第38話 砂は砂に


「なぁに、安心してくれよ。命までは取らないさ」

「それって、何かしら危害は加えるって言っってるようなものですよね」



 紳士服の妖精は左右に揺れながら、俺の眼前をふよふよと漂う。

 気持ちの悪い動きだが、目を離したら、また何か仕掛けてくるかもしれない。



「よくわかってるじゃないか」



 正解したって何も嬉しくはないが、警戒を緩めてはいけない。

 危害を加えてくるようなら、妖精歌だって使うべきだろう。

 リーラントを呼ぶときのアレは、妖精歌とは別カテゴリらしいから、まだ1回だけなら反撃できる。



「何か考えているようだけど」

「……えっ」



 なんだ? 妖精の姿が消えた?

 霧だらけの辺りを見回しても、夏の妖精の姿は見えない。

 まさか、瞬きの間に消えたのか?

 そんな少年漫画の強キャラみたいなこと……



「この空間は僕の思い通りだ。下手なことをしようと思わないことだね」

「っ……」



 あるみたいだな。

 しかも気持ちの悪いことに、すぐ目と鼻の先に現れやがった。

 なかなか顔はいいみたいだが、かっこつけは嫌われるぞ。



「可愛い顔をしている……僕好みの顔だ」



 キザなセリフ!

 もうそろそろ気持ち悪いなこいつ。

 今の俺は女の子だけど、全然前世の趣味嗜好でも気持ち悪いって思うだろう。



「そう言えば君、男の子と一緒にいたよね。兄弟かい? 友達かい? それとも……もっと特別な関係?」



 うわぁ。そこまでやるのか。

 もう何かしらの法律に抵触するんじゃないか?

 一犯二犯と積み重ねて、数え役満でも狙うつもりか?



「教えておくれよ。そのほうが盛り上がるじゃないか」

「私はテンションだだ下がりですけどね」



 正直なところ、一刻も早くこの状況をなんとかしたいが。

 そう思うあまり、研ぎ澄ましていた警戒心もちょっと緩み始めてしまっている。

 もう何かしらの妖精歌使っちゃダメかな。

 そろそろ嫌悪感が許容値を超えそうなんだけど……



「生意気な子だ」

「っ!?」



 瞬間、突然足元が沈み始める。

 底なし沼というよりはアリジゴクに飲み込まれていくように。

 足元の砂が頼りなくなって、ぐんぐんと身体が沈んでいく!



「火を吹け波打て木々揺ら……!」

「ダメだよ」

「ぐっ!」



 突然、砂の中から腕が伸びて、俺の首を締め上げてきた。

 発声ができなくなって、妖精歌が中断される。

 くっそ、何でもありかよ……!



「大丈夫。君はそうやって悲鳴を挙げているだけでいい」

「何を……」

「僕がどうして、わざわざ男の子の姿を取っているかわかるかい?」



 知らねぇよそんなの。

 興味もないし知りたくもない。

 ていうか、いきなりクイズ始めるなら首のこれ緩めろよ……!



「僕はね、君みたいな女の子に、トラウマを刻むのが好きなのさ」

「は……?」

「君みたいな年頃の女の子が、僕との契約につられて、ひどい目を見て傷ついて。契約は交わせても立ち直れなくて、自分の殻に閉じこもってしまったらもう最高さ」



 まずいな、本当にまずい。

 こいつ、思ったより思考が外道じみてる。

 リーラントが、邪気なき悪意の塊だって言ってた意味がやっとわかった。

 ファンシーな外見とギャップで甘く見てたけど、こいつ、心の中で馬鹿にして済むほどまともな思考してねぇ……!



「……さいっ……てい、野郎……」

「ふっ、なんとでも言ってくれ。どうせ、僕のやることは変わらない」

「……何、するつもり……?」



 くっそ、ギリギリ発声できるくらいの締め方しやがって。

 妖精歌を歌おうにも、喉を握られているから下手なことはできない。

 生かすも殺すもこいつ次第だってことが、嫌でもわかってきてしまう。 



「はっ! 知りたいのかい? なかなか物好きだなぁ」

「……くっ」



 認めよう、さっきの言葉は失敗だった。

 こいつの嗜虐心を煽ったって、何にもなりやしないのに。

 むしろこいつの決断を早めるだけだっていうのに……!



「ふむ、そうだな! だったら最初は……」



 もう、俺一人じゃどうにもならない!

 だったらせめて……せめて時間を稼がないと。

 時間を稼ぎさえすれば、きっと……!



「夢は枕に、砂は砂に」

「ん?」



 その声には、覚えがある。

 この世界に来てから、一番聞いた声だ。



「荒ぶる虚影きょえいなぎす」



 ああ、来てくれたか。

 ほんっとタイミングいいよな。



月輪清波がちりんせいは



 瞬間、彼から輪状の光が放たれ、周囲一帯を一閃する。

 辺り一面の霧は晴れ、首元を覆っていた砂の腕が崩れ落ちる。

 足元の流砂も止まり、身体が浮上する。



「なっ!? お前! どうやってここに!?」

「黎明神の御業により……とだけ答えておこうかな」



 その後ろ姿はすらりと美しく。

 されど頼りがいのある背中はマントを靡かせ。

 その結われた後ろ髪は、視界に入れるだけで俺に安心感を与えてくれる。



「悪いね、レーダ。随分遅れた」

「ううん、十分早いよ」



 ま、かっこいいキャラっていうのは、やっぱこうスマートじゃないとね。

 お待ちかね、ダイアー・ハイマンのエントリーだ!

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