第39話 見せられないヤツ


「さて、夏の妖精くん。君の名前はなんていうのかな」

「……聞いてどうするつもりだ」


 さて、かくして形勢は逆転したわけだが。

 親愛なるお父さまはこの妖精をどう調理するつもりなのだろうか。


「別にどうもしないさ。名前を聞いたところで、僕のやることは変わらない」


 わお、かっこいいね。

 相変わらず顔がイケメンなのもあるけど、立ち回りがもう強いもんな。

 だってこのセリフを言いながら、一歩二歩と妖精に歩み寄ってるんだぜ?


「ひっ!?」


 妖精の方はと言うと、何か慌てたようにキョロキョロと辺りを見渡している。

 さっき見たいな瞬間移動をする様子はない。

 いやひょっとして、出来ないのか?

 瞬間移動には俺の知らない条件があって、ダイアーがそれを封じていたりするのかもしれない。


「ただ……これから仲良くなるんなら、名前を聞いておいた方が良いと思ってね」


 珍しく声を低くしたダイアーは、妖精の元へ辿り着き、妖精の方へと手を伸ばす。

 妖精は後退りするように手から逃れようとする。


「逃げないで」

「ぐっ!?」


 おお、すげぇ。

 突然、ダイアーの右手が高速で動いたかと思うと、それが妖精の腹から腰にかけてをガッチリ掴んでしまった。

 妖精からすれば、まるで巨人に鷲掴みされているようだろう。

 そのまま食べたりしないよな?


「おま、お前! 何をするつもりだ!」

「別に? 君が嫌がることはしないつもりさ」

「だからって……ぐうっ!?」


 うん? なんだ?

 夏の妖精が苦しそうな声をあげている。

 見たところ、別に強く握りしめたりはしていないみたいだけど、妖精の方は不定期に呻くような反応をしている。


「久しぶりだけど……君相手なら上手くやれそうだ」


 え、何? 何してるのパパン。

 側から見ている分には妖精を握っているだけなのだけど、ダイアーが指を握り直す度に、夏の妖精は声をあげている。

 いや、もう誤魔化すのやめるけど、なんか妖精の声に致命的な恐怖みたいなものが混じり始めている。

 ダイアーの口元にも、見た事のない笑みが浮かんでいる。

 え、いやこれさ、絵面的には何も問題ないんだけど、ひょっとして……


「ねえ、パパ? これ、私見てていいやつ?」

「ん?……あっ」


 あっ、とはなんだあっ、とは。

 なんだ? もしかして俺が声かけてなかったらヤバいことしようとしてたのか?

 子供には見せられないヤツをやろうとしてたのか?

 ていうかむしろ、もうやってるのか?


 いや、ダイアーも父親だし、俺は実の娘だ。

 俺はダイアーのことを信じている。

 良識ある大人だと信じている。

 だからいくら、俺がひどい目にあわされそうだったと言っても、


「ご、ごめんレーダ。やめとくよ」


 やっぱり見せられないんじゃねぇか!


***


 俺がダイアーにジト目を送っていると、いつの間にか周囲を覆い尽くしていた霧が晴れていた。


「まあ、とにかくそう言うわけだから、あとはそのガーディアンとやらを倒してしまえばいいわけだ」

「そうだね」


 まあ、あまり責めてやるのもなんだし、切り替えていこう。

 結局、あれからダイアーが夏の妖精とお話してくれた結果、試練は続行することになった。

 ただし、さっきみたいに突然辺りを霧で覆ったり、その他妨害をするのはナシ。

 正々堂々、ガーディアンを相手にして、お洋服とやらを手に入れるだけっていう条件で。


 そういうわけで、夏の妖精は不満そうに腕を組んで俺たちの近くに対空している。

 完全にすねてそうだ。


 それにしても、さっきのダイアーには何というか……スゴ味みたいなものがあったな。

 ひょっとして、うちのパパはああいう方法で妖精と契約しまくってきたのか?

 いや、リーラントはダイアーのことを妖精たらしと言っていたし、もしかするともっと友好的な別の手段は持っているのかもしれない。

 だとしたら、余計に怖いけどな。


「さて、どうする?」


 考え事をしていたら、ふと、ダイアーにそんなことを言われた。

 どうする……もなにも、さっき決めたばかりじゃないのか?


「一応、僕が相手することもできるけど、せっかくなら妖精歌を使ってやってみるかい?」

「あー」


 疑問の表情が顔に出ていたのだろう。

 続くダイアーの言葉で、俺は質問の意味を理解した。

 

 たしかに、俺はまだ妖精歌を使っていないし、その提案はアリだ。

 この世界には、危険な生物や海賊なんかも存在しているらしいし、そろそろ俺も実戦経験を積んでおくべきだろう。


「わかった、やってみるね」


 今日はダイアーもいるし、訓練にはうってつけだ。

 金髪美少女レーダちゃんは、華麗なる妖精歌で、ガーディアンとやらを沈めてみせるぜ!


 あ、でもなにかあったときはよろしくね、パパン。








 なんて、さっきあんな事があったのに、緊張感を無くして。

 楽観的に、お気楽な思考をしていた報いだろうか。

 あるいはそれは、全くもって関係のない、ただの理不尽か、不条理だったのか。


「え……?」


 とにかく、視界に映ったその姿は、俺の思考を真っ白にするには十分な容姿をしていて。

 結果として、俺はそいつが、こちらへ向けて走り出した瞬間にも、何も。

 妖精歌の出だしすら、呟き始めることができなくなっていた。




 そいつは、顔も、四肢も、見える肌はすべてグズグズになっていたけれど。

 その身にまとう洋服には見覚えがあった。


 それは、青くこそあれ、対して不思議でも、カッコよくもなかったけれど。

 紛れもなく、俺がよくよく知っている服装だった。






 そいつは、現代日本でいう所の、ジャージを着ていた。






 それは、俺のジャージだった。

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