第二章 赤目のスエラ
第16話 おでかけ計画
鏡の前に立って、服をはだける。
背中を向けて、鏡の方へ振り返る。
ダイアーの刻んだ印は、まだ残っている。
というか、俺が意図的に残している。
背中から腰、そして四肢へ向けて刻まれた線は、以前より鮮明になっている。
俺がダイアーに、残してもらうように頼んだのだ。
繋がりを保ちたかったのもあるけど、本当はもっとくだらない理由。
つまりは、瀕死の重傷を負っても元通りに立ち直れる可能性があるって、かっこいいじゃん?
まあその場合、俺は莫大な痛みに耐えないといけないわけなんだけどな。
そもそも、使わないといけなくなった時点で、俺の四肢はどこかしらもげてるってことだし。
今後使わなくて良いことを祈る。
一年前に比べて、俺の背中も随分大きくなった。
とは言え、二歳児が三歳児に変わっただけではあるんだけどな。
例えるなら、Sサイズの卵がMサイズに変わっただけみたいな……うん、伝わりづらいな。
「ノエル! 待ちなさい!」
そうそう、あれから俺の生活にも変化があった。
例えば、リーラントに「もうおぬしに教えられることはなにもない」って言われたとか。
いや、それは単に夏が始まるからもう臨時教師ができないって話だったんだけど。
そんなことはどうでもいいんだ。
もっと重大なことは、他にある。
「おねえちゃん! あそぼ!」
なんと、俺にこんなにも可愛い妹ができてしまったのだ!
「よーしいいよ。今日は何して遊ぶ?」
俺ははだけていたフリフリフリル(三歳用・オレンジ色)を纏い直し、しゃがみ込んで可愛い妹に問いかける。
どんな願いでもお姉ちゃんが聞くだけ聞いてやろう。
「おそと!」
「それはダメかなー」
流石のお姉ちゃんも、一歳にも満たない女の子をお外に連れ出すわけにはいかない。
そんなことことをしたらミナお母様にぶっ飛ばされてしまう。
「レーダ! ノエルを捕まえて!」
「げっ! やだー!」
噂をすればママが来た。
当の我が妹はと言えば、既に凄まじい速度のはいはいで俺の後ろへ回り込んでいる。
そのまま俺の背中に抱きついて来てしまっている。
「まあまあ、小さいうちは好きにさせてあげるのも大事だと思うよ。ママ」
ミナは基本的にノエルに厳しい。
もしかすると、俺が特別大人しかったから隠れていただけで、こっちが本来の性格なのかもしれないが。
それにしたって、最近少し厳しすぎる気もする。
もうちょっと優しくしないと反抗的な子に育っちゃうぞ?
「そう思うならそのまま3秒待ってみるといいわ」
「え?」
そう言われて、1、2、3秒後。
背筋に温感、湿った感触。
直後に鼻につく臭い。
ああ、そうだ……あまりに俺に懐っこいから忘れていた。
「えへえ……おねえちゃんごめーん」
「ははは……」
そういやこの子、既にめちゃくちゃやんちゃだったわ。
***
最近厳しいとは言ったが、ノエルが生まれてから、ミナは少しだけ楽しそうだ。
もしかすると、俺はミナを退屈させてしまっていたのだろうか。
朝方、小屋の外で、薪割り用の切り株に腰掛けながら、そんなことを考える。
「まあ、レーダは僕にべったりだったからね」
「ああ……そういえば……」
丁度その場で的を射ていたダイアーに聞いてみたところ、説得力が増してしまった。
そうか……俺ってダイアーにはめちゃくちゃ話しかけてたけど、ミナには全然関わって来なかったもんな……
「とは言え、最近のミナが上機嫌なのは、レーダの影響もあると思うよ」
「ほう、というと?」
「僕が仕事に出ている間も、気負わず話しかけられる相手がいるっていうのは、ありがたいものだよ。レーダも、ミナから良く話しかけられるようになったと思わないかい?」
「たしかに……」
そういえば、最近の俺はよくミナと世間話をする。
大抵はノエルの話題だけど、時々、昔の話もしてくれる。
なんでもミナは元々、とある大きな商家のご令嬢だったとか。
ほとんど箱入り娘って感じだったらしいし、結構今を楽しんでいるのかもしれないな。
「そういえば、レーダは村の方には出ないのかい?」
「えっ? 出ていいの?」
意外な言葉だ。
普通に考えて、三歳の女児を一人で行動させるのは危険だと思うが。
いやまあ、俺の中身はアラサーだし、リーラントに教えてもらった妖精歌があれば、ある程度自衛もできるとは思うけど。
「もちろん、一人で歩き回らせるわけじゃないさ。ただ、僕も定期的に村の方に顔は出しているから、その時一緒にどうかと思って」
「なるほど!」
それは嬉しい提案だ。
そうか、よくよく考えると俺、レーダになってから家から離れてなかったんだよな。
前世は引きこもりだったから、この生活も平気だったけど、そろそろ外に繰り出し始めてもいいかもしれない。
というわけで
「そういうことなら俺も行きたい! 連れてってくれる?」
「ああ! 丁度昼から、治療院の方に行く予定があるから……」
かくして、俺たちは初めてのお出かけを計画し始めた。
しかしながら、話に夢中になっていたせいだろうか。
小屋の陰から覗く黒い影に、こちらの計画が漏れてしまっていたことには、気づくことができなかったのである……
なーんてな。
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