02_16__お守りに願いを④
●【旧主人公】宇治上樹
「樹さん! 私、おみくじを引いてみたいです!」
相変わらず日本文化に興味津々のクレアは、目を輝かせて俺の裾を引っ張ってくる。
毎回なぜ俺を巻き込もうとするのか謎だ。
「僕も引こうかな。初詣で引いたのは、受験用みたいな雰囲気だったし」
隆峰がポツリと呟くと、その場の全員が何となく引く流れになった。
「やったー! 大吉ですよ! 大吉!」
このご時世、おみくじ一つでここまで喜ぶ高校生も中々いないだろう。
クレアの手に握られた大吉君も心なしか誇らしげに見える。
「う~ん。小吉かぁ」
「私は吉だ! ……あれ? 吉って大吉の下? それとも小吉の下?」
「大吉の下だと思うよ。私は小吉だけど、内容は悪くないかも」
それぞれが一喜一憂する中、俺のおみくじは――中吉か。
ネタにもならない中途半端さだな……。
「おい。これはおみくじの結果として正しいのか?」
ムスッとした表情で更科が掲げたのは末吉のおみくじだ。
ただ、本人が気にしているのは運勢よりも学問の項目らしく、そこには簡潔に一言。
――励め。
「アハハハッ!更 科君にはピッタリじゃないか!」
「その通りだけど、なんか納得いかねぇ」
「神様からのエールだと思って受け取っておきなよ」
「むぅ……」
ツボにハマったらしく、遠慮なく背中を叩く赤羽先生。
更科は不貞腐れているものの、完全に無抵抗だ。
「……そういえば、更科は赤羽先生には気を許しているよな」
「そうか? まぁ、赤羽センセーは他の教師と違って質問しても嫌がらずに教えてくれるし。数学以外も見てくれるから、結構世話になってるけど」
「マジで?」
それは、さすがに過保護では?
「あの、俺が口を挟むのもおかしいですけど、ちょっと頑張り過ぎじゃないですか?」
「あー、……私もちょっと深入りし過ぎかなと思ってはいてね」
先生も自覚はあるらしく、気まずそうに頬を掻いた。
「ただ、更科君は幾つかの授業で露骨に指名を避けられているらしくてさ。……いや、先生側の気持ちも分かるんだ。最後尾の生徒にペースを合わせていたら、授業が進められないからね」
先生の言う通り仕方ない面もあるが、除け者扱いにされる側は中々キツイ。
更科は勉強する意思はちゃんとあるみたいだし。
「それに、私も学生時代に遊び惚けてドロップアウトしかけたことがあってね。他人事とは思えなくてさ」
「あー……」
「待ってくれ。なぜ人の顔を見て『納得』みたいな空気を出しているのかな? 言っておくけど私の派手な顔立ちは生まれつきだからね? 夜遊びしても顔は変わらないよ?」
俺の勝手な主観では、先生はスーツよりもドレスのほうが似合いそうだ。
コミュ力も高いから、夜の蝶でトップを狙えるかも。
「宇治上君? 心の声が顔に出てるよ?」
「ごめんなさい」
俺的には掛け値なしの賛辞だが、不快に思われたなら頭を下げるしかない。
「更科君もやる気になっている今がチャンスなんだ。『人はいつでもやり直せる』と簡単に言っても、実際に這い上がるのは難しい。誰かが少しくらい手を引いてあげてもいいと思ってさ」
「先生がそうしてもらったように、ですか?」
赤羽先生は返事の代わりに肩を竦めた。
要するに、その体験が今のルーツでもあるのだろう。
「お。和菓子制作の生徒も戻って来たようだ。私は点呼をとってくるよ」
そう言って、先生は鳥居のほうへ歩いて行った。
多分、踏ん切りがつかなくて逃げたな……。
俺は首を突っ込むべきかしばらく迷ったが、クレアと相談して更科に声を掛けた。
「さっきの話だけど、赤羽先生一人に頼りすぎるのはよくないと思うぞ」
「は? なんでだよ。勉強を教えるのがアイツの仕事じゃねぇか」
「限度ってもんがあるだろ。例えば、更科みたいな生徒が五人もいたら、それだけで半日以上かかる。それに、先生は補習が終わった後に、後回しにしていた自分の仕事を片付けるんだぞ?」
「それは…………か、考えたことなかった」
