03_06__過去の写真⑥

〇【新主人公】隆峰宙


『ごめん。副部長の代理で急遽部活動会議に出席することになっちゃった。今日の聞き込みは延期しよう』


 調査を始めて三日目。

 最後の授業を終えると、坂巻先輩からメッセージが来ていた。


 先輩は次期部長が内定しているので、声が掛かったのかもしれない。

 僕はしばし考えてから送信ボタンをタップした。


『この二日間で要領は掴めたので、僕一人でも出来ますよ?』

『いやいや。何かあった時のために二人一組が基本だから』


「む……」

 宇治上先輩も坂巻先輩も、少し心配性な気がする。


「難しい顔してどうしたんだ?」

「ぅわ! びっくりしたー……」


 更科さんは時々猫みたいに無音で寄ってくるから、心臓に悪い。

 僕は心拍数の上がった胸を抑え、経緯を掻い摘んで話した。


「なんだ、それならウチがついて行ってやるよ」

「え?」


「二人以上ならその先輩も納得すんだろ? 例の書き込みで宇治上も迷惑してんだろうし、さっさと犯人を見つけてやろうぜ」


 口調はぶっきらぼうだけど、更科さんなりに宇治上先輩を心配してくれているのかもしれない。

 その気持ちが、今はとっても嬉しい。


 リアリティショーに都合が良い展開になっているのは自覚しているけど、気を付けていればなんとかなる、はず……。


『クラスメイトが手伝ってくれることになったので、聞き込みに行っても大丈夫ですか?』

『それ、イマジナリーフレンドじゃないよね?』


『先輩?』

『ごめん冗談。そこまで言うなら止めないけど、くれぐれも気を付けてね!』


「よし!」

 無事に許可を貰えたので、僕は卒業生のリストを持って教室を出た。



「なんだ。もうほとんど終わってるじゃねぇか」

「連絡先が分かっている人は、いったんLIMEで聞き取りをしたからね」


 後で証言の裏はとらないといけないけど、既に白と確定した人も多い。


 直接話を伺っているのは、人伝に紹介してもらった卒業生だけだ。

 事前に連絡したうえで、都合の良い時間や場所を教えてもらっている。


「今日最初に聞きに行くのは、三年生の玉川先輩か。……宇治上先輩と同じ中学だったのは意外だなぁ」

「ん?なんでだ?」


「以前、打ち上げを企画した時に会ったことがあるけど、宇治上先輩のことを知らないみたいだったから」

「そうか? 学年が違う奴なんて普通知らねぇだろ」


「でも、宇治上先輩は有名だったみたいだし、これまで話を聞いた人も噂くらいは知っていたからなぁ」

 少し気になるので、その辺りも含めて聞いてみよう。



 玉川先輩との待ち合わせは情報処理室だった。

 靴棚に上履きを入れ、カーペットの部屋に入る。


 幸い他に利用者はいないので、周囲を気にする必要はなさそうだ。


「すいません、今お時間大丈夫ですか?」

「あぁ、連絡はもらっているよ。宇治上君の件で聞き込みをしているそうだね」


「はい。早速ですが、当日何をされていたか伺ってもいいですか?」

「もちろん」


 玉川先輩はキーボードから手を放して、僕らに向き直った。


「といっても、あの日は自習室で勉強をしていただけだから、話せることはあまり無いかな。途中で小腹がすいて近くのコンビニに行ったけど、具体的な時間までは覚えてないし。こんな話じゃあ、容疑者からは外してもらえないよね?」


