前線に出ても問題もない。


「でもこの匂い、どこかでかいだことがある気がする」


 私と同じ匂いである。――――――そういう匂いではなく、過去を感じるということだ。


「……あの頃の。戦争が始まる前の平穏な村や国の匂い」


 クロエルは五感をマックスにしてあたりの気配を感じ取る。そこには木々の生命力、恐竜の息遣い、風の音、遠くから聞こえる波の音。ここら辺には殺気も人間の鼓動も感じない。


 だが複数の何かが集合している。


「なんだ…これは……」


 クロエルは目を瞑り、煩悩を消す。そして立ち止まり、さらに深く集中する。




「――――――木材の気配。――――――木材?」




 木材。この世界ではあり得ない。レガンに加工技術は無い。


 クロエルは木材の気配を見つけた瞬間に大地を大きく蹴り、木々をなぎ倒しながら進む。


 その姿はまるで何もない砂漠で餌を見つけた肉食恐竜のようだ。


「これは……」


 クロエルの深紅の眼球には木材。柵付きの草原。岩の囲い。それはまるで――――――。


「村だ……」


 村であった。しかしその村にはもちろん人はいない。だが複数の人がいた気配はある。


「この村は滅びて何十年。いや何百年経ったであろうか」


 クロエルは廃れた村を歩き、様々な所に目を向ける。しかし本当は目を向けたくない。


「………私にもっと力があればここにいた人達を何人救えていただろう」


 クロエルは己の無力さに嫌気が差している。


そして頭の中には常にその言葉と仲間の……母の……悲鳴が鳴っている。




「クロエル。あなたは強い子よ。私なんかよりもずっと……。だからね…」




 その後は思い出したくもない。この言葉は血の匂いと敗北感と無残な光景が蘇る。


「すまない。助けられなかった」


 彼女はしゃがみ、顔の前で手を合わせて、目を瞑る。




 ――――――何十分経っただろう。日差しが白銀の髪を貫き、クロエルの肌を刺激する。しかしどれだけ日差しに焼かれようとも彼女はここを離れない。離れられない。そして涙が目から滲み出てくる。


「すまない。本当にすまない………」


 しかしどれだけ謝ろうと失った命は戻らない。無くなった命はこの地を去り、多くの未練を残す。


 さらに十分以上経った。そして――――――。






「――――――いい加減にしたら?」






 クロエルの背後からは少女。――――――いや、人間を辞めたような無機質な声が聞こえる。その瞬間クロエルは勢いよく振り返り、剣に手をかけ、しゃがんだまま少女を見上げる。


「誰だ!」


 ―――と言いつつもクロエルの目に入ってきたのは仮面をつけており、首から下は紫色のローブで覆われていた。


 クロエルは呆然としていた。なにも声が出ない。この世界に人がいた。―――ということではなく、もっと正確に言えば過去の人間がいたということだ。


 しかしクロエルはそれとは別のことに驚いていた。


「なんで、なんでお前が……」


 クロエルは体が震えて止まらない。




「お前は私が殺したはずでしょ?」








 戦争の真っ只中。レガンを未来に送った数時間後。クロエルとドロシー達はせめて一矢報いようと応戦していた。


「ドロシー。もう私は動けない」


 クロエルの腹、肩、足、腕、計十発は魔法を受けていた。しかし、なんとか致命傷は外して、ひたすらヒット・アンド・アウェイ戦法をしていた。


「まだまだ未熟ね。……と言いたいところだけど私もそろそろ」


 ドロシーにも限界が来ていた。彼女は左腕を切り裂かれ、右足は焼かれてしまって、もう動かせない上になんの感覚も無い。


「…お母さん。もう駄目かな私達……」


 クロエルの目はもう死んでいる。体は闘っているが、心はすでに敗北感に打ちのめされている。


「クロエル。まだ任務中よ。お母さんなんてやめなさい」


 しかしドロシーはクロエルの前に立ち、優しくクロエルに諭す。


「……最後くらい、お母さんって言わせてよ」


 そう、クロエルは生まれつき、サーベラスの一員として訓練を受けていた。なので当然ドロシーのことはお母さんではなく名前で呼ばないと受けない。だから最後に家族の温かみを感じたかった。


