第8話 心中に潜む恐怖
「それ! パッチワークベアーじゃ!」
「うわああ!」
「ほれい! ゼラチントードじゃ!」
「ぎゃああ!」
くそっ! また驚いてしまった!
いきなり寒天みたいなヌメヌメでうなじ舐めるのはダメだって!
四六時中薄暗い部屋に居たから不気味系は大丈夫だけど、びっくり系はダメなんだよ!
物音聞いて育ってないんだから!
「はぁ……はぁ……」
「ふはは愉快じゃのう! 一時はどうなることかと思ったが、流石はダイアーの娘! 良い反応をしよるわ!」
「うう……」
この意地悪ロリババアめ……人が涙目になってりゃいい気になりやがって。
「おお? 何じゃずいぶん不満気じゃのう」
「当たり前でしょ!」
これに不満を覚えないわけがない。
特別試験とか言って、自分が楽しんでるだけじゃねぇか。
「いつになったら終わるの!」
俺は空中に向けて精一杯の大声で叫ぶ。
だがしかし数秒待っても笑い声が聞こえるだけで、ロリババアからの返答はない。
「またかぁ……」
ここまで来たらもう確定と言ってもいいだろう。
どうやらあのロリババアには、こちらの声が聞こえていないらしい。
最初にやり取りできていたように感じたのは気のせいだったようだ。
あるいは、何らかの手段で、こちらの動きだけは見えていて、こちらの反応に合わせて喋っていたってところか。
まあ、目を覚ましてからの男口調を聞かれていなかったのは幸いだけど、一方通行で意思の疎通が取れないのはなかなかきついな。
もちろん、俺の精神は大人だから、いきなり泣き出したりなんてことはないんだけどさ。
こうも終わりが見えないと、シンプルに心が折れそうだ。
「ほんと、いつになったら終わるんだ……」
聞かれていないならいいかと、男口調に戻してみる。
案の定、反応はないので俺の読みは当たっているのだろう。
「しかしまあ、試験ねぇ……」
流石にここまでビックリ系のハプニングが多いと、そろそろ感づいてしまう。
たぶんだけどこれ、現実じゃない。
俺が今置かれているこの状況は、夢か幻覚か、あるいは仮想世界ってところなんじゃないか?
二歳児を森に放り出すなんてとんでもない奴だと思ったが、考えてみれば、安全も何も確保されていない森に飛ばしてしまうとか、ダイアーが許すわけがない。
ビックリ系のハプニングしか起こらないからこそ、ダイアーも春の妖精の邪魔をしなかったんだろう。
意地悪なお父様だ。レーダちゃんの好感度が10ポイント下がったぞ。
冗談はさておき、同時にこれは、心強いことでもある。
俺はダイアーに愛されている自信があるし、ダイアーのことを信じてもいる。
つまりは、理由もなくこんな意地悪したりしないだろってことだ。
おそらく、これが特別試験っていうのは本当なんだろう。
突破すれば、精霊歌か、それに付随する何かを教えてもらえる可能性は高い。
こうして関わってる感じ、少なくとも春の妖精は結構自分勝手に見えるし、ある程度楽しんだら解放してくれる可能性も、あるにはある。
だからまあ、こうしてある程度驚いた反応をしてやるのも、精霊歌習得に向けて一役買ってくれているはずだ。
「せえい! ルークワームじゃあ!」
「ぐえええ!」
それまで好き勝手されるのはめちゃくちゃ癪だけどな……!
***
「ぐうぅ……疲れた……」
「お疲れのようじゃのお! 安心せい! もうすぐ出口じゃぞ~?」
「このドSババア……!」
おっと、お口が汚くなってしまったな。直さないと。
レーダちゃんはそんなこと言わない、清楚な子なのだ。
まあ聞こえてないならいっか。
「さて、いよいよじゃな」
「えっ?」
なんだ?
急に春の妖精が真面目な声色になったので、少し気になってしまう。
いよいよってなんだ? ボスでもいるのか?
「許せよ、レーダ。ネルレイラ王との契約により、ワシは人間と、むやみやたらな契約を行えなくなっておる」
「は、はぁ」
「王がワシとの契約を許すのは、ワシの試練を突破した人間のみ。ゆえに、ダイアーはおぬしがまだ子供のうちに、この試練を受けさせたのじゃ」
「それって、どういう……?」
一度情報を整理しよう。今の話を聞く限り、今の状況は試験……というより、試練で間違いなかったらしい。
問題はそれに、ネルレイラ王とかいうやつが関わってるってことだ。
本来なら歌を聞かせるだけだって言うから、もっと軽いものかと思ってたのに、思ったよりもっとシリアスなやつだったのか?
「ま、ワシに心の底から歌を認めさせるのは不可能じゃからな。そう気張らず気楽にいくのじゃ!」
「ええ……」
なるほどね。どうやらこの人、相当なプライドをお持ちらしい。だから実質、試験を受けるしかないってわけで、ダイアーもそれを言外に勧めたのか。
「もう少し進めば、森はおぬしの心を読み解き終える」
なんか不穏なこと言ってるけど、要するにあれだろ?
さっきみたいなビックリイベントをいなせばいいんだろ?
精神はズタボロになるかもしれないけど、最悪、身の危険がないなら簡単な話だ。
「そして、心中に潜む恐怖に打ち勝ったとき、おぬしはネルレイラ王の許しを得るのじゃ」
「恐怖?」
なんだ、随分大仰な文言だな。
恐怖っていうと、やっぱりさっきみたいなやつなんだろ?
「おぬしはまだ子供じゃ。無理だと思ったなら、心の中で強く、【諦める】と、念じるんじゃぞ」
なんだ、いきなり随分優しくなるじゃないか。
心配しなくても、俺もそろそろ慣れてきた。
度重なる破壊と再生により、俺の精神は筋トレの要領で鍛えられている。
どんなビックリイベントがあっても、容易く受け流してみせるぜ!
そう思っていた、次の瞬間。
俺は横腹を強く打たれて、森の木立に叩きつけられた。
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