第49話 彼

「ノエルちゃんはかしこいねぇ」

「でしょー!」


 ふふん、そうでしょそうでしょ。

 スーパー女児二号にかかればハードカバー本一冊読み切るくらい朝飯前よ。

 いや多分、この世界ハードカバー本しかないんだけどさ。

 しかも大体が国語辞典もビックリの圧焼きたまごちゃんなんだ。


「ってちっがう!」


 太ももに表裏背の三表紙を叩き付けながら私は叫ぶ。

 外周3メートルをお年寄りの壁に囲まれて忘れていたけど、今日の私には使命があったはずだ。それなのに気が付けば礼拝堂にどれだけ滞在しているんだ私は。

 少なくとも、数十分じゃ効かないだろう。

 相変わらず窓から陽の光は差し込んでいるから、まだまだ活動時間内ではあるはずだけど、随分ロスしてしまったことに間違いはなさそうだ。


「突然どうしたのぉ?」

「私、今日はお姉ちゃんについて聞きたかったんです!」


 そう! 今日の私の目的はお姉ちゃん!

 聞けばお姉ちゃんはあのアーネスを、村に馴染ませるため、村中を回っていたらしいじゃないか。

 この村で一番大きな建物と言えばこの治療院に間違いないでしょうってわけで、おじいちゃん方でもおばあちゃん方でもとにかくお話が聞きたかったのよ!


「あーレーダちゃんもかしこいわよねぇ」

「そうなんです! おかしいと思いますよね!?」


 私の周りの壁になっているお年寄りの方々もうんうん頷いたりしているし、やっぱりお姉ちゃんが年齢にしては賢すぎるってことは、コミュニティの共通認識であるらしい。

 だったらあなたたちも私と同じ疑問を抱いているんじゃないんですか!

 何かを知っているんじゃないんですか!?


「っていっても、ノエルちゃんも賢いからねぇ」

「えへーそれはそうなんですけど」


 困ったな、完璧過ぎる返答で特に反論が思いつかないぞ。

 うーんやっぱり治療院にお越しの方々は、お姉ちゃんのこと大して知らないのかな?

 唯一知ってそうなのは院長さんくらいだけど、今はアーネスと話してるし。


「あ、そういえば、アーネスも何回かここに来たことあるんですよね。村の人から見て、あの子はどんな感じなんです?」


 私の興味の対象はお姉ちゃんだけではない。

 アーネスのことについても結構知りたいと思っている。

 事情は知らないけれど、彼もなんだかワケありで、村中の有名人らしいじゃないか。

 正直、彼に関しては幼さも兼ね備えているから、前世が日本人って感じはしないんだけれど、純粋な謎として気になっているのだ。


「あの子もかしこいわよねぇ」

「それはもう良くて」

「冗談よぉ。まあ……そうね。最近の様子なら……彼のことを話してもよさそうねぇ」


 最近の様子なら?


「それって、どういうことですか?」

「一時期は、彼について話すだけで悪口みたいになっちゃってたから」

「悪口?」

「ええ」


 さっきから私と話してくれているおばあちゃんは、何やら腕を組みつつ頬を撫で、まさにマダムが考え込む時のポーズって感じでもったいぶっている。

 だがしかし、その程度のもったいぶりかたで私の好奇心を止められると思うなよ。

 元事務OLのお茶くみお話し引き出しスキルをなめるんじゃあない!


「教えてください! 私、アーネスのこともっと知りたいんです!」

「あら!」


 うん? なんか周りのお年寄りからちょっとした歓声が上がっているな。

 なんだろう、私のセリフがちょっとかっこよすぎたのかね?

 それともひょっとして、恋の大胆発言か何かに取られちゃった?

 やだなあ奥さん、今の私はお姉ちゃん一筋ですよ。

 アーネスになんてわき目は降りません。


「勘違いしないでください、私の初恋の人は、アーネスではないので」


 その点、お姉ちゃんの前世は、私の初恋の人かもしれませんからね。

 私は、それを確かめなければいけないんです。

 彼女が、彼であった可能性を。

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