第3話 忘却の放浪者 三

 コツ、コツ。


 足音が洞窟中に響く。洞窟の中は真っ暗でほとんど何も見えない。先ほど開けた穴から差し込む太陽とたまに生えているツタのようなものを魔法で燃やして明かりとしていた。


「なあ。ほんとにこの道で合ってるのか?」


「恐らく!――――――合っている……」


 先ほどから何度も分かれ道に直面している。そのたびにクロエルは「こっちだ」と自信に満ち溢れている。しかし未だに魔術結晶は見つからない。


「お前は結構自信過剰な奴なのか?」


 クロエルに聞こえるか聞こえないか程度の音量でレガンは呟く


「……」


 クロエルはレガンを睨む。しかし間違えている可能性もあるので何も言えない。








 そうやってコツコツと歩いていくと、行き止まりにぶち当たる。


「行き止まりか…」


 さすがに疲れてきた。朝早くから歩き回り、何時間も穴を掘り、そして真っ暗な洞窟をまた歩き回った。ゴールが明確でない道はつらいな……。


「どうするよ。こんなやみくもに歩き回っても仕方ない気がするぞ」


「……仕方ない。少し休憩するか」


 あのクロエルでさえもそろそろ疲れてきたか。


レガンとクロエルは行き止まりの壁に寄りかかりながら座った。


「……お前もかなり私についてこれるようになったな」


 褒めてきた。昨日も俺を褒めてくれた。素直にうれしい。


「お前のおかげだ。ありがとう」


「やはりお前は天才だな。私と違って……」


 私と違う?どういうことだ。――――――だがこれは聞かないほうがいい。なんとなく意味は分かる。きっと過去の俺はコピー魔法やらなんやらで天才扱いを受けていたのだろう。それに対してクロエルなどの普通の人間の中には俺を妬ましく思うやつもいるだろう。


「そうか。でもお前もなかなかやるな」


 レガンはにやにやした顔でクロエルを見る。


「調子にのるな」


 クロエルはそれなりにきつい言い方をした。だが顔は少し笑っていた。


「とりあえずこのまま少し休んでまた出発するか」


「そうだな。いつ何に襲われてもおかしくないからな」








 俺たちはこのまま特に何もしゃべらず休み、再度出発した。――――――そして迷った。


「迷った。迷ってばかりじゃねーか」


「迷っているのではない。マッピングをしているのだ」


 こいつ。素直に迷ったと言えよ。


「そういえばさ。俺って炎系の魔法を使えるからさ、燃やすものがあれば光を灯せるんだが……」


 レガンはクロエルのマントをじっと見る。


「これはやらないぞ。栄えあるサーベラス連合軍のマントだ」


栄えある…か……。


「なあ一つ思ったんだが……」


 レガンがそう言いかけると


「これは……」


 クロエルは口を開けて上を見上げる。


「なにか文字が書かれている。だが暗すぎてなんと書いてあるか読めないな」


「ファイアメテオ!」


 レガンは炎の球を壁にぶつけた。もちろんぶつかった瞬間に炎は消えた。だが一瞬見えた文字をクロエルは見逃さなかった。


「汝、これより先の地に踏み入れたくば、心臓を捧げよ。さすれば汝に幻影の加護を受けられたり」


 幻影の魔法?それって……


「さっき我らがかけられたものではないか……」


「ということはこの聖域にある魔術結晶はすでに誰かに取られていたのか」


「……仕方ない。こんなことがあってもおかしくない」


 すべてが無駄になった。この一日が。やってられない。


「とりあえず帰ろう。無いものねだりをしても仕方がない」


 クロエルとレガンは下を向いてトボトボと帰った。


 明日からもこんな無駄かもしれない冒険を続けるのかと思うと先が重い。でもさすがにあんな話をされたらクロエルについていくしかない。


 そして洞窟を抜け、森からでると日が落ちようとしていた。


 もしかして俺たちはあの幻影の中に丸一日いたのか?穴掘りはそうとう時間がかかったはずだ。つまり整理をすると、昨日の朝森に入り、昼ぐらいから幻影にかかり、そこからぐるっと日が一周し、幻影から抜けたのは翌日の昼、そして今はその翌日の夜。まじかよ。