最後に漏れた一言が、更科の性格をよく表している気がした。
更科は直情型で、勘違いや粗暴な言動も目立つが、人を傷つけて悦に浸るタイプには見えない。
少し考える幅を広げるだけで、行動も良い方向へ変わりそうな気がする。
「ローカルニュースによれば、県内に務める教師の平均残業時間は九十を超えるそうだ。中には体調を崩して仕事を辞める人もいるらしい」
「そう、なのか」
「もちろん、全く頼るなとは言わない。ただ、先生の受け持ちである数学に絞るべきだ。他の教科は、俺とかクレアなら多少時間はとれるし」
「……へ? いいのか?」
「はい。私、勉強は自信ありますよ!」
クレアはサポート業務に集中するため、既に三年分の勉強を詰め込んできたらしい。
俺も浪人中に高校の勉強を先取りしていたので、今は余裕がある。
既に隆峰も手伝っているみたいだし、分担すればさほどの手間でもないだろう。
「ありがとう。スゲー助かる!」
更科がやけに嬉しそうに頭を下げる。
俺はやっぱりこういう裏表のない反応にはちょっと弱いらしい。
「……赤ペン先生ほど教えるのは上手くないだろうけど」
余計な一言をつけ足し、話を切り上げた。
+ + + + +
社会科見学が終わった夜、ベッドに寝転がっていると隆峰から通話がかかってきた。
『今日はありがとうございました。帰りはバタバタしていてちゃんとお礼を言えなかったですけど、おかげさまで午後はイベントに悩まされずに済みました』
メッセージでもいいだろうに、本当に律儀な性格だ。
「隆峰の物語は思っていたよりも平和かもしれないな。お互いの距離を注意するだけでも結構効果があるらしい」
『はい。お二人が上手く間に入ってくれたおかげだと思います』
隆峰もちゃんと気付いていたか。
デラモテールはヒロイン以外の人物ともイベントを起こすが、それは明確な目的があるからだ。
誰彼構わずいたずらに巻き込むことはしない。
カオスな俺の物語でさえ、物語に無関係な人物とのラッキースケベは一度も起きなかった。
俺やクレアのようなモブが舞台の中心に立つだけでも、邪魔な壁くらいの妨害は出来るらしい。
「最終的には隆峰たちだけで上手く距離を図って、イベントを避けるのが理想だな」
『うっ、が、頑張ります……』
弱気な返事に少し笑ってしまった。
『話は変わりますけど、宇治上先輩のお守り、確かまだ一つ余っていますよね?』
「そうだな。俺は時間的に二つ作るのが限界だったし」
「もしよかったら、その一つを水無月先輩に贈りませんか?」
「ん? なんで水無月に?」
「ダメですか?」
「いや、別にいいけど」
「ホントですか!」
やけに嬉しそうな反応に思わずスマホを見つめた。
どうも俺たちの関係を誤解されている気がする。
まぁ、六月には水無月の誕生日もあるし、打ち上げの礼も兼ねて贈るにはちょうどいいか。
俺が作ったお守りなんて、特級呪物としてお焚き上げされるかもしれないが、それはそれでストレス発散くらいにはなるだろう。……なるよね?
それから二言三言交わして、通話を切った。
風呂に入りたいが、愛しのベッドが俺を離してくれない。
まどろみの中で自堕落な自分と格闘していると、再び携帯電話が鳴った。
画面には再び隆峰の名前が表示されている。
「もしもし。まだ何か――」
『宇治上先輩! 見ましたか!?』
「はい? 開口一番何の話だ?」
『え? …………あ、そっか。先輩、教室ではほぼぼっちだから情報が回ってきていないんですね』
「お前はわざわざ喧嘩を売りに来たのか」
『あ、いえ、そうじゃなくてですね!』
隆峰はしびれを切らしたように声を張り上げた。
『学校のチャットルームに、宇治上先輩を中傷する書き込みがアップされているんです!』
「……は?」
俺はすっかり忘れていた。
ろくでもないイベントは、大抵油断した時にやってくるのだ。
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