「そ、そうですね……」

 僕は答えを濁しつつ、聞き取った内容をメモした。


 聞き込みでは、コチラの情報は極力与えないよう坂巻先輩にアドバイスを貰っている。


「大雑把で構わないので、席を外していた時間は分かりますか?」

「ん-、十七時から十八時のどこか、かな」


 ちょうど書き込みのあった時刻に被ってしまうので、やっぱり保留かな。

 他にも自習室を利用していた人がいたはずなので、後で情報を整理しよう。


 ふとパソコンの画面を見ると、作りかけの校内新聞が映っていた。

「玉川先輩は新聞部だそうですね」


「うん。明瀬中学でもそうだったけど、新聞部や放送部は校内行事に協力することで、学校への貢献を評価してもらえるのさ。だから、推薦狙いの生徒には人気でね」


「中学でも新聞部だったんですか!? それじゃあ、チャットにアップされた写真で何か気付いたことはありませんでしたか?」


「い、いや、特には無いかな」

「そうですか……」

「君は随分と感情が表に出やすいみたいだね」


 玉川先輩が苦笑いしながら言った。

 ポーカーフェイスを保てない自分が悲しい……。


「最近は宇治上君も校内を歩き回っているけど、もしかして彼とは別々に調べているのかい?」


「えっと、お察しの通りです。なので、先輩には内緒にしておいてもらえると助かります」


「そうなのか」

 玉川先輩は驚いたように目を見開くと、しばらく考え込んでしまった。


「あの、どうかしましたか?」


「…………あまり陰口みたいなことを言いたくはないけれど、君には話しておこうか。最近は色々な所で宇治上君の噂を聞くけど、その中に危うい話があったんだ。隆峰君は、彼が一度浪人した理由を知っているかい?」


「いえ、知らないですけど……」

「うん。実は、彼がなぜ高校受験に失敗したのか、誰も知らないんだ」


「あ?何だそれ?」

 肩透かしを食らったと言わんばかりの更科さんに、玉川先輩は静かに頷いてみせた。


「私立受験については、直前に交通事故に遭ったからだと分かっている。でも、公立受験の日に彼がなぜ会場に現れなかったのか、誰も事情を知らないらしい。正確に言うと、受験当日を含む約一か月間、彼がどこで何をしていたか誰も知らないんだ」


 空調の音がやけに大きく聞こえ、僕は思わず息を呑んだ。


「そして、いなくなったのは宇治上君だけじゃない。とある女子生徒も一人、同じタイミングで姿を消した。彼女に至っては、今なおどこにいるか知られていないらしい」


「まさか行方不明ってことですか!?」


「さすがにそこまで大袈裟な話じゃないよ。彼女のご両親は『県外の学校に進んだ』と周囲に話しているそうだ。でも、その姿を実際に見た人はいない。……その女の子は当時、宇治上君と付き合っていると噂されていた子でもあるんだ」


「…………」


 打ち上げの日、水無月先輩が言っていた。

 物語が終わった後、先輩たちの関係はある出来事で大きく変わったと。


 その出来事について宇治上先輩は口を閉ざし、もう一人の女子生徒には


 坂巻先輩も言っていた。

 おそらくその出来事の後で、宇治上先輩が『俺の物語はバッドエンドだ』と零したと。


「…………なんで」


「本当にどうしてだろうね。僕も噂を集めてみたけど詳細は分からなかったよ」


 違う。

 もちろん宇治上先輩とその女子生徒に何があったかは気になる。

 でも、僕が混乱している一番の理由はソッチじゃない。


――なぜ玉川先輩は宇治上先輩についてそんなにも詳しいんですか?


 尋ねたい言葉が、喉につかえて出てこなかった。


 チャットの書き込みで先輩は有名になってしまったから、校内で噂が再燃するのは理解出来る。

 でも、普通は知りもしない後輩の噂を嬉々として集めるだろうか?


 ソレを僕に語った理由は、本当に善意だろうか?

 一見柔和に見える玉川先輩の表情が、今は薄気味悪い。



「アンタさぁ、さっきから何が言いたいんだよ」


 苛立たし気な声に振り返ると、更科さんが眉間に深い皺を刻んでいた。


「人から聞いた噂を、頭空っぽでよく堂々と話せるもんだなぁ? どんな屁理屈をつけようが、結局はアンタが宇治上は危ねぇ奴だって言いたいだけだろ」


「さ、更科さん。少し落ち着いて」


「……あぁ、君が一年生で有名な更科君か」


 玉川先輩の仮面に、その瞬間ハッキリとヒビが入った。


良い噂は聞かないね?」

「っ……!んだと、コラァ!!」


 更科さんが胸倉を掴んだ瞬間、玉川先輩は罠に嵌った獲物を見下すように笑った。


 僕は慌てて二人の間に割って入ろうとして――扉が開く音でピタリと止まった。


「……えっ、何? お取込み中?」


 廊下には、呆気にとられた表情の宇治上先輩と赤羽先生が立っていた。

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