どうやって俺たちは寝ず食わずにあんなに元気にやれていたんだろう。


「これからどうするよ。次の宛先はあるのか?」


「いや、無い。次からは完全な行き当たりばったりな捜索だ」


 なるほどな。……詰みだ。


「いやいや。こんな広い世界で捜索なんて無理だろ!」


「仕方ないだろう。――――――だが何年、何十年かかったとしても必ず見つけ出す」


 クロエルは目を細め、低い声で話す。


「……とりあえず今日はもう帰って寝よう。明日以降のことは明日以降から考えよう」


 クロエルはなにも言わず、無言のまま俺たちの家――――――家だったものに帰って寝た。レガンもなにも言わずクロエルとは少し離れたところで木の下で横になった。


 さて俺はどうしよう。クロエルは気合をいれて聖域の捜索にあたろうとしている。俺自身もクロエルを応援したい気持ちもあるし、俺の命は彼女の母の上に立っている。だから俺は俺の使命。過去の世界に行くこと。これを達成しなければならない。だが俺は心の底から頑張ろうという気にはなれない。もちろん彼女が頑張るときは俺も頑張るが、俺一人では頑張る気にはなれない。……なんなんだこの感じは。








 翌朝。レガンは木の葉からこぼれてくる雨で体を濡らしながら目覚める。


「へっくしょん。あーさぶ」


 近くの洞穴に避難し、服を乾かす。しかしレガンの服は甲冑の下に薄い布が引っ付いているので乾きずらい。


「そういえば、俺が元々着てた服はあそこに置きっぱなしだな……」


 替えが無いってのはつらいな。寒すぎる。


 レガンは近くの絶壁に空いた洞穴に入った木の葉をかき集めて焚火を作る。


「これで少しは耐えられるか……。服も早く乾けばいいな」


 そんなこんなでぼーっとしているとわずかながら足音が聞こえてきた。


 誰か来た。いやだれかと言っても一人だけか。


「やっと帰ってきたか。待ちくたびれ……」


 レガンは自分の体を見る。


 やばい。今の俺は裸だ。このままではクロエルに殴り飛ばされてしまう。


 レガンは過去一早いスピードで鎧を身にまとう。


「訓練の成果が出たり!」


 そして洞穴をのぞいて身を乗り出してきたのは――――――。


「やあ。初めまして」


 乗り出してきたのは美少女ではなかった。同じくらいの年齢で背丈は俺より少し大きい。


髪は真っ黒で髪は肩にかかるかどうかぐらいの長さだ。さらに純白の白いシャツで土色のようなズボンをはいている。そして左右の腰には二本の短剣。どこかで見たことがあるような気がする。


「僕はバラス。この世界では四人目の人間かな」


 四人目。四人目?ちょっと待て。色々分からない。


「えーっと……。とりあえず俺はレガン。レガン・エドワード」


「レガンくんか。いい名前だ。よろしく」


「色々聞きたいんだが、まずお前は何者だ」


 レガンは少し警戒したような目で彼を見る。


「ハハ、けっこうズバっとくるね。まあとりあえず上がらせてもらってもいいかい? といってももう上がっているけれど」


 バラスはまるで好青年だ。すらっとしているし笑顔も素敵だ。さぞモテるんだろうな。恐竜しかいないけど。


「――――――少し話さないか?」


 口角が下がった。


「何を話すんだ?」


「何をって、君も僕を見て色々聞きたいだろう?」


 バラスはレガンに近寄り、焚火のすぐそばに座る。


「うーさむいねー」


 レガンはバラスから二席分空けた場所に座る。


「それで、お前は俺と同じ人間なの?」


「――――――そうだね。君と同じ過去の人間だ」


 やはりそうか。なんとなく分かっていた。


「僕はね国家の人間だよ」


 国家の人間。ということは敵か。でも俺の本心は味方だ。


「君はサーベラス連合軍の人間だろう?」


「そうだ。だから俺の敵だ」


 レガンは少し睨みつける。


「まあまあ、僕は決して君を殺そうとしている訳では無い」


「じゃあ何しに来たんだ」


「僕はね、君を仲間にしに来たんだ」


 急に来たな、こいつ。


「いくらなんでも交渉が下手すぎるんじゃないのか? まずは自己紹介からだろ」


「ハハ、そうだね。でも仲間にならないとは言わないんだね」


「……」


「改めまして。僕の名前はバラス・ウィーン。【国家十傑議員第三席】で――――――君たちの基地破壊を命令した張本人だ。これからよろしくね」


 ……こいつ、……今なんて言った。俺たちの基地を破壊した? だったらなんで俺の前で堂々とそんなこと言える。確かに俺は何も覚えていないが、もし覚えていたら今すぐにでも俺にぶん殴られているぞ。


「お前も結構ズバっと言うんだな」


「うん。だって例えここで君に殺されそうになっても僕は死なないもん」


「言ってくれるじゃねえか」


「そんなに怒らないでくれよ。別に君を煽っている訳ではない」


 クロエルといいこいつといい過去の奴らは人を馬鹿にするのが好きなのか?


