第12話 妖精歌



 あれから、数日経った。

 春の妖精は、ネルレイラ王とやらへの報告を終えたらしい。



「これでわしとおぬしの契約は成立じゃ。これからは気軽に、リーラントと呼ぶがよい!」

「ありがとうございます。リーラントさん」

「呼び捨てで良いぞ。丁寧な言葉遣いも必要ない」

「じゃあ……ありがとう、リーラント」

「うむ!」



 春の妖精ことリーラントは、すぐに俺との契約を結んでくれた。

 今日はその練習がてら、庭に出ている

 ダイアーは仕事中なので居ないが、その代わりにミナが同伴だ。

 と言っても、遠くの方で椅子に座っているだけではあるけどな。



「さあ、まずは一度、教えた通りに歌ってみるのじゃ」



 すぐ横を飛ぶリーラントに言われた通り、やってみよう。

 これに関しては、一度見たことがあるから、そう難しくはないはずだ。



「葉は落ち脈打ち地に芽吹き、巡りを経たらもう一度。萌芽の再演」



 精霊歌を知った日、ダイアーに見せてもらった二つのうち、一つ。

 歌というよりは、本当に魔法の詠唱みたいだが、細かいイントネーションに気を付けなければ、発動してくれないらしい。



 何とも難しいとは思うが、幸い、今回は上手くいったようだ。

 俺が両手を向けていた先、切り株の上に置かれていたパーツが、一ヶ所に集まっていく。

 バラバラだった木の人形が、少しだけ宙に浮いて、みるみるうちに組み立てられていく。



「おおー! すごいじゃないレーダ!」

「うむ。一発で成功するとはなかなかじゃぞ」



 ミナと、リーラントが手放しに拍手してくれる。

 ふふ、褒められて悪い気はしないな。



「ありがとう。でも、本当にすごいね」

「うん? なにがじゃ?」

「バラバラになった物を直せるなんて、すごいじゃないですか」

「まあ、事前に印を刻んだものしか直せぬがの」



 それでもすごいと思う。

 だってこれ、今回は人形だったけど、少なくとも藁束の的くらいは直せるんだろ?

 俺は武具に詳しいわけじゃないけど、盾とか鎧とか、なんだったら剣とか槍が壊れても直せちゃうんじゃないか?



「それに、一日一回しか使えぬしな。妥当じゃろ」

「あ、そうなんですか」



 あー、なるほど。

 つまりは、でっかいガラスのハンマーを作って砕きながら殴るとか、何度でも修復できる城壁を作るとかしようとしても、限度があるわけだ。

 そこら辺はバランスが取れてるな。

 いや、何に対してのバランスだって話ではあるんだけどさ。



「というわけで、今日はここまでじゃ。明日も頑張るんじゃぞ」

「はい! ……って、え?」

「うん? 言ったじゃろ? 一日一回しか使えぬと」

「はい……え? 他の精霊歌は?」

「あー……」



 俺が尋ねると、リーラントは額を押さえて俯いてしまった。

 え? だって、ダイアーは気軽に使いまくってたじゃないか。



「あの馬鹿者、また勘違いさせおってからに……」

「え、それってどういう……」

「いいかレーダ。基本的に、一人の妖精から力を借りられるのは、一日につき一回だけじゃ」

「え?」

「ダイアーのような妖精たらしを基準にしてはいかぬ。ヤツは魔性の男なのじゃ」

「え……」



 あー……なんとなく理解できた。

 なるほど、通りでダイアーはリーラントのことを春の妖精と呼ばなかったのか。

 これくらい簡単に契約できるなら、春の妖精が複数いてもおかしくはない。



 うん? いや、確か何回か春の妖精って言葉は使ってたはずだな。

 春の妖精は子供好きとかなんとか。

 ひょっとして、春の妖精ってみんなロリコンなのか?



「む、なにか失礼なことを考えておるな?」

「い、いや。そんなことは……」

「まあいいわい。そういうわけじゃから、まともに妖精歌を使いたいなら他の妖精とも契約するのじゃ」

「妖精歌?」

「妖精の力を借りる精霊歌のことを、妖精歌と呼ぶ。この辺りにうるさいものもいるから、以降はそう呼ぶとよいぞ」

「なるほど」



 こう考えると、ダイアーはいろいろ端折ってたんだなぁ。

 その点、リーラントはいい教師だ。

 漏れなく教えてくれるのは、アラサーお兄さん的には助かる。

 二歳児相手なら、ダイアーの方が上手いのかもしれないけどな。



***



 その後、ミナの提案で、リーラントと食事をとることになった。

 一応、妖精も食事をとる必要があるらしい。

 量は必要ないらしいけどな。

 ただまあ……リーラントの前に用意された、酒と干し肉とチーズを見ると、これから起こるであろう惨事もなんとなく想像できた。

 


「おお……可哀想なダイアー。昔はこのおみあしもつるつるだったというのに……」

「リーラント! 人の旦那に何してるの!」

「よいではないか。どうせおぬしはこいつのシモのけまで知っておるのじゃろ?」

「子供の前で何言ってるの!!」

「ま、ワシはつるつるだった時を知っておるがの!」

「もう!」



 ははは、予想以上にひどいな。

 リーラントはその小さな体でダイアーのすねにしがみついて、とんでもねぇセクハラをし始めている。



 ミナはそれにご立腹だ。

 両親が愛し合ってることがわかっていいね。



 ダイアーの方はというと、案外楽しげだ。

 はっきり拒絶せず、かと言って悪ノリもせず。

 そんなんだから魔性の男とか言われるんだろうな。



 しかし……ダイアーは酒は飲んでいないな。

 普段なら、夕飯の時間にはたしなむ程度に飲んでいたはずだが……やっぱり客人の前だと自重するのか?



「そうだ、レーダ」

「ん、なに? パパ」

「今夜、少しだけ時間をもらえるかい? 話したいことがあるんだ」



 なんだろう。また新しい話が書けたのだろうか。

 いつも仕事が短く済むわけじゃないし、そりゃ夜の方が話しやすいよな。



「もちろん。何でも話して」

「ありがとう」



 うん? なんか今日は随分真剣な声色だな。

 なにかサプライズでもあるんだろうか。

 だとしたら驚く準備をしておかないとな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る