「最後。…・最後。―――いや、終わらせない。彼ならきっと何とかしてくれる。でもね、私はあなたにも―――」


 ドロシーがそう言いかけた瞬間、空気が止まった。ドロシーの顔が歪んだ。


「生き……」


 最後まで言えなかった。―――――なぜなら




 彼女の背中には血で染まった剣が刺さっていた。




「戦争中におしゃべりなんて随分と余裕ね」


 ドロシーの後ろから幼い声が聞こえる。そして彼女がクロエルの胸に倒れ掛かるとある少女の顔が、―――いや仮面が現れた。


 クロエルは見てしまったのだ。仲間、いや、愛している母が自分の前で命を無くす瞬間を。


「き…きさま……」


 クロエルは絶望に打ちひしがれていた。だが自分の手が、剣が、心がある使命感に駆られる。


「お前だけは道連れにする」


 クロエルは冷静な声で呟く。だが彼女の目、声、体は殺気を宿しており、その気迫は少女にも伝わる。


「――――――そうか」


 しかし少女は竦まない。だがクロエルはドロシーを床に寝かせて、剣を抜き、目にも止まらぬ速さで少女の背後に回り、剣を振るう。


「終わりだな――――――」


 クロエルの剣先は少女の首まであと数ミリ。クロエルは勝ったと思った。いや思い込んでいた。


「甘い」


 少女の顔は歪まない。彼女は振り返ることなく、背後の剣を摘み、クロエルの腕を止める。


「―――お前、なぜ魔法を使わない? お前が本気になれば私なんて今頃地に伏している。――――――お前のオーラが物語っている」


 少女は剣を指で摘み砕いた。その瞬間クロエルは距離を取った。


「ならば見せてやる。私の本気を――――――」


 クロエルは仁王立ちで、足元に魔法陣を展開させる。


「――――――ニア・フューチャリティー……アイ」


 そう唱えた瞬間、クロエルの目は充血し、紅い目は拍車をかける。そして少女に猪突猛進し、少女の周りを手で切り裂き、注意を惹いて、胸めがけて殴りかかる。―――しかし、少女は受け流そうとクロエルの拳を手ではじこうとした――――――その瞬間。




 バキッ!




