第52話 波打ち際で、再び

 そんなこんなで、アーネスとトライトさんのイチャイチャ漫才を見せつけられながら、私は大冒険の一歩を踏み出したのであった……

 なんて言えれば良かったんだけど、今回の目的地は全然既知の場所なのでございました。


「ウェミダー!」

「まぁた海かよ!」


 傾きかけた太陽の下、アーネスが不満げに地団駄を踏んでいるのは、物凄く見覚えのある波打ち際。

 冴えたオレンジ色の光が、黄白色に砂粒を照らす、確かに熱を秘めた海岸線。


 そうですね。私がおねむになって途中で帰っちゃったあの浜辺ですねここ。

 私としては前回の心残りを払拭できそうで、大変嬉しいわけですが。

 半身が濡れただけで機能停止する、精密機械もビックリの耐水性をもつアーネスさんは、つらそうだなぁ!


 ……と思っていたけど、当の本人を見てみると、割と引き締まったような顔をしていらっしゃる。

 そういえばなんか、今回はアーネスの何かしらを克服するために訪れたんだったっけ。

 移動時間があんまりに長く感じたもんで、そこら辺のことは全部忘れちゃったな。

 実際、昼真っ盛りだった太陽さんもそろそろ帰宅準備に入っちゃってますからね。

 まあ、それはいいんだ。それは。


「あのー……トライトさん。私一応、門限がありましてですね」


 流石に私くらいの年齢の女児が、夜更けまで帰らないとなると、両親の目が怖いと言いますか……主にお母さまが怖いと言いますか。


「大丈夫ですよ。ハイマンさんのお宅には予め、連絡の者を送っています。私の名も出していますから、勝手に家を抜け出した訳でもなければ、納得してくれると思いますよ」

「ははは……」


 勝手に家を抜け出した訳でもなければ……ね。

 なんだかその部分だけ、妙に声が張られていた気がするけど、気のせいだと思おう。

 どうせ帰ったら怒られる覚悟はしてたし、うん。


「そんなことより、おっさん」

「はい。トライトですよ」

「……トライト。わざわざこんなところにまで連れて来て、何するつもりなんだよ。俺の身体のことについて調べることと、この海と。一体何の関係があるんだ?」


 おっ、いいねぇ。

 まだまだ子供だっていうのに、疑問を言語化する能力が高い!

 私がインターン担当人事部の人間だったら、この学生はマークしておくことだろう。


 冗談はさておき、アーネスが目的を明確にしてくれて助かった。

 私の方から聞こうにも、結構忘れちゃってたからね。

 そこんとこ、できるだけ詳しく教えてくださいな、院長先生。


「ええ。この辺りに、私の旧友が住んでいましてね。彼は特に、特殊な事情を抱える子供について、それはもう詳しいのです」

「へー、そんな人が居るんですね」


 現代日本の知識に当てはめるなら、小児科医みたいなものなのかな?

 アーネスが色んな事情抱えてるってことは、なんとなく知ってるけど、そんな人がいるなら心強いね。


 アーネスもなかなか環境に恵まれてるじゃないの……って、あれ?

 なんでそんな引き攣ったような顔をしていらっしゃるんでしょうか。

 何か嫌な予感でもしてるのかしら、私は全く心当たりがないんだけど……


「自分のことではあるけれど……物は言いようだね。トライト」


 私が顎に手を当てて考えていると、突然背後からいたずらっぽい子供みたいな声が聞こえてきた。

 私のカンだとこりゃ男児だね。

 それも、アーネスより相当生意気な。


「何やつ!」


 そう言って、勢いよく振り向いたのは私だけ。

 院長先生は落ち着いた笑みを浮かべて黙っているし、アーネスはといえば、大きなため息をついて心底嫌そうな顔をしている。

 ひょっとして、お知り合い?


「この間ぶりだね、夜神の眷属。レーダちゃんは元気かい?」


 あら、おねえちゃんのこともご存知。

 一瞬、そんなことに驚いてはしまったけれど、声の主の姿を見れば、なんとなく納得がいった。

 貴族服とタキシードの中間みたいな格好をした、ちーっちゃな男の子。

 背中から、羽が生えているから、まあ間違いはないだろう。

 この世界特有の、季節になると急に湧き出すアレだアレ。


「ひょっとしてあなた、妖精さん?」

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