03_01__過去の写真①
〇【新主人公】隆峰宙
「すまない、遅くなった」
赤羽先生は面談室に入るなり、そう言って向かいの席に腰を下ろした。
ソファに座る僕たちを見て、首を傾げる。
「えーと、今回の騒動について説明するために宇治上君と水無月君を呼んだわけだが、なぜ隆峰君と華菱君もいるのかな?」
「俺が呼びました。どうせ後で二人にも共有するので、手間を省こうと思いまして」
宇治上先輩が涼しい顔で答えると、先生は肩を竦めた。
「分かった。君たちの中で話がついているなら私は口を挟まないよ。……それじゃあ、まずは簡単なおさらいから始めよう。宇治上君を中傷する投稿があったのは、
花崎高校ではCANVASと呼ばれるサポートサイトが用意されている。
各生徒に一つのアカウントが与えられ、臨時休校の連絡や資料の配布、レポートの提出など用途は様々だ。
チャットルームもその一つで、クラスや部活などのグループ単位で作成されている。
「ご存知の通り、チャットルームは招待された生徒しか参加出来ないが、今回は書き込みを面白がった生徒が拡散してしまい、広く知られる騒ぎになった」
赤羽先生は話しながら、テーブルの上にプリントを並べた。
「コレが例の投稿だ。ある先生が削除前に撮っておいてくれたものをプリントしてきた。タイムスタンプからも分かるように、書き込まれたのは放課後の午後十七時半頃。内容は……まぁ、御覧の通りだ」
――宇治上樹は女の敵。
そんな一文と共にアップロードされた四枚の写真には、いずれも宇治上先輩と女性のツーショットが映っていた。
抱き着かれたり、手を繋いだりと、いずれの女性とも親密な様子が窺える。
でも、女の敵はさすがにこじつけだと思う。
悪意を持って先輩を貶めようとしているのは間違いない。
女性の顔が黒く塗り潰されているため判別はつかないけれど、この中の一人は水無月先輩なのだと思う。
「話がややこしいのはここからだ。書き込みをしたアカウントの持ち主に事情を聞いたところ、アカウントが何者かに乗っ取られていたことが分かった。該当の時刻、本人は部活に参加していて、周囲の証言から無実だと確認もとれている」
「つまり、その生徒のログイン用パスワードが犯人に漏れていたってことですか?」
「そのようだ。アカウントの持ち主は『パスワードは誰にも教えていない』と主張しているが、入力しているところを盗み見られた可能性までは否定出来ないらしい」
「成る程。だから全校生徒にパスワードを再設定するよう通達があったんですね」
宇治上先輩の呟きに、赤羽先生は大きく頷いた。
「CANVASの運営会社によれば、書き込みには情報処理室のパソコンが使われたらしい。ただ、誰でも使用できるパソコンのため、利用者の特定までは出来ないそうだ」
「つまり容疑者は全校生徒と教員の千人以上ですか。B級映画の煽り文句みたいですね」
「……随分落ち着いていますね」
当事者とは思えない淡白な感想に思わず口を挟んでしまった。
「いや、本音を言えば
「うっ、宇治上先輩。殺気が漏れてます」
「そこはせめて怒気でよくない?」
すいません。目が怖かったのでつい……。
「教員側で把握出来ている内容は以上だ。今のところ、犯人を特定するには当日の目撃情報に期待するほかない」
「それは、仕方ないですね」
先生たちの姿勢は消極的にも見えるけれど、狭い学校の中では先生に事情を聞かれただけでもあらぬ噂が立ちかねない。
二次被害を防ぐためには、慎重に動かなければならないのだと思う。
僕は発言の許可を求めるように小さく手を上げた。
「あの、警察に調べてもらうことは出来ないんでしょうか?」
「……校長先生は校内で解決したいと考えているようだ」
「どうしてですか? 最近はSNSの悪質な書き込みだって調べてくれるじゃないですか」
「個人の問題ならともかく、学校の事情が絡むと軽率には動けないのよ」
水無月先輩が溜め息交じりに言った。
「警察が動けば世間に醜聞が広まって、保護者も事情を説明しろと騒ぎ始める。最悪の場合、学校の責任問題にも発展しかねないから、上の人たちは出来るだけ穏便に済ませたいのよ」
「そんな!体面のために諦めろってことですか?」
「おいおい。隆峰がヒートアップしてどうする。冷静に考えてみろ。警察がこんな子供の悪戯に、時間と労力を割いてくれると思うか? SNSの書き込みみたいに、IPアドレスを開示して終わる案件じゃないことは明らかだろ」
「っ……」
僕が言葉に詰まると、宇治上先輩は苦笑いを浮かべて先生に向き直った。
「というわけで、俺は警察に届けるつもりはありませんから、安心してください。そもそも名誉棄損は親告罪ですし」
「……すまないね」
申し訳なさそうに顔を歪める先生を見て、僕も二の句を継げなかった。
もしかしたら、上の人たちから宇治上先輩を説得するよう指示されていたのかもしれない。
「ただ、個人的に犯人捜しはしてみるつもりなので、ご迷惑を掛けたらすいません」
「それは怖いな。ぜひお手柔らかに頼むよ」
不穏な申告に、赤羽先生は表情を緩めて笑った。
その後、続報があれば教えてもらうよう頼み、僕たちは面談室を出た。
「さっきは、勝手に熱くなってすいませんでした」
小さく頭を下げると、水無月先輩と宇治上先輩が顔を見合わせた。
こういうちょっとした仕草は息が合っている。
「別に貴方が謝る必要はないでしょう。学校側だって完全に放置するつもりはないはずよ。おそらく今は状況の推移を見守っているのね」
「隆峰もよく覚えておくといい。下手に騒いで学校から目の敵にされると後が怖いぞ。同情されている内が華だ」
もしかして、経験からのアドバイスなのかな?