 ――――――少女の仮面は割れた。クロエルの拳によって。


「な――――――」


 さすがに仮面の少女も動揺した。それはクロエルにも理解できた。なぜなら彼女の顔は仮面が剥がれており、そこには目を大きく見開いた顔だった。


「――――――私は確かにお前の手を触った。そして拳を弾き飛ばそうとした瞬間、拳は方向を変え、顔に飛んできた」


 少女は片手で顔を覆いながら、クロエルを見て、言った。


「―――私は、お前のやることが全て分かる」


 クロエルは少女に追い打ちをかけるように呟く。――――――だが少女も負けじと魔法を唱える。




「――――――グラビティタイト」




 そう唱えるとクロエルの全身は体の中心方向に向けて圧迫される。


「……っい、息が……」


 手足、顔、腹はもちろんのこと、首も締め付けられる。だからクロエルは動くどころか息をすることもできない。


「終わりだ。―――お前は油断しすぎたな」


「……だま…れ」


 クロエルは絞り出した声で話す。だがクロエルの体は限界に近い。――――――全身の骨は折れるか砕けており、例え魔法が解除されても指すらも動かない。


「お前はもう終わりだ。もう何もできない。諦めて死んでくれ」


 もうクロエルはどうすることもできない。徐々に言葉を発することすらも難しくなっている。




 ――――――だが、目は死んでいない。




「エンシェント・ワン」




 小声で呟いた。だがそんな小声とは真逆に、大地を揺るがすほどの地割れが起こる。


「な、なにを!」


 仮面だった少女の声は少し人間味を増していた。そして、その声から感じる動揺をクロエルは見逃さない。


「何をしたと思う?」


 そう返すと、少女はあたりを見渡し、体を触り、何かが変化したかを確認する。―――だがなにも変化した様子は無い。―――無いはずだ。


「何も起きたようには見えない。……だがなんだ、この違和感と胸苦しさは」


 そんなことを考えている間にもクロエルの魔法は少女の命を奪おうとしている。そんな気がしている。


「何、何この焦燥感。心臓の鼓動がドクドクいって止まらない」


 額から汗が止まらない。だがその汗はどこから来るのか分からない。


「―――そろそろだな」


「なにが、そろそろなんだ」


 ―――と、少女が言ったその瞬間。




 ―――――――――少女の右腕が消滅した。




 少女の片腕は剣で切られたように腕の付け根の断面が現れる。そして遅れて血しぶきが噴き上がる。


「……え?」


 理解が追いつけない。腕が切れた痛みよりも目の前で起きていることに疑問の方がはやく来る。


「あなた、どんな魔法を使ったの?」


「―――――――私の魔法は未来を見ることができるの」


 クロエルはそう言うが、少女は理解できない。


「未来が見えるからなんなのよ。見える程度で私の腕を破壊するなんて」


「未来が見える程度か。―――侮りすぎ」


 少女は決して侮っていない。ただただ想像以上のことが起きているだけであった。


「そんな驚いている暇があるのか?―――次が来るぞ」


「は?一体なにを言っ」




―――腹に穴が空いた。




 少女が話し終える前に、また、体が削られた。


「……な、また、だと」


 またもや理解が追いつかない。


「あなた、ほんとに、なに…を……」


 腹が削られたことで息することも喋ることもままならない。


「立場が逆転したな」


 クロエルの声は勝利を確信していることを表していた。


「くっ、…いた……い」


 痛い。もはや少女の脳は理解することをやめ、痛みに方向転換した。そしてこの無機質な女にもようやく普通の人間と同じ感覚、いや激痛が体中に駆け巡っていた。


「やっと人間らしくなってきたな」


 クロエルがかけられていた魔法はいつの間にか弱くなっており、もうなんの魔法もかけられていない状態とほぼ同じである。そして、クロエルは少女に近づく。


「無駄な足掻きはやめて、自分の体を回復したら?」


 アドバイスをした。といってもアドバイスというよりも「せいぜい頑張ってみなさいよ」という意味だった。


「黙れ。……あなたに情けをかけられる筋は無い。殺すならさっさと殺せ」


 少女はそう言いつつも、できれば命は奪ってほしくない。という顔だった。だが、クロエルの顔は真顔であった。


「情けなどない」


 クロエルは最後に言葉をかけ、それと同時に見えない刃が少女を襲った。そして




 ――――――少女の首は切り裂かれた。




 その後、クロエルはドロシーの亡骸に近づき、しゃがみ、祈りを捧げた。


「お母さ、いや、ドロシー。私は必ずあなたを助けます。レガンとともに過去に行き、この腐った世界を変えてみせます。しばらく、待っていてください」


 そして、クロエルはドロシーの剣を取り、念には念を押して、少女の心臓を貫く。


「もう、二度とこんなことは起こさせない。―――それに、お前も本当は幸せな人生を歩んでいたはず。だから、お前も待っていろ。必ず、本来の幸せを取り戻す」


 少女は自分の母を殺した。だが、本来の少女はもっと目に血が通っていたはずだ。きっとこの世界が少女を変えてしまった。それゆえ、私の母や多くの人間を殺すようになってしまった。とクロエルは思う。


 そして、クロエルは少女とドロシーを後にして、ポットに乗り込み、過去へと向かった。






 


