第15話 今世のあなたは
あれから、少し経った昼下がりの居間。
「すまなかった」
椅子に座るミナと俺の前に正座して、ダイアーは告白する。
あの後少しして、ミナが様子を見に来た。
飲み過ぎたリーラントの介抱でよく聞こえなかったが、何かあったの? と。
俺が何か言う前に、ダイアーが後日話すと答えた。
その後日が今だ。
薄々感づいているであろう、俺の正体については伏せて、ダイアーはその他すべてを打ち明けた。
男らしいとは思うが、ミナがそれを受け入れられるかどうかは別問題である。
「レーダにはもう謝ったのよね」
「ええ、それはもうたくさん謝って貰いました」
「そう、ならいいわ。次は気をつけてね」
だけど、ミナも男らしくダイアーを許した。
ドライにも思える言葉だが、ミナの口には笑顔が浮かんでいる。
ダイアーや俺に気負わせないよう、簡潔な言葉で済ましておくが、決して突き放しはしないということだろう。
「それで? レーダも何か言うことがあるんじゃない?」
「……はい」
ああ、やっぱりバレていたか。
「ダイアーは隠しているようだけど、私にはお見通しよ。ダイアーが話している間、ずっと何か言いたげだったでしょう?」
そうか、じゃあ気付くよな。
でも、元より俺も打ち明けたいと思っていた。
配慮してくれたダイアーには申し訳ないが、これは彼にも聞いてもらわないといけない話だ。
だからそんな心配そうな目で見ないでくれ、ダイアー。
「私…………いえ、俺は、元々男だったんです」
「ふむ……続けて?」
「はい、実は俺、多分だけど、別の世界から来たんです」
明かしてみると、以外とすんなり説明することができた。
俺が前世の記憶を引き継いでいること。
23歳のある日まで、男として生きていたこと。
挫折を経験して、殻に閉じこもってしまったこと。
多くの人に迷惑をかけたこと。
今世の両親は、俺の話を真剣に聞いてくれた。
夢や妄想だと馬鹿にすることなく、ただただ真剣に。
彼女のヒモだった話をしたときは、少しだけミナにからかわれたけどな。
ともあれそうして、わからないことについては質問をもらいながら、大まかなことを語り終える頃には、日が暮れてしまっていた。
「そう……悪いことをしたわね。無理やりフリルの服を着せられたり、女の子扱いされるのは苦しかったでしょう」
「いえ! そんなことは……」
実際、そんなことはない。
最初こそ衝撃を受けたが、総合的には女の子の暮らしを楽しんでしまっていたくらいだ。
それに、俺用のフリルは物凄く気に入っているし……かわいい。
いや、何を言っているんだ俺は。
俺は元々男のはずで……
「今まで、私たちを傷つけないよう、娘のふりをしてくれてたのよね」
思考の最中に聞こえた言葉で、ハッとする。
そうだ、ミナに言うべきことは、まだ残っているじゃないか。
「確かに最初は、娘を演じていたのかもしれません」
「…………」
「ただ、それは、どちらかといえば、不信に思われないように、自分の正体を隠すためのことでした」
ミナは黙って続きを待っている。
ダイアーも、真剣な面持ちでこちらを見ている。
だったら、ここで言わなくちゃいけない。
「でも、今の俺は……二人を、パパと、ママと、呼び続けたいと思っています」
「…………」
「だから……だから、どうか。俺を、本当の娘にしてくれませんか!」
頭を下げる。
歯を食いしばって、その時を待つ。
緊張で心拍の音が聞こえてきた。
でも、準備はできている。
どんな返答でも、受け入れなければいけない。
「……二つ、条件があるわ」
「……はい」
そうか。条件か……
いや、そりゃそうだ。
娘の皮をかぶった、同年代の男なんて、条件つきじゃないと受け入れられないだろう。
だったら俺は、それを受け入れるべきだ。
どんなことを言われても……
「一つ。私たちの娘として生きるなら、最低限、女の子としての生き方を学びなさい」
「……? はい」
「基本を理解したら、その後は何をしてもいいわ。口調も、そのままでいい」
「えっ? で……でも……」
「大丈夫、そういうのが好きな人もいるもの」
「ええ……?」
そ、そうなのか……?
日本ならともかくこの世界にも俺っ娘好きがいるのか?
い、いや、ふざけるのはやめよう。
「そして、二つ目」
「はい……」
多分、さっきのは軽いジャブだ。
おそらくは、二つ目の条件が本命。
どんな条件でも、受け入れてみせよう。
俺は二人の娘にならなくちゃいけないんだ……
「たかが前世の記憶があるだけで、自分は私たちの娘でないと思う、その浅はかな勘違いをさっさと捨てなさい」
乱暴な口調。
皮肉混じりの言葉。
でも、そこに込められた真意はわかる。
それってつまりは……
「あと敬語もやめなさい。今更他人扱いしろなんて言われる方が願い下げだわ」
「う……うん」
「もっと大きな声で返事」
「う……うん!」
……ああ、そうか。
答えは、それでいいのか。
それだけで良かったのか。
ミナも、ダイアーも、こんなにも俺を受け入れてくれているのに、俺は何を怖がっていたのだろうか。
「……それができるなら、今世のあなたは私たちの娘よ」
俺は、レーダでいてよかったんだ。
二人の娘でいて、良かったんだ。
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