運命論を見つめて。

※この物語は、1話の「少女の運命論」のリメイク版のお話となっています。



「偶然はたったひとつだけならただの偶然だけど、ふたつ重なったら、それはもはや運命だよ。」

そう度々口にしていた少女を、少女の声を、顔を、匂いを、色を、そのすべてを鮮やかに思い出すことがある。



空が真っ青で融けてしまいそうなほど暑かった頃、僕がまだ学ランなんて着ていた頃、その少女はいた。

その少女は奏禾そかという綺麗な名前を持っていた。


じりじりと太陽が地面を照りつけ、遠くの道路にぼんやりと陽炎が立っている。

暑さに眩みそうになりながらかろうじて歩いている僕の少し前を歩いていたのは奏禾だった。

彼女は涼しくて軽そうな白のワンピースをひらひらと揺らし、軽快なステップを踏んで歩いている。

まるで彼女のいるところだけ涼しい風が吹いているようだった。

「ねえ、君。今日も私の話、聞いてくれないかい?」

綺麗な黒髪をふわりと揺らし、彼女はくるりと僕を振り返った。

「君くらいしか真面目に聞いてくれないからさ、私の話。」

彼女は自分だけの世界を持っていた。僕はそんな彼女の世界が好きだった。

吸い込まれそうな青の中、今日も僕は彼女の世界を聞いていた。


「ねえ、君はさ、運命は存在するって思う?」

突然問いかけられてどぎまぎする。

運命……。

僕は彼女のようにはっきりと自分の世界を持っているわけではない。

ただ、今ここに僕と彼女とがいることは紛れもない運命の賜物だと思っている。

それに、彼女がいつも話すのは運命論。彼女のせいというべきか、おかげというべきか、僕は運命を身近に感じるようになっていた。

「……あるんじゃないかな。」

僕が平然を装ってそう言った途端、彼女はパッと明るい表情をした。

「ちょうどいい。今日はそんな運命について話そうじゃないか。」

人差し指をぴんと立てて得意げに彼女は言った。


そして、咳ばらいを一つし、気を取り直して真剣な表情をして口を開いた。

僕は彼女のこの真剣な顔が好きだった。

「あのね、運命は両目で真っ直ぐに見据えないといけないの。

どんなに信じられなくても、受け入れないと進めない――そう、死んでしまうのと同じだから…」

そう真剣に言う彼女の横顔にただただ見惚れていた。

すると彼女はふわりとこちらを向いた。そして、宝石のような綺麗な黒目で僕をじっと見つめ、にこりと笑った。

僕はすっかりその笑顔の虜になっていた。

彼女の瞳の中で時が止まっていた。まるで一つの魔法にかかったように。

ふと白い鳩が数十羽、僕たちの前をざぁーっと横切り、僕たちは目を合わせて微笑んだ。きっと僕たちは映画の主人公になった気分でいた。

これは、「偶然」だった。きっと。


「奏禾っ!!」

はっとして叫んだ時にはもう手遅れだった。

次の瞬間、パッと彼女の笑顔が弾け散った。比喩なんかじゃ、なくて。

偶然、僕が、僕たちがぼぅっと幸せに浸っている時、信号無視の車が彼女のもとへ突っ込んだ。

車は何事もなかったかのように走り去っていった。

その車が見えなくなるまで、僕は恨めしそうにその車を睨んでいた。

「ヒキニゲ」。言葉は知っていても、いざ自分の目の前で起こるときちんと情報処理ができなくなる。

ただただ不甲斐なさとやるせなさが押し寄せてきた。

何かどす黒くて苦いものが滾々と胸の奥から湧いてくる。


彼女の白いワンピースがみるみる赤く染まっていく。

赤いしみがどんどん広がっていくのを眺めながら、周りの大人の甲高い声を聞いた。

遠くからサイレンの音も聞こえた。

けれどもすべての音はいくらか遠くでしか鳴っていないように感じた。

ただ僕はずっと少女を、少女だったモノを見据えていた。両目で、真っ直ぐと。

これは、2つの偶然が重なってできた「運命」なんだ。

胃の中のものがせり上がり、眩暈でふらふらして、呼吸もままならないまま僕は立ち尽くしていた。


ガンガンと痛む僕の頭の中には奏禾の鈴のような可憐な声が響いていた。

『あのね、運命は両目で真っ直ぐに見据えないといけないの。』

ただただ、魔法のように、あるいは呪縛のように、僕は彼女から目が離せなくなっていた。





今でも、そんな夏の日をふと思い出すことがある。

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少女の運命論 葉月楓羽 @temisu00

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