第45話 わちゃわちゃした結末
ふと気付いたら、教室中の視線が俺たちの元に集まってしまっていた。
涙ぐんで抱きしめ合う、黒ずくめの長身男といたいけな女児。
そんな光景を見た、良識がある人たちがどんな行動をとるかは、わかるかな。
「警備員を呼べ!」
うむ。そりゃあ通報だね。
***
「ダイアーさん、レーダ、それからリーラント」
「「「はい」」」
長身の男性、俺、長身の女性の順で。
教室の床に正座させられる俺たち。
視線の先にいるのはアーネス一人だ。
それ以外の人たちは、全員眠っている。
教壇を中心にする形で、床に付してしまっている。
いやー、ダイアーとリーラントの本気なんて、初めてみたなー。
「もうちょっと何とかならなかったの?」
「「「すいませんでした」」」
はい。
全員、土下座である。
この世界でも最上位の謝罪は土下座である。
この件に関して全く悪くないアーネスに土下座である。
「まあ、いろいろと計画はパーになったけど、レーダが元気になったならよかったよ」
計画って……やっぱりこの人たち、みんなグルだったのか。
わざわざ王都に行くなんて、随分大掛かりな計画だけど、ともあれ、なんだかしてやられた気分だ。
「まあ、当初の予定より、こっちの方がずっといいな」
「当初の予定?」
「ああ。本来なら俺がレーダをたぶらかして、王都で二人で暮らすことになる予定だった」
「は!?」
なんだそれは。
俺をたぶらかす……? 二人で暮らす?
詳しく聞かせてもらわないとちょっと脳が追い付かない。
「俺さ、リーラントのおかげで、ここの入学資格もらえたんだよ」
「え……?」
「だから、学生寮に入って、お前と二人で暮らせって、ダイアーさんが言ってきたんだ」
そりゃ、アーネスはかなり生活能力高そうではあるし、お金さえあれば二人でだって暮らしていけるかもしれないけど……俺はまだ4歳だぞ?
「パパ……?」
問いかけるようにダイアーの方を見てみたら、ダイアーは物凄く気まずそうな顔になってしまった。
まあそりゃ、あんなやり取りがあった後に話す話題じゃないとは思うけどな。
でも、これに関しては聞いてみないわけにはいかない。
「えーっと……ほら、君はしっかりしているから。僕がいなくても暮らせるだろうと……」
「話したの?」
「……いや、ぼかしてる。流石に勝手には話さないさ」
主語のない会話だが、意思の疎通は取ることができた。
つまり、俺の前世のことは話していないのだろう。
「まあ、なんだ。今は詳しく聞かないから、ゆっくり話せよ」
「ありがとう、じゃあ」
俺は正座をダイアーの方へ向ける。
さっきは感情に任せすぎて、まともな話ができなかったけれど、今は違う。
今はきっと、ちゃんと話さないといけない時間だ。
「パパ。言いたいことはいろいろあるけど、一つだけ」
「うん」
だけどまあ考えてみれば、リーラントを通して大体のことは話してしまっているから。
かける言葉は、これだけでいいだろう。
「私は、巣立つときは自分で決める。だから、それまでそばにいて」
きっとそれは、俺が決めるべきことだから。
ダイアーに背負わせるより、こっちの方がいいだろう。
「ふふ、わかったよ」
そうして、裏のない笑顔で、お互いにはにかんで。
遠慮のない笑顔で、声を上げて。
この言葉を交わせたら、顔を合わせて頷きあえたら。
俺たちはやっと、もう何も心配はいらない気分になれたから。
「じゃあ、学生さんたちを起こして、怒られに行こうか」
「……そうだね」
「いやじゃあ……校長に怒られるのじゃ……」
「……俺は先に出てるからな」
きっと今は、これでいいのだ。
***
夕暮れ、空が赤くなったころ。
大通りとは別の、城壁の外へつながる出口の前。
「さて、親子の仲直りは済んだよな?」
リーラントと分かれ、王都の外に出る直前、乗合馬車が見えてきたころ、アーネスはそんなことを呟いて立ち止まってしまった。
何故? と一瞬考えたところで思い当たってしまう。
「アーネス……もしかして、ほんとにこれから王都で暮らすの?」
そうだ、アーネスはもう、学園の入学資格を得てしまっている。
彼は元々、本好きで知識欲旺盛だから。
