第14話 告白


「君が今どんな気持ちなのか。僕には分からない」

「うん……」



 ああ、のどが詰まっている。

 情けない。

 そんなに泣いてしまっていたか。

 本当に俺はダメだな。



「君をレーダと呼んでいいのかどうかも、分からない」

「うん……」



 相槌を打つことしかできない。

 高ぶっていた感情は霧散して、罪悪感だけが残ってしまった。

 もう、まともな返答はできないかもしれない。



「でも、君の正体がなんであったとしても、君が何をしてきたとしても……謝らなきゃいけないのは、僕の方だ」

「……え?」



 ダイアーが謝る? 何故?

 だってあなたは、俺をここまで育ててくれたじゃないか。

 あなたを騙していた俺を、愛してくれていたじゃないか。



「……奇跡だと思った」



 しばらくの沈黙のあと、ダイアーが口を開いた。



「君が息を吹き返した時、奇跡が起こったと思ったんだ」



 息を吹き返した?

 どういうことだ。

 確かに俺は、一度死んでいるが、そういう話ではないはずだ。



「原因は僕の迂闊だった。ミナの出産には、産婆さんがついていなかったんだ」

「それって……」

「深夜、全くの同時期に、村の方で出産が始まっていた。その日は丁度、治療院の人手が足りなくてね。誰も、わざわざこんな山小屋まで来てくれはしなかった」

「…………」



 ああ、なんとなく、話が見えてきた。

 見えてきてしまった。



「結局、僕一人でミナの介抱をした。でも、僕一人じゃ、ミナを支え切れなかった。専門知識も何もない、励ましの言葉だけじゃ、足りなかったんだ」

「……それで、どうしたんですか」

「……ミナは、気絶した。産道に赤子を残したまま。それで……僕は、やってはいけないことをしたんだ」

「やってはいけないこと……?」



 出産中に、母体が気絶すれば、母子ともに命の危険に晒されると、聞いたことがある。

 子供は産道に残されたまま窒息し、母体は出血したまま、放置されてしまうと。

 そのまま意識を取り戻さなかった場合……取られる対処は……



「僕は、ミナのお腹に、ナイフを入れた」

「……っ」

「聞きかじっただけの、生半可な知識で刃物を使って、彼女を救おうとした」



 いわゆる、帝王切開。

 妊婦のお腹と、子宮を切り裂いて行う出産法。

 詳しく知っているわけではない。

 だけど、素人が行えるわけがないってことくらい、俺にもわかる。



「精霊歌のおかげで、ミナは助かった。いや、その時の僕は、精霊歌を使えば、二人とも助けられると思っていた」

「…………」

「あるいは、ナイフの刃渡りを間違えなければ……いや、やめよう。すまなかった」



 聞いていて、気分の良い話ではない。

 はっきり言って、それ以上は聞きたくない。

 でも、俺は深く聞かなければいけない。



「じゃあ、どうして、この身体は動いているんですか」

「……そうだね」

「そうだねじゃなくて……」



 俺がそう言うと、ダイアーは俯いてしまった。

 俯いて、黙ってしまった。

 目を凝らして、見てみると、ダイアーは歯を食いしばっていた。

 伺える表情は……葛藤だ。



「すまない。もう少しだけ……僕の話を聞いてほしい」

「……うん」

「自己満足なのは分かっているけど……僕はこれを、隠し通せるほど強くはないんだ」



 ダイアーの声に、震えが混じり始める。

 この話し方には、覚えがある。

 ついさっきまでの、俺と同じだ。



「君の背中には、ある印の痕がある。背中から肩、そして腰に掛けて刻まれた……君も知っている、ある妖精歌の印だ」

「……うん」

「萌芽の再演という妖精歌は、本来、生きている人間には使われない。印を刻んだ対象を、元通りにつなぎ合わせる妖精歌だけど、莫大な痛みを伴うから……」

「うん」

「それに……傷を負った後に使うものじゃない。元通りに戻せない可能性すらあった」

「……でも、やったんですよね」

「そうだ……僕は……っ」



 ダイアーは、言葉にならない嗚咽を漏らし始めた。

 顔をぐしゃぐしゃに濡らして、鼻水をたらして、表情をゆがめて、俯いて、拳を握りしめて。



「僕は実の娘に、やってはいけないことをした!」

「っ……」



 強い断言。

 不安定な声色。

 俺の心をえぐる。



「自分の浅はかな判断で娘の命を奪っただけじゃなく、冒涜した……! 自己満足で亡骸を元通りにして、罪から逃れるために神に祈った! どうか我が子の息を吹き返してくださいと! 娘よりも、妻を先に治したくせに! その瞬間まで、娘のことなど何も考えていなかったくせに!! 僕は……!」

「やめてください!」



 気付けば、叫んでいた。

 なぜ叫んだのか、よくはわかっていなかった。

 ただ、一つ。

 ただ一つだけ確かなことは……



「パパが自分を責めてるところ、見たくない……」



 気付けば、素直な気持ちは言葉に出ていた。

 もしかすると、さっきのダイアーも、同じ気持ちだったのかもしれない。



「レーダは僕を、父親だと思うのかい?」

「……わかりません」

「そうか……」



 自嘲げなダイアーの声に、二人して、黙り込んでしまう。

 二人して、俯いている。

 何を言うべきなのか、わからない。

 少なくとも、思考をまとめることはできない。



「でも……」



 嘆くダイアーを見て、わかったことがある。

 ダイアーはきっと、完璧じゃない。

 どこもかしこも抜けてるし、今だって不安定になっている。

 だけど……だけどさ。



「今、俺はあなたのことをパパと呼び、あなたは俺のことを、レーダと呼びました」



 それだけでは、何の根拠にもならない。

 言葉の組み立てができていない。

 論理的じゃない。

 それでも……



「それだけじゃ……ダメですか」

「…………」

「それだけじゃ、パパの娘で居られませんか!?」



 ダイアーが目を見開く。

 俺だって、精いっぱい声をはる。

 論拠なんて知ったことか。

 今はただ、俺の気持ちをぶつけるんだ……!



「本を読み聞かせてくれるパパが好きです!

 俺が感想を言ったら、はにかんでくれるパパが好きです!

 優しくて愉快なパパが好きです!

 少しだけ抜けてるけど、いざという時には守ってくれるパパが好きです!

 弓を自慢するパパが好きです!

 カッコつけで、本当にかっこいいパパが好きです!」



 溢れ出したら止まらない。

 俺は、ダイアーと距離を置きたくなんてない。

 だったら、後悔する前に……




 伝えられなかったって後悔する前に、伝えなくてどうするんだ!




「俺はパパを愛しています! パパも俺を! 愛し続けてくれませんか!?」

「っ!!」



 言ってやった。言ってやった。

 後悔はない。だって俺の本心だ。

 ああでも、困るだろうか。

 拒絶したいだろうか。

 不安だ。

 とても苦しい。

 泣きそうだ……!



「……!」





 全身を強く抱きしめられた。





「レーダ」

「……はい」

「僕の……娘になってくれますか」



 ……はは



「元からそうですよ」

「そうか……」



 そこで、俺も、ダイアーを抱きしめ返した。



「君を愛しています。これからも」

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