「私は国家のなかでも少し特殊でね、隠密部隊〈ゲレネイド〉という組織のリーダーなんだ。僕たちは基本的に表に顔を出さない。そして極秘の任務を誰にも見えない場所で遂行する。だから君が私の顔と名前を知らなくても無理はない」


「なるほどな。……それでなんで俺を仲間に引き入れようとしてるんだ?」


「それは君の力が欲しいから。すごく単純なことだ」


 こいつは俺の魔法を知っているのか。さすがは隠密部隊だ。ぶっちゃけ俺の思考は国家よりだから魅力的な提案ではある。だが頑張り屋なクロエルを裏切るのは――――――できない。


「でも残念ながら今はクロエルっていう変な女と――――――」


「知っている」


 そこまで知ってるのか。もしかしてこいつは最初から俺たちを見ていたんじゃないのか? だったら俺が記憶喪失なのも恐らく知っているのであろう。


 続けてバラスはこう言う。


「彼女はもう死んでるよ」


 死んでいる。…死んでいる。死んでいる? ――――――――死。


「……死んでいる?」


「うん。死んでいるよ。きっと僕の相棒が――――――」




 ガキーン!




 レガンは反射的にバラスに切りかかった。


「おっと。危ない危ない」


 バラスは光速の如く右腰の短剣を抜き、レガンの剣を受け流す。




 ―――俺の心は何でこんなに怒っているのだ。あいつと会ってまだ数日なのに、まるで最愛の人を殺された気分だ。怒り狂いすぎて逆に冷静になる。頭が真っ白で何も考えられない。―――だが一つだけ。




 こいつは許せない。




 クロエルは俺のことをよく馬鹿にするし、よく見下してくる。だがあいつの頑張っている姿は俺の眼には輝いて見えた。今日だってあいつは朝早くからひとりでも捜索を始めた。


だから。だから俺はこいつを――――――。


「殺す。絶対に殺してやる」


「殺すなんて物騒だな」


 バラスは余裕の笑みを浮かべる。その顔はレガンをさらに暴走させる。そしてレガンは目をかっぴらき、よだれを垂らし、極限まで集中している。






「――――――ファイアドラグニカ!」






 レガンは全身から蒼天の炎を出す。その炎は半径10メートルほどの球体を描いている。そして絶壁を崩壊させ、地面をえぐり、あたり一面を地獄の炎で包み込んだ。しかしバラスは迅速に洞穴から脱出し、離れた場所に避難した。


「すごいねー。もし当たっていたらひとたまりもないよ」


 しかしレガンは見逃さなかった。


「ぶち殺してやる」


 レガンはもう話が通じない。それ程までに頭に血が上っている。レガンは手をバラスの方向に伸ばし、手を合わせる。




「――――――スルトエクスカリバー!」




 空間を切り裂くほどの巨大な炎剣がレガンの腕から射出される。


「これまた凄い」


 バラスはこれも軽く避ける。しかしレガンの目はどんどん殺気を増してきて血が噴き出ている。


 


「スルトエクスカリバー!」




 レガンはまた唱える。――――だがこれも軽く避ける。


「――――――もういいかな」


 バラスは腰の武器を抜き、レガンの心臓に短剣の矛先を向ける。その顔は嘲笑っていた。そして――――――。




「アサシンアロー」




 バラスはそう呟くと、レガンの心臓めがけて碧の矢が短剣から発射され、地面から吹き上がる炎を貫き、蒼い太陽の中に侵入する。




 グサッ!




 レガンの心臓は碧の矢に射止められる。するとレガンから出ていた蒼炎の球体は消え去り、えぐられた地面に倒れる。


「く…そ……。立てない。俺は………俺は………」


 レガンは魔力の暴走で体力が全て持っていかれた。もう立ち上がることもできず、手も動かせない。


「残念だけど、君を仲間に引き入れるのは無しだね。だから――――――さようなら」


 バラスは短剣をレガンの頭にめがけて突き刺そうとした。その時――――――。


「やめなさい」




 キーーーン




 可愛らしくも少し無機質な声で現れたのは、仮面をつけており、紫色のローブを着ていた得体のしれない少女だった。


「レイド………。なんのつもりだ」


 彼女の手にはクロエルが持っていた剣があった。そしてその剣はバラスの短剣を弾き飛ばした。


 何がおきたかよく分からない。だが一つだけ分かることがある。


 レガンはぼやーっとした頭を使い、消えそうな声で少女に尋ねる。


「………お前が。お前がクロエルを殺したのか」


 彼女の手にクロエルの剣があるということはそういうことだ。


「――――――だったらどうする?」


 彼女は無機質な声で話す。


 こいつ……。今すぐにでもぶっ飛ばしてやる。


 しかしレガンの目はどんどんぼやけていき、次第に意識も薄れていった。


「クソ……クソ」


 レガンはただ悔しがることしかできない。


 もう…駄目だ……。


 もうほとんどなにも見えない中、レガンの耳には近寄る足音と声が聞こえる。






「こいつは――――――」






 レイドと言われたその女は何かを言っている。だがレガンは最後まで聞けず、完全に意識を失った。


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