第17話 治療院の出会い



「いってきまーす!」

「夜までには帰るのよ~」



 実際のところ、はいはいしかできないノエルがこっそり追ってくるようなようなこともなく、無事に俺たちは家を出た。

 右腕を掲げ、ダイアーと手をつなぎながら、森の小道を進んでいく。



 流石、村への道ということもあり、よく整備されている。

 足元の土はよく踏みならされているし、道沿いの雑草は刈り取られている。

 ダイアーがやっているのだろうか?



 だとしたら大変だな。

 もしかすると、俺が手をつないでいるからやっていないだけで、いつもは道をならしながら村へ向かっているのかもしれない。



「今日は暑いな……レーダは大丈夫かい?」

「大丈夫。今日はフリルじゃないから」



 今日の俺はサマースタイルだ。

 って言っても、無地のシャツに、かぼちゃみたいに膨らんだ布ズボンだから、おしゃれも何もないんだけどな。

 ちなみに髪型はショートボブだ。

 ボーイッシュファッションが、持ち前のキュートさを引き立たせるぜ。



 外出用の服があるのはありがたい。

 というかむしろ、普通、こういうのが子供の服なんじゃないのか?

 なんで我が家にはフリフリフリルが何着もあるんだろうか……



 そんなことを考えていると、もう村が見えてきた。

 周囲を木柵で囲まれ、茅葺き屋根の民家が立ち並ぶ、いかにも村って感じの村だ。

 森があるのはこちら側だけのようで、反対側の地平には、畑や果樹園らしき木々なんかが見える。



「治療院はあっちだ。足は疲れてない?」

「ありがとう。でも、まだまだ大丈夫!」



 疲れはない。

 あるのはワクワク感だけだ。

 こういう村には子供も多いだろうし、同年代の友達も作れるかもしれない。

 大学で成し遂げられなかった無念を、今こそ解消してみせるぞ!



***



 治療院は元の世界でいう、病院のようなものだ。

 そしてどうやら、この村の治療院は教会も兼ねているらしい。

 それなりの高さにそびえ立つ石壁の中に、これまた石造りの建物が2つ。

 入って右側の縦に長い方が礼拝堂、左側の平べったい方が診療所だそうだ。



 俺は今、何列ものベンチが並べられた、礼拝堂にいる。

 壇上には十字架のかわりに、4つの輪っかが組み合わさったモニュメントが設置されている。

 小さいながらも、神聖さを感じられる美麗な造りだ。



 最初のうちは、俺もその厳かな雰囲気に包まれて、心を躍らせていたのだが……



「ダイアーさんの娘さんかい? かわいいねぇ」

「はは……ありがとうございます」

「いまいくつなのぉ? お名前は?」

「3歳で、名前はレーダです……」

「三歳でこんなべっぴんさんだったら、将来が本当に楽しみだねぇ!」

「ははは……」



 どうしてこうなった。

 礼拝堂のベンチにて、物凄い数のおじいちゃん&おばあちゃんズに囲まれている。

 いや、治療院って聞いた時点で予想はするべきだったんだろうけど、こんな数のお年寄りがいるとは思わないじゃん……



 今日だけで、何回自己紹介をしただろうか。

 まあ、別に嫌ではないけど、こうもずっと話しかけられ続けると疲れてくるんだよな……

 あと、俺は出来れば同年代の友達を作りたいんだ……



「お待たせレーダ。……って、みなさん。あんまり人の娘を困らせないでください」

「あらダイアーさん。院長との話は終わったのかい?」

「いえそれが……まだまだ長引きそうで……」



 奥からダイアーが帰って来たが、そんな調子らしい。

 この分だと、今日は治療院で一日潰すことになりそうだな。



「ごめんね、レーダ。なんだったら外に出てもいいんだよ?」

「え、いいの?」

「うん。一応、村の人たちに、見張っててくれるよう言ってきたから、何かあれば僕が飛んでいけるさ」



 さすがダイアー。

 移動中にも思ったが、気遣いのできる男だこと。



「そういうことならお言葉に甘えて……」

「ふふ、そうだね。言うまでもないだろうけど、夕方までには戻ってきてくれ」

「わかったー」



 おじいちゃんおばあちゃんたちは名残惜しそうだが、今日ばかりはお許しいただきたい。

 そう言うわけで、移動エリア制限のなくなった俺は治療院を飛び出したのであった……



 と、言いたいところだったんだけど。



「うん?」



 お年寄りたちに手を振られながら礼拝堂を出て、さあ石壁の外へ出るぞというところで、気付いた。

 となりの診療所の窓から、誰かが身を乗り出している。

 みたところ、子供だろうか。

 茶色いフードをかぶっているから、よくは見えないが……



 なんにせよ、扉を使わず、窓から出入りするような子は相当なやんちゃっ子に違いない。

 だがしかし、そんな属性でお友達のほしいレーダちゃんを止めることはできない。

 おじいちゃんおばあちゃんの山から脱出して、早速得られたチャンスだ。

 ここ1年で鍛えた、三歳児とは思えない足さばきで接近してやる。



「なにしてるの?」



 どうだ! 全く気付かなかっただろう!

 その証拠に、その子はフードで見えなかった顔をあんぐりと開けてこちらを見ている。



「どどどっ、どけ!」

「うわっ!」



 肩を押されて、体勢を崩す。

 結構な威力だ。

 普通の三歳児なら転んで頭を打ってもおかしくなかったぞ。



「ぬう、乱暴なやつめ……」



 見れば、件の子はもう走り出して、石壁の出口へと向かっている。

 別に、追いかけなくてもいいんだが、いきなりあんなことされると追ってみたくなるじゃないか。



「ふふふ、狩人の娘を怒らせたな……?」



 口元にニヤリと笑みを浮かべ、手を組んで伸びをする。

 なにも、リーラントとは歌の訓練ばかりしていたわけではない。

 春の妖精との訓練の成果、見せてやろうじゃないか。


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