 殺したはず。確かに殺したはずだ。この手で。この剣で。


「この剣は確かにお前の心臓を貫いたはずだ」


 そう。この少女は過去の世界でクロエルに剣で心臓を貫かれ、血しぶきをあげて死んだはずであった。だが、クロエルの目の前には現実とは違う光景が写っている。


「そうよ……確かに私はあの日。レガン・エドワードがこの世界に送られた日に死んだわ」


 無機質な少女は事実と矛盾している事を話す。クロエルは目をこすり、見上げる。しかし、何度見直しても少女の姿は消えない。


「では……、なぜお前がここに」


「私は、あなたが過去に送られたその直後に生まれ変わったの」


 少女の声は前にあったときより、さらに、冷たくなっていた。


「生まれ変わった。そう。あんな弱い私はもういない」


 少女はそう言うと、ある魔法を唱える 




「―――――イッセン」




 少女の足元から大きな魔法陣が展開された。そして、その魔法陣から無数の斬撃が天に向かって発射され、クロエルは下半身から上半身にかけて一瞬にして切り裂かれる。


「くっ、お前。こんな魔法も使えたのか」


 クロエルは急いで魔法陣から飛び逃げ、斬撃の嵐から逃れるが、もう遅かった。足は血だらけで、上半身はすでに右手の小指が飛んでいった。顔にも何個か傷がある。


「指だけで済んだのは幸いか」


 だが、なんなんだこの魔法。確かあのとき、少女が使った魔法は体に圧力をかける魔法だった。そこからどうやって斬撃系の魔法に派生した? いや、ある。ひとつだけ。


 そんなことを考えていると、少女は追い打ちをかけてきた。




「――――サウザンド・ウェーブ」




 少女の前に円の形をした刃物らしきものが大量に現れる。そして少女が右手をクロエルに向けると、大量の刃物がクロエルに襲いかかる。クロエルは横に飛び、避けようとするが、刃物は追尾してくる。


「くそっ。避けきれない」


 またもやクロエルには無数の斬撃が襲いかかる。なんとか、剣で弾くが、すべては裁ききれない。―――そして次は脇腹が切り裂かれた。


 やられてばかりではいられない。なんとか、隙をついて反撃をしないと。


 クロエルが反撃の作戦を考えようとして、目を少女に向けると、少女はうずくまっていた。


「な、どういうことだ」


 少女はクロエルから一つも攻撃を受けていない。だが、少女の目、口、耳からは血が出ていた。


「お前。まさか――――――」


 クロエルの頭の中にはあるものが浮かぶ。それは―――


「お前。もしかして、魔人形か?」


「……そうね。確かに私は魔人形。御主人様の命令に従うだけのただの人形」


 魔人形。それは過去の世界において、数ある聖域の中でもより厳重な封印魔法、そして国家による警備で封印されたはずの魔法が作り出す忠実な人形。


「お前、そんな魔法まで手にいれたの?」


 クロエルは問う。


「いや、私ではない。私の相棒」


 相棒? ということはドール・リヴァイブ――――魔人形を作る魔法は別の人が覚えているということか。


「だれなんだ。その魔法を使うものは」


 クロエルは必死だ。なぜならドール・リヴァイブは<禁忌魔法>で、使うと体に大きな負荷がかかる。しかもドール・ リヴァイブはその中では最悪だ。


「教えない」


 少女は口を割らない。だがクロエルはひとつだけわかることがある。


「お前。もうボロボロだろ」


「……ええ、でも一度死んだ命。いまさら命惜しくて、手を抜いたりはしない」


 少女はさらに出血する。


 あれは、もう限界だ。ドール・リヴァイブは使用した本人にも負荷がかかるが、それ以上の負荷が、使用された魔人形にはかかる。なぜならかけられた時点で体には発熱、倦怠感、激痛、脳への異常なストレスが襲いかかる。さらに、魔人形は人間ではないため、食事をとる必要がないし、睡眠の必要もない。


「お前、何日起きている?」


 クロエルは問う。なぜ聞いたかというと、確かに魔人形は睡眠も食事も必要ない。


 だが、それは正確に言えば、脳がそのように錯覚しているだけであるからだ。中身は紛れもない魔人形だが、その箱は人間の体である。


「そうね、もう一年以上は寝てもいないわ」


終わった。人間が丸一年寝ていなければもうすでに体は動かない。もし、魔人形の魔法を解除されれば、即死だ。


「そう。だったらせめてもの救いとして、私が苦しませずに殺してあげる」


 そうするしかない。もう少女が助かる見込みはない。だったら私が首を切って即死させるしか無い。それが少女にとって幸せかどうかは分からない。だが、あのときよりも顔が沈んでいて、体もボロボロ。もう見ていられない。だから、押し付けがましい優しさなのは承知の上で殺す。