実践する機会が無いことを祈りたい……。
僕は怯んだ気持ちに蓋をして、お腹に力を込めた。
「あの、僕にも犯人捜しを手伝わせてくれませんか?」
「……やっぱり一緒に事情を聴いてもらって正解だったな」
宇治上先輩はそう言って、切なげに目を伏せた。
「なぁ、隆峰。俺たち、しばらく距離を置こう」
「なぜ突然の別れ話!? 水無月先輩も冷めた目で見ないでください。違いますからね!?」
「あら?私に気を遣う必要はないわよ。多様性の時代だもの」
水無月先輩もそういう悪ノリするんだ……。
心底呆れているだけかもしれないけど、それはそれで怖い。
「冗談はともかく、隆峰は今回の件に関わるべきじゃない。犯人捜しなんてリアリティショーには打って付けの舞台だ。細かいイベントを起こす未来が目に浮かぶ」
「で、でも、今回の事件そのものが、僕の物語のイベントかもしれないじゃないですか! それなのに、僕が何もしないなんて……」
「相変わらずお前は難しく考えすぎだな」
いつか聞いた言葉を繰り返して、宇治上先輩は笑った。
「前にも話した通り、デラモテールは起こりえる未来の中でしか運命を操れない。つまり、火種が無い状態からは事件を起こせないんだ。犯人は元から俺に悪意を持っていて、隙あらば攻撃するつもりだったはず。騒ぎを起こすタイミングに細かい違いは出たかもしれないが、隆峰が責任を感じる必要はない」
「でも――」
「俺だって、隆峰が関わる事件だったら迷わず協力してもらったさ。だが、今回は俺だけで完結できる可能性が高い。わざわざ首を突っ込む必要はないだろ」
間抜けな僕は、そこでようやく先輩の意図に気付いた。
僕では足手まといになってしまうかもしれないのだ。
宇治上先輩も、僕が戦力になるなら協力を拒まなかったに違いない。
だって、僕が退けばデラモテールが干渉しなくなるなんて保証はない。
無理やり僕を関わらせようと誘導されれば、事態が悪化する恐れだってある。
どちらの選択が正しいかは、誰にも分からない。
宇治上先輩は二つを天秤にかけた上で、僕が関わらないことを選んだ。
その判断を覆せるだけの実力が、僕にないだけだ。
「心配しなくても、今回の犯人はわざわざ学校を巻き込んで騒ぎを起こすような馬鹿だ。灰色の脳細胞なんて無くても、地道に証言を集めれば解決できるはず。実際、容疑者の絞り込みは難しくないからな」
「え。本当ですか!?」
「あぁ。ちなみに、現在の最有力容疑者は坂巻だ。俺を
「なんでですか!? 坂巻先輩ならあの日は部活に参加されていましたよ!」
「チッ」
「舌打ち!?」
ジョークだとは思うけど、内容だけ聞くと心臓に悪い……。
「そういうわけだから、リアリティショーの講義もしばらく中止だ。隆峰は自習でもしておいてくれ」
宇治上先輩はそう言って踵を返し、クレアさんの腕を掴んだ。
「ちなみに、何のしがらみもないクレアには協力してもらうからな」
「もちろんです!精一杯頑張ります!って、あの、歩くの、速いですっ!もうちょっとスローペースで――」
賑やかに去っていく二人を、僕はただ見送ることしかできなかった。
「本当に、大丈夫でしょうか?」
「放っておけばいいわ。あんな啖呵を切って失敗したら自業自得よ」
水無月先輩の声に心配している様子はなく、なぜか心臓を握られるような痛みがした。
静かな雨音が響く廊下は、水槽の中みたいに息苦しかった。
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