第48話 魂の浸食
「ふむ……聖印が怖く無くなったと」
「そう……俺、どうしたんだ……?」
治療院の中。
例の聖印が壇上に飾られている礼拝堂の、端っこのベンチで。
神官のおっさんと隣り合って、事情を説明し終えたところ。
「考えられる可能性は2つです」
「二つ?」
考え込むような表情をやめたかと思うと、こちらをまっすぐに見据えてくる神官のおっさん。
人差し指と中指で二本、指を立てながら俺の目をじっと見つめてくる。
「詳しく話すこともできますが……どうされます?」
「……心当たりがあるなら、聞きたい」
少なくとも反応からして、何もわからないってわけじゃないんだろう。
というか、あからさまに察しがついているように見える。
回りくどいやり方をしているのは……その予想が、あまり好ましくないものだからだろうか。
「お連れ様は……問題なさそうですね……では」
ノエルは今、前の方のベンチで何人ものご老人に囲まれている。
さっきチラっと見たときは、楽しそうな表情をしていたから、わざわざこっちの話を盗み聞きしてくることはないだろう。
あいつはあいつで、ちゃんとレーダについての聞き込みをやってくれればいい。
俺の方はその時間を……個人的なことに使わせてもらおう。
「単刀直入に申し上げますと、かつてのあなたは吸血鬼になりかけていました」
「……そうか」
吸血鬼。夜の神の眷属。
異性の血をすすらなければ生きていけず、生き血をすすって腹を満たすために、夜な夜な人を襲い続ける異形の人々。
昔読んだおとぎ話の中には、異性を吸い殺すことで、眷属を増やすって話もある気がする。
大体予想は付いていたが、やっぱりそうか。
たしかに俺は村の女の子を襲ったことがあるけど、それにしたって、避けられ過ぎていたからな。
このおっさんがそんな情報を流したかどうかなんてわからないが、はたから見てもヤバそうだと思われていたんだろう。
なんにせよ、吸血鬼っぽいやつはおとぎ話の中でも、現実の中でも、絵に描いたようなような悪役扱いを受けているのは、確かなことだ。
「蘇りが行われた際、肉体に他者の魂が入り込むことで、徐々に魂の浸食を受けるようになり、やがては肉体までも変容させられていってしまう……スエラとなった人々に、良く表れる症例の一つです」
「っ……!?」
魂が肉体を変容させる……?
そんなことが本当に……あるのか。
事実、俺にだって心当たりはある。
「あなたの魂は夜の神の信徒……吸血鬼の浸食を受けており、あなたの肉体は徐々に作り変えかえられていっていたのです」
心当たりは十分にある。
一時期の吸血衝動は、精神の問題で済ますことができるようなものではなかった。
第一、俺の目が赤くなったのが肉体の変容でなかったらなんだというのだろう。
そうか……俺はそんな状態だったのか。
「聖印への恐怖心は、不安定な魂の持ち主に起きるもの……それがなくなったということは……」
不安定な魂か……
魂とか肉体とかの、細かい違いはわからないけれど。
まあ、相当危ない状態だったってことなんだろうな。
「……最後まで言ってくれ」
なんにせよ、こっちの覚悟はできてるんだ。
そこで溜められるくらいなら、さっさと聞いてしまった方がいい。
「あなたの魂が夜の神から解放されたか、あなたの魂が完全に夜の神の物になったかの、どちらかでしょう」
「それは……俺の身体が吸血鬼そのものになっちまった可能性があるってことか?」
「その可能性は、大いにあるかと」
……心当たりは、ある。
俺は最近、吸血衝動を抑え込まなくなったからだ。
なぜならそれは、満足に血にありつけるようになったから。
レーダから血を得られるようになってしまったから……
そのことが、引き金になっていてもおかしくはない。
「確かめる方法は?」
「ありますが……よいのですか?」
「……」
よろしいのですか、か。
確かめる意味があるのかどうかはわからない。
正直なところ、もう確定じゃないのかという気持ちもあるし、確定させてしまわない方がいいんじゃないかとも思う。
知ってしまったら、後悔するような気もしている。
だが……
「……俺、知りたいです」
「ほう」
「知ってしまったら、俺の抱える目標の邪魔になるかもしれないけど……」
王都の学校が、吸血鬼を受け入れてくれるかどうかなんてわからない。
俺の存在が、周りにどれだけ影響を与えてしまうかってことも……正直なところ、わからない。
それでも……
「もう、何もわからないまま生きていくのは、嫌なんです」
それでも俺は、胸を張って生きていきたい。
後ろ暗い真実におびえながら暮らすより、重荷を抱えながら胸を張って生きていたい。
胸を張って……レーダの隣に居ていたい。
俺の目標のために、共に学園に通うために。
俺は、俺のことを知っておきたい。
だから、俺は迷わない。
「お願いします、俺が何者なのか教えてください」
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