「勝てるわけ無いでしょ。私はあの日から一年以上寝る暇もなく、鍛え、魔法を極め続けた。もう負けない。正直御主人様よりも強い」


 少女の顔は自信満々の顔――――――ではなく、あなたじゃ私を殺せない。だから私を救うことはできない。という顔だった。


「……そうかもね、でも、私もなにもしていなかったわけじゃない」


 クロエルは剣を抜き、地面に刺す。




「――――――クロック・アドバンス」




 魔法陣が展開される。そして、その魔法陣は村全体を覆った。


「無駄なことを」


 少女も反撃する。


「グラビティ・ポイント」


少女は指先に小さな黒い玉を宿す。その玉は強大な引力を発生させており、砂、岩、木、さらには家やクロエルまでも引き寄せられていく。


「どう?この力。あのときの私では到底無理な境地」


 少女の言葉は狂気に満ちていた。少女の顔はとても見れたものではない。見てしまうと、心が圧迫される。


「……馬鹿。自分の体をなんだと思っているの」


 クロエルは引き寄せられる重力に抗いながら、心を傷ませる。


「……これで、終わらせる!」


 クロエルは片手を上げ、魔法陣を光らせる。すると、魔法陣内の草原が枯れた果てていく。


「……なんだこれは」


 少女は足元を見る。すると、足先から太ももにかけて、水分が消えていた。まるで老いぼれたようだ。


「な、ちからが……」


 少女は膝から崩れ落ち、同時に指先の黒い玉も消え、頭に大量の物質が落ちる。


「力が入らない。だが、こんなところでは終われない」


 瓦礫の下からあの子の声がする。まだ死んでいない。


「もう諦めろ!貴様はもう限界をゆうに超えている。これ以上やってもお前は私には勝てない!ただ苦しむだけだ!……本来は魔法を解除して、普通の女の子に戻してあげたい!だが、すまない!私にはそんな力は無い。だから!せめてもの救いとして、お前を殺してやる!」


 クロエルは思っていることをすべてぶちまけた。 こいつは確かに私の母を殺した。私の目の前で。――――――だが、やはり、本来幸せであるべき人間を見捨てることができない。


 その瞬間、少女からでる無機質なオーラが突如消えた。というよりも解放された。


 「止めて……止めてよ……、ここであなたに殺されてしまえば、私にはなにも残らない。私の命は敵を殺すために……」


 「ふざけるな!!!」


 クロエルは少女の言葉を遮る。


 「お前の命はお前の幸せのためにある。命に使命などつけるな!」


 クロエルは魂の込めた言葉を放つ。その言葉は少女には刺さったように見えた。


「……わたしだって本当は、」


 少女の目から綺麗な雫が落ちてきた。


「……本当は!」


 さすがにクロエルの叫びが聞いたのであろうか。少女は涙をこぼし、今まで心に封じこめていた思いをぶちまける。


「そう。本当はあなたは今頃友達や愛する人と幸せに……」


 クロエルがそう言いかけた瞬間、少女の様子がおかしくなった。


「私、わたし、わた―――、し、わだし、わだじ、わた、わだ、わた」


 少女は言葉の続きを言わない。それどころか少女は壊れたおもちゃのような声で、まるで体のねじが外れたようだった。


「わだ…じ、わたしは……、わだじは!」


「正気を保て!魔人形の力に惑わされるな!」


 魔人形の魔法――――呪いが少女に襲い掛かる。魔人形の魔法はご主人様が定めた命令を遂行しなければならない。それにより、普通の幸せが欲しいという少女の人間らしい思考――――――雑念を排除するために脳をいじり、思考を矯正させる。もしくは……。


「わた…し」


 少女は魂が抜かれたように体をぐったりさせる。そして、上に乗っかていたがれきはバランスを崩し、大きな音を立てて、少女の姿が見えなくなるまでなだれた。


「そんな……また……、救えなかった」


 クロエルは絶望した目でその光景を眺める。


「すまない。また私はこうやって……」


 クロエルはまた助けられなかった。これで何回目であろうか。


 クロエルが絶望に打ちひしがれているとがれきの下からまばゆく太陽を打ち消すほどの光が見えてきた。


「なんだ、これは」


 近づくとには危険すぎるとクロエルは分かっていた。だが、少女の結末を見ないわけにはいかないという使命感に駆られていた。


 クロエルはその光に近づく。すると、




 どか――――ん




 大地を海を空を揺るがすほどの爆発が起きた。――――――そして、爆発による煙が風で消えたとき、そこにいたのは、




「私は、バラス様の人形」




 仮面の少女であった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る