第4話 精霊歌
「魔法……というと、ちょっと違うかな」
「そうなの?」
「ああ、興味があるのかい?」
「うん」
弓術も見たいが、正直、俺の興味は、さっきの現象に引っ張られてしまっている。
ここで聞き逃すのもなんだか惜しい気がするし、聞けるなら聞いておきたい。
「レーダは、精霊歌、って言葉を聞いたことはあるかい?」
「ちょっとだけ」
ダイアーとミナの会話の中で、単語だけは聞いたことがある。
ダイアーとミナはおしゃべりな方だし、わざわざ俺の前で会話してくれるから、こういう時置いていかれなくていい。
歌と精霊とは分けて話されていたから、ひょっとすると全く違う日本語訳になるかもしれないけど、それはいいだろう。
「簡単に言えば、歌うといろいろ、不思議な事が起きる歌だよ」
「なるほど」
うん、大変分かりやすいな。もうちょっと難しくして大丈夫だぞパパよ。
「詳しく言えば、妖精とか、聖者の霊とか、海の王様とかと契約してからじゃないと、歌っても何も起きないんだけどね」
そう、そういう説明でいいんだよ。そういう世界感掴める話がもっと知りたいんだよ。
「ぱぱもけいやくしてるの?」
「ああ、さっきのは、春の妖精に力を借りたんだ」
なるほど、さっきのはやっぱり妖精とかそういう不思議存在によるものだったか。
思ったよりこの……もう世界って言っていいか。地球上ではなさそうだし。この世界は、ファンタジーに溢れているらしい。
というか春の妖精って、ジャンルとしては珍しいな。
こういうのって普通、炎とか水とか、シルフとかノームとか、そういう属性を司ってる感じの奴らが集まってるイメージだったけど。
「れーだにもできる?」
「うーん、今すぐは難しいかな」
一応、聞いてみたが、やっぱりそうか。
まあ、だれもかれもが魔法みたいなものを使えたら、治安が大変なことになってしまうものな。
「うん、レーダはまだ、上手くことばを話せないだろう?」
「えっ」
そういう問題なのか? 逆に言えば、滑舌さえよれけば俺にも使えてしまうのか?
「妖精歌を使うには、妖精に認められる必要があるんだ。実際に会いに行って、歌を披露してね」
「なるほど」
だから契約か。
ひょっとすると、面接みたいなものなのかもしれない。
だからみんな使えるわけじゃないし、妖精に良識があるなら、あからさまにやばい奴も弾けるって感じなんだろう。
「ああでも、春の妖精に関しては、レーダならいけるかもしれないな」
「そうなの?」
「ああ、春の妖精は面食いで、子供好きだからね」
ほう、なるほど、容姿で採用してくれるパターンもあるのか。
妖精なんてロマンの塊だし、会えるなら是非お会いしたいところ……って言いたかったけど、面食いで子供好きってところは不安要素だな。ロリコンじゃなければいいけど。
「ダイアー! こっちに来て!」
「げっ」
おう、そしてこれはミナの声だ。
張り切り過ぎの代償を支払う時が来たようだなパパよ。
確かに藁束の的は元通りになっていたが、家の壁から破裂音がして寛容でいられる人間はそう多くはないぞ。
「ぱぱ」
「う、うん……」
「またこんど、ゆみみせてね」
「うん……」
かくして、ダイアーはずぶ濡れのポメラニアンみたいにしょぼくれて、家の中へと消えていった。
俺の方は……少し庭を見てから、お利口に部屋に戻るとしようか。
***
ところで、俺の家は多分、そこそこ裕福だ。
何故か。
それは、毎日ローテーションできるだけのフリフリフリルの備蓄があるから……ではなく、表紙も背表紙もない、されど革のブックカバーで束ねられた羊皮紙の本が何冊か、俺の部屋に放置されているからだ。ダイアー曰く
「読みたかったらいつ読んでもいいからね!」
だそうで、パパがその言葉を発した直後、ミナが吹き出していたのを覚えている。
明らかに印刷機で作られたような字体はしていないから、本文はもちろん、挿絵まで手書き。
おそらくはかなり高価だというのに、ダイアーときたら、そんなものを子供部屋に放置している。
ミナの方も、二歳児に与えるものではないと突っ込んではくれたが、片付けないのだから困りものだ。
子供のやんちゃさを舐めすぎじゃないか?
もし弟か妹が生まれてたら、一瞬で紙吹雪か鼻紙になっちゃうぞ?
ミナの容態を見る限り、俺がお姉ちゃんになる日はそう遠くなさそうだ。
だったら今のうちに、この重要文化財たちを保護しなければなるまい……と思っていたのだが。
「よめない……」
残念ながら、読めない。
言葉は割と早いことわかったから、文字もいけるかと思ったんだけど、やっぱり無理だった。
考えてみれば当たり前だ。赤ん坊が数ヶ月本に触れただけで文字を覚えられてたまるかって話だよな。
「まま。これよんでほしい」
だが、中身アラサーの知能を舐めてはいけない。
わからないことがあったら人に聞く。
こういうときは、社会人の基本行動を取ればいいのだ。
俺社会に出たことないけど。
「ダメよ。自分で読めるようになりなさい」
「えっ」
マジかよ。
ひょっとして本当にこれで文字が覚えられると思っていらっしゃるのだろうか。相当な無茶振りだぞ。
とはいえ……親の言うことだしな。ある程度は従った方がいいんだろうけど……うーむ。
「あ、ああごめんね。別に、本を読むのがダメってわけじゃないの」
「そうなの?」
本を抱える俺を見下ろしながら、ロッキングチェアを揺らすミナは、少し焦ったように訂正する。
そんなに残念さが顔に出てただろうか。
というか、ひょっとして、この本の内容が子供向けでは無いとか、早く知るべきでは無いとか、そういう感じだったんだろうか。
だとしたら申し訳ないことをしたな。
俺だって、即売会で売られているような、R指定がつくタイプの同人誌を読んで欲しいと言われたら、大きくなってから自分で読めと言うだろうしな。
いや、そんなもん子供部屋に置くわけないけど。
「ただ、そこにある本はみんな、ダイアーの書いたものなのよ」
「えっ」
なんと、同人誌は同人誌でも、親の書いた同人誌だったか。
いや、やめよう。響きが酷すぎる。
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