第51話 信頼の証
「お待たせしました……と、お連れ様もご一緒ですか」
「あ、院長先生!」
隣の治療院に続く扉から神官のおっさんが戻ってきたら、ノエルがまた騒がしくなってしまった。
まあこのおっさんだって、普段から子供の相手をしているなら、慣れているだろう。
「そういえばあんた、ここの院長さんだったんだな」
「ええ、まだまだ未熟な身ではありますが、一応は」
教会と治療院が一緒にまとめている人が、未熟なわけが無いと思うが。
どおりで、他の神官と違って、俺のことを気味悪がらないわけだ。
人間性ができている……というよりは、こういう輩にも慣れているってところだろうか。
「少々苦労しましたが、どうにか見つかりましたよ。君の身体について、答えを知る方法が」
「ありがとう……ございます」
なんにせよ、それなりに信頼できる人ってことは……これまでのことでわかっている。
頼んだだけで、ここまでしてくれるし、俺のことも、時々気にかけてくれていたようだし。
俺はこの人のこと、はっきり言って、何も知らない。
院長だってことも知らなかったし、それこそ、名前だって……
「あの……名前を、聞いてもいいですか」
「おや、名前ですか? いつも通り、おっさんでもいいのですよ?」
「名前で呼びたいと思ったんだ……です」
変に敬語を使おうとしたせいで、言葉遣いがおかしくなってしまった気がする。
やっぱり、自分から歩み寄るようなことするのは慣れない。
ていうか、これで断られたら恥ずかしいぞ、俺。
「ふふ、でしたら、トライトとお呼び下さい」
「お、おう……トライト……さん」
そもそも、俺みたいなやつに教えてくれたりなんてするのだろうか。
そんな考えを深める前に、軽く名前が飛んできて、たじろいでしまった。
「さんはいりませんよ。敬語も大丈夫」
「そう、か」
うう……なんというか本当に調子を合わせにくい。
レーダのときもそうだったけど、友好的な人を前にすると、いろいろと狂ってしまう。
こっぱずかしいって言葉がちょうどいいくらいに、奇妙な羞恥心が沸いてきてしまう。
「あっ、ずるい! 私も呼び捨てしたい!」
こういうとき、ノエルみたいなやつがいると助かるな。
場の空気をぐちゃぐちゃにしてくれるから、こちらも気持ちをリセットできそうだ。
頭を軽く横に振って、調子を戻す。
えっと、何を聞こうとしていたんだったか。
「いいえ、あなたはダメです」
「え、なんで!?」
ノエルの顔に驚愕の表情が浮かぶけど、俺も同じ気持ちだ。
俺には許可しておいて、どうしてノエルには渋るのだろう。
「しばらくは、アーネス君だけにそう呼んでもらったほうが、特別感があるでしょう?」
「え?」
「それって……あー、そうですね!」
ノエルは納得したみたいだが、俺には何もわからない。
一体どういうことだ。特別感ってなんだよ。
「ようやく彼の信頼を得られたのです。しばらくは、この嬉しさに浸らせてください」
「えっ、ちが、そんなんじゃ……!」
咄嗟に否定したくてノエルの方を向いたら、なんか生暖かい目を向けられてしまった。
クソ、違うぞ、本当に違うんだ。
別に今まで避けていたのは、聖印が恐ろしかったからで……あーもう!
「やっぱりおっさんだおっさん! トライトなんて二度と呼ばない!」
「あら、そんなご無体な」
「そうだよ! 恥ずかしがっちゃってぇ!」
二人して俺をからかいやがって!
こんなことをするためにここに来たんじゃないんだぞ!
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