引き止めなければ、ここで別れてしまうかもしれないのだ。
「馬鹿言え。吸血の当てもないのにそんなことできねぇよ」
「あ、そっか」
「でも……話さないといけないことは、あるな」
「えっ?」
そんな会話を交わしたら、アーネスはダイアーの方を向いてしまった。
「ダイアーさん。お願いがあります」
両手を膝の横に揃え、ダイアーを真っ直ぐに見据えている。
彼の赤い目が夕暮れに照らされて、より一層赤く光っている。
「なんだい? 残念だけど、娘は渡さないよ?」
「ええ、今はそれでいいです。でも……」
なんだ、何が始まるんだ。
てか今はってなんだよ。
だから今はお別れとか、俺は嫌だぞ。
「学園の入学、先送りにさせて下さい!」
そう言って、アーネスはダイアーに向けてお辞儀をした。
一瞬、そっちだったかという安堵感に襲われたが、問題はダイアーの反応だ。
「先送りってことは、取り消しではないんだね」
「ええ。いつかは行きたいと思ってます、一応、俺の夢なので。でも……」
「でも?」
「俺はまだもう少し……レーダのそばにいたいです」
あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。
アーネスはお辞儀したまま固まっているし、ダイアーも同じく唸っているけど。
これにはちょっと、答えないわけにはいかないな。
「パパ。学園に入れる最年少って、何歳から?」
「年齢制限はないはずだけど……今すぐはオススメしないかな」
「私もいつかは入れる?」
「それは大丈夫。必ず入れるよ」
「そっか」
そうか、だったら、こうしよう。
頼もしい言葉ももらえたわけだしな。
ダイアーには負担をかけるかもしれないが……きっと許してくれるだろう。
「じゃあ、三年後ね」
「三年後?」
「うん、今日から三年経ったら、私も学園に入るから」
アーネスの手と、ダイアーの手を同時に取って、二人の顔を見合わせる。
二人の視線が合ったことを確認してから、俺はもう一度口を開く。
「その時になったら、アーネスと一緒に、私も入るよ」
「ハッ」
ダイアーは微妙な顔をしているが、アーネスの方は笑ってくれた。
我ながら、随分な宣言だとは思う。
だけど、俺のでアーネスの夢を邪魔したくはないからな。
きっとこれが、いい落としどころじゃないだろうか?
「ふっ、ふふ」
アーネスの声につられて、ダイアーも小さく吹き出してしまったようだ。
静かに笑い声が上がって、ダイアーは口を抑えている。
「はははっ、こりゃ、今のうちにレーダと沢山関わっておかないとな」
「それはもう、俺だって今の言葉を曲げさせないようにしないと」
笑い声の混じった、微笑ましい会話。
まあ、いろいろあったけど……これで大団円ってことでいいのかな?
「はははははっ……は、はは?」
あれ? なんか両手に力が伝わってくるぞ?
なんか両手って言うか、両手首を掴まれている気がするぞ?
なんならちょっと引っ張られてないか?
あれ? あれ? なんかおかしくないか?
「アーネス君。繰り返しすけど、娘は渡さないよ?」
「ええ、今はそれでいいです。今はね」
あっ! やべぇ!
この人たち、目が笑ってないぞ!
うちのパパもアーネスも、すごい怖い笑い方してるぞ!
「ふむ、今じゃなくなったら、どうなるんだい?」
「それは、誰にもわからないことですから」
……ひょっとして俺、やらかしたか?
火をつけてはいけない何かに火をつけたのか?
「えーと、そろそろ行かないと馬車が……」
「そうだね、ほらいこうかレーダ」
「行くぞレーダ」
「痛い痛い千切れるかも」
いや、並んで歩くだけなのに千切れそうになるのおかしいだろ。
誰か、誰か助けてくれ。
許してくれ、こんなわちゃわちゃした結末にするつもりはなかったんだ!
リーラント! 今頃自分の部屋で始末書を書かされているであろうリーラント!
頼む! これから三年間こいつらの仲裁しててくれ!!
「リ、リーラントぉ……」
***
「うう……今月分の給料が天引きされてしまったのじゃ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます