第3話 春歌の狩人


「ダイアー? レーダをどうするつもり?」



 ダイアーの胸に抱えられ、子供部屋を出たところで、母親から声がかかる。

 居間で年季もののロッキングチェアに腰掛ける、お腹の大きな女性はミナ・ハイマン。ツヤのあるクリーム色の髪を伸ばした、これまたかなりの美人さんだ。



「ああ、ちょっと今日は仕事が早めに終わったから、レーダに弓術を教えようと思ってね」



 彼女の容姿からわかる通り、来月辺り、俺には弟か妹ができるらしい。その関係で、ダイアーは最近、家にいることが多くなっている。というよりは、仕事を早めに終えているって感じかな?



「もう、二歳児が弓なんて見てもわかるわけないでしょ?」



 実のところ、精神年齢ギリギリアラサーの俺から見ても、ダイアーのやっていることはよくわからない。

 でも、そんな俺にとっても、一つだけ確かなことはある。



「ん、ぱぱかっこいいから、れーだはゆみ見たい」



 そう、最近たまに見せてくれるようになった、ダイアーの弓さばきはとにかくかっこいいのだ。具体的に説明するのは難しいが、一目見ただけで、将来的にマネできるようになりたいと思ってしまうほどである。

 もっとも、俺はまだ普通に歩くことすらままならないし、二年経ってやっと両親の言葉がわかる程度にしか成長できていないから、随分気の遠い話にはなりそうだが。



「レーダァ!」

「きゃっ!」



 ダイアーが抱きかかえていた俺を勢い良く持ち上げる。俺の父様は基本的にかっこいいし、言動も良いんだけど、時々オーバーなのが玉に瑕だな。

 実際、そんなことをしていたら悲鳴を上げたミナに、ダイアーが苦言を呈された。俺は一旦わきに置かれて、ダイアーはミナに頭を下げる。

 スタイリッシュなハンター装束のイケメン男が、腰低く平謝りしているさまを見るのはなかなかシュールだ。そんなに腰が低いと、いつか娘から失望されるぞ?

 まあ、俺としては好感しか湧かないというか、なんとなく親近感を感じてしまうけどな。



***



 そんなこんなで、俺たちは家の外に出た。

 俺の家は木造平屋建てというやつだ。

 周囲は林に囲まれているから、土地面積を贅沢に確保できるらしく、小屋は平たくのっぺりとした構造になっている。

 自然に囲まれている上にバリアフリーにも配慮された最高の家だな。俺としても、身の回りに段差が少ないのは助かる。



 抱きかかえられていた俺は、小屋から数メートル離れた薪割り用の切り株の上に設置され、ダイアーは小屋の壁沿いへと移動した。

 小屋の外周の壁には、薪や斧やその他雑貨の他に、わら束で作られた的が、3つ並んでいる。

 ダイアーは右端の的の、更に右側。

 蓋に獣革の貼られた木箱を開くと、中を確認して頷いた。



「じゃあレーダ。そこに座って見てるんだよ」

「わかった」



 俺は大人しく切り株に座って、腕を突いて前のめりになる。

 ダイアーに視点を戻すと、彼は木箱から取り出したのであろう矢筒を担いで、俺の近くに歩いてきていた。



「あれ、ぱぱ、ゆみは?」

「ああ、今日はこれだけやろうと思ってね」



 矢筒の中には綺麗に長さの揃った木の矢が十本ほど入っているが、両手に弓のようなものは見当たらない。

 おそらく、今日は弓は使わないということなんだろうけど、何をするのか見当も付かない。

 ともあれ、ダイアーは矢筒の中の3本を、右手の指の間に挟んで、胸を張る。そのまま大きく息を吸い込む。



「火を吹け波打て木々揺らせ、行方知れずはここへ寄れ」



 困惑する俺を余所目に、ダイアーはそんな言葉を重ねながら、右手を胸元に抱き寄せる。

 言葉の意味は合っているはずだが、明らかに俺に向けられたものではない。

 やがて、何かが空を切るような音が響き始め、やがて木の葉や白い靄が胸元に集まり始めた。



「春の運び屋」



 ダイアーは右手を前方に突き出す。

 瞬間、握り拳は開かれ、手元の矢は消えている。

 どこに行ったのだろう? と思うより先に、俺の耳に破裂音が響く。

 方向は……壁際の的の方だ。



「さあ! どうだレーダ! すごいだろ!」

「えっと……」



 どうだと言われても、反応に困る。

 何故なら、俺には何も見えていなかったからだ。

 おそらく、ダイアーの手元から放たれたのであろう、矢の行方はわかる。わかるのだが……



「こなみじん」



 一体どんな肩力で投げたんだ?

 3つ並んでいた藁の的が、全て分解してしまっている。

 周辺には藁束と、四散した木片が散っている。

 子供的な感性で言うなら歓声を上げるべきなんだろうが、正直ちょっと引いてしまった。

 あと、もっと言うならというか、



「レーダ、ゆみみたかった」



 凄いには凄いんだけど、俺が求めていたのはスタイリッシュなカッコよさというか、ここまでパワー系のやつを見せられたら、正直怖い。



「うっ、そうか……ちょっと張り切り過ぎたかな」



 ダイアーは分かりやすくシュンとしてしまった。

 ミナの時もそうだったけどいちいち怒られた犬みたいでちょっとかわいいなこいつ。



 いや、というか、張り切ってくれてたならもうちょっと喜ぶべきだったか。

 子供の前でなんて危ないことしてんだという気持ちが勝ってしまったけど、普通にカッコ良くはあったんだよな。

 どうしたもんか……



「ぱぱ、今からでもゆみやれる?」

「あ、ああ! お安い御用さ!」



 やはり、調子を取り戻してもらうには、得意分野を見せてもらうしかないだろう。

 実際、俺もダイアーの弓捌きになら歓声をあげられる自信がある。

 問題は、的が爆発四散してしまったから、どこに向けて撃つかってことではあるんだけどな。



「ああ、じゃあ的を直すからちょっと待っててね」

「えっ?」



「葉は落ち脈打ち地に芽吹き。巡りを経たらもう一度」



 的を直すってどういう……と思っているうちにダイアーが早口でまた何か呟く。



「萌芽の再演」



 呟き終えた瞬間、たちまち藁束は集まり始め、渦巻いていく。

 やがて、四散していた藁の的は、元の形へ戻ってしまった。

 何が起こったのか、どういう仕組みなのか、全く見当も付かない。

 でも、俺はこういう、説明のつかない事象を言い表す言葉を知っている。



「ねえ、ぱぱ」

「うん? なんだい?」



 いや、もし本当に……本当にそうだとするなら、俺は大変な経験をしていることになるんじゃないんだろうか。

 生まれ変わりは、生まれ変わりでも。ここは元居た地球ではなくて……



「それ、まほうなの?」



 魔法の存在する、異世界なんじゃないだろうか。

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