03_02__過去の写真②

〇【新主人公】隆峰宙


「チャットの告発写真見た? アレ、ヤバくない?」


 翌日、放課後のテニスコートで女子部員たちの嫌な会話が聞こえてきた。

 球拾いに集中しようとしても、嘲笑う声は遠慮なく耳に飛び込んでくる。


「宇治上パイセンが美少女を侍らせていたって噂はネタかと思ってたけど、写真があるならマジなのかな?」


「でも噂の美少女たちはガチで芸能人レベルなんでしょ? 釣り合わなくない?」

「そう?パイセンも顔は悪くないじゃん。陰があって独特な雰囲気もあるし」


「えぇ……意外。ああいうのがタイプなの?」

「だって美少女を虜にするくらいアレが上手いかもよ?」

「うわっ、下ネタかよ!」


「っ……!」

 陰口なんて無責任な世間話の延長だと分かってはいるけど、あまりに聞き苦しい。


「それに、今日の昼休みも七組でひと騒動あったらしいよ。聞いた話じゃ、宇治上パイセンがウザ絡みしてきた女子を泣かせたんだってさ。ヤバいよねぇ」


「えっ」

 不穏な内容に思わず振り返ると、

「おーい。そこの一年生はストローク練習まだでしょ?早くコッチ来な」


「了解でーす。今行きまーす」

 球出しをしている先輩から声が掛かって、女子部員たちの会話が途切れた。



 僕は居ても立っても居られず、坂巻先輩に駆け寄った。

 テニス部に七組の一年生はいないし、事情を知っている人のほうが話しやすい。


「坂巻先輩は顔が広いですよねっ!?」

「え、急に何? 知り合いは多いほうだと思うけど」


 あ。ちょっと身を乗り出しすぎて引かれてしまった……。


「す、すいません。今日の昼休みに、宇治上先輩のクラスで何かあったかご存知ですか?」


「あー。一応知ってるけど……」

 僕がじっと見つめ続けると、先輩は諦めたように肩を竦めた。


「八組の女子生徒――仮にXとさせてもらうけど、彼女が樹に突っかかったらしい。元々無駄にマウントをとりたがる女の子みたいでね。道端にサンドバッグが転がっていたら、蹴飛ばさなきゃ損だと考えるタイプらしい」


 そんなシチュエーションありますか……?

 多分、人が失敗した時に大袈裟に騒ぎ立てる人なのだろうけど。


「僕が聞いた話だと、Xさんは樹の前の席を陣取って何か喋っていたらしい。会話の内容はきっと例の写真絡みだろうね。近くの人は嫌な空気に身構えていたかもしれない」


 その予感は、実際すぐに的中してしまった。


「多分、無視されて取り合ってもらえなかったんだろう。Xさんがキレて樹の机にあった教科書を払い落とした。その時のXさんを見る樹の目は、相当ヤバかったらしい。僕にも覚えがあるよ。多分、道の真ん中に不法投棄された粗大ゴミでも見てる目だったろうね」


 坂巻先輩の頭の中には、色んな物が落ちてるなぁ……。


「そこからはもう一方的。樹は正論で滅多打ちにしたらしい。Xさんは大声で喚き散らしたけど、弱い犬にしか見えなかったとか。最終的に『キモイ』と『ウザい』しか言えなくなったタイミングで、樹が思い切り蹴った」


「ぅえ!? 宇治上先輩、手を上げちゃったんですか!?」


「さすがに暴力を振るっていたら大問題になっているよ。樹は座ったまま太ももで自分の机を蹴って、『Xさんの剣幕に驚いた』と棒読みで言ったらしい」


「あぁ、そういうことですか」

 僕も慌てて立ち上がろうとしたクラスメイトが、同じように足をぶつける瞬間を見た覚えがある。


「それは凄い音がしたでしょうね」

「うん。ただでさえ追い詰められていたXさんは、椅子から転げ落ちて泣き出したそうだよ」


 その後、宇治上先輩は逃げ帰るXさんを見届け、何事もなかったように携帯電話をいじっていたという。


「樹があまりに殺伐とした目をしていたからか、目撃していた子に『宇治上さんは戦場帰りの軍人?』って真顔で聞かれちゃったよ。大袈裟だよねー」


 坂巻先輩は笑っているけれど、その人の気持ちはちょっと分かる。

 実際、死線は何度かくぐっているみたいだし……。



「悪意をもって絡んでくる人にも動じないなんて、宇治上先輩はやっぱり凄いですね。あんな書き込みをされて、学校も動いてくれないのに、自分で犯人を見つけようとされて……。僕が同じ立場だったら泣き寝入りしていたかもしれません」


「……隆峰君」


「おーい、誰かー、ボールをこっちに持って来てくれない?」

 コートで球出しをしている先輩から声が掛かったので、僕は近くにあったカゴを持ち上げた。


「ボールを補充してきますね」

「うん、分かった――って、ちょ、前見て!」


「え」


 間抜けな声を漏らした直後、目の前にテニスボールが迫っていた。

 瞬間、頭部に衝撃が走り、僕の視界は青い空で埋め尽くされた。

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