04_07__エピローグには『お約束』を添えて②

●【旧主人公?】宇治上樹

 

 ファミレスへ向かう途中、スマホの着信音が鳴り、坂巻が無遠慮に覗き込んでくる。


「お。水無月さんからじゃないか」

「本当ですか!?」


「あー……、人伝ひとづてにやり取りするのが面倒だとクレームが入ってな」


 以前連絡先の交換を渋ったので言い訳を添えておく。

 ただ、当の隆峰は気にしていないようで、嬉しそうな表情を浮かべていた。


「ん? 出ないの?」

「出る、けど」


 なんとなく、赤羽先生に口付けされた場所に手がいく。

 ……いやいや、教師の在り方にこだわっていた赤羽先生が、生徒に下心を持つはずがない。

 多少の悪戯心は混じっていても、アレは素直な感謝の形だったはず。

 何も疾しいことはないのだから、堂々としていればいいのだ。


 俺は一つ咳払いをしてから、通話ボタンをタップした。


「も、もしもしぃ」

『……開口一番、声を裏返らせてどうしたのよ。気が動転しすぎでしょ』


「ソソソソンナコトネェヨ。俺ハ何モ悪イ事シテナイゾ」

『貴方、本当に何したのよ。カマかける前から自白するとはさすがウジ虫ね。今すぐ吐いて楽になるか、苦しんで吐かされるか選びなさい』


「吐くことは決定事項なのね」


 凄腕の刑事さんかな?


『……まぁ、今はいいわ。今日電話したのはね、貴方に謝らなきゃいけないことがあるのよ』

「謝る!? 水無月が!? 俺に!?」


『貴方は私を何だと思っているのよ。話が進まないから黙って聞きなさい』


 苛立たし気な声に、俺は何度も頷いた。


『先週末、街で買い物をしていたら偶然昔馴染みの――』

 と、不意に強い風が吹いて、思わずスマホを耳から話した。

『――を話しちゃったのよ』


「すまん、風の音で聞き取れなかった。誰に何を話したって?」


『だ、だからね。街で昔のヒロイン仲間の一人、富士野ふじのむらさきと会ったから、貴方の現状を話したの。そしたら――』


 ぜひ他の方も誘って会いに行きたい、って。


 直後、俺は足を止めた。

 スマホが音を立てて地面を転がる。


「宇治上先輩? どうかしましたか?」


 隆峰は固まった俺の視線を辿り、ビクリと肩を跳ね上げる。

 俺たちの進行方向には、道を横断するように三つの人影が並んでいた。


 いずれも、『学校一番』の称号をいただいてもおかしくはない美人ばかり。

 その中央に立つ富士野が一歩前に出ると、ウェーブのかかった亜麻色の髪が揺れた。


 淡く溶けてしまいそうな瞳がゆっくりと細められる。


「あはっ!本当に久しぶりだねぇ。樹」


 耳を甘噛みするようなあでやかな声に背筋が粟立つ。

 その微笑は綿雪のように柔らかいが、アレは獲物を捕食するための罠だと俺は知っている。


「あ! 僕、学校に忘れ物したから取りに戻るね!」

「坂巻先輩!?」


 自称親友は即座に逃げやがった。

 素晴らしい手のひら返しで人間不信に陥りそうだ。

 さっきの気遣いに満ちたお言葉は幻聴だったかもしれない。


「も、もしかして、あの方たちって」


 書き込み事件で写真を見ていたからだろう。

 隆峰も三人の素性に気付いたらしい。

 俺は諦めの境地で頷いてみせた。


「せ、先輩……」


 富士野たちをよく知らない隆峰でさえ、三人の只ならぬ雰囲気に飲まれ、その声は若干震えていた。

 大きな瞳も戸惑いに揺れているが、その奥にはまだ光があった。


 嗚呼、こいつはまだ汚れきっていないのだな――そう思うと、少し救われる。

 今の俺の目は燃え切った木炭みたいになっているはずだ。


「隆峰、聞いてくれ。……俺は恥の多い生涯を送ってきた」

「出だしから不吉すぎません!?」


 そうだな。長々と話す余裕もなさそうだし、簡潔にまとめよう。


「俺の骨はカスピ海にまいてほしい」

「死ぬ前提ですか!?」


「ダメだよぉ。樹はわたしと同じお墓に入るって、誓い合ったでしょう?」

「っ……! こちとら全く記憶にねぇよ! ぐはっ……!」


「先輩が精神的ダメージで吐血した!? きゅ、救急車!救急車ぁ!」

「あらあら、相変わらず樹は世話が焼けるなぁ。救急車を呼ぶなら是非わたしの祖父の病院に連行――」


「あばばばばば」

「ひぃぃぃ!先輩が白目むいて痙攣けいれんしてるうぅ!?」


 隆峰の悲壮な声が夕焼けの空に消えていく。


 薄れゆく意識の中で俺は何度も自分に言い聞かせた。


 デラモテールを抜いた俺は、ラブコメ主人公を卒業したんだ。

 卒業した、はず、なんだっ……!

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ラブコメ主人公は卒業したはず! ひろいち @hase1i1_gb

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