02_12__面談②

●【旧主人公】宇治上樹


 その後の面談は順調に進んだ。


 二人目と三人目のヒロイン候補も、説明中は終始しゅうし首を傾げていたが、イベントを防ぐ協力はしてくれるらしい。

 隆峰の前で空気を読んだ気配はあったものの、頭ごなしに否定されなかっただけでも十分だ。


 そして、迎えた面談最終日――


「すいません! 急遽テニス部のミーティングが入ってしまいました! 終わり次第戻ってきますが、不都合があればリスケしてください! それじゃあ、行ってきます!」

「お、おぉ……」


 出だしから、隆峰が不在になってしまった。


「……というわけで一対一になったけど、このまま進めて大丈夫か?」

「別にウチは構わねぇけど」


 ぶっきらぼうな口調で言ったのは、四人目のヒロイン候補、更科さらしなかおるだ。


 気の強そうな猫目に、外はねが印象的なカシスオレンジのミディアムヘア。

 着崩した制服はオシャレよりも窮屈きゅうくつを嫌う印象が強く、背もたれに寄り掛かる姿はだらしない。


 中学時代は荒れていたそうで、一年生の間では名前が知られているらしい。


「それで今日は何の話だよ。隆峰と二人でお説教でもするつもりだったのか?」

「初対面の同級生を連れてきて説教はしないだろ。というか、説教される身に覚えがあるのか?」


「……隆峰に勉強を教えてもらったのに、中間試験は赤点ばっかだったし」

「それは大変だな……」


 一年の中間はそれほど範囲も広くないだろうに。


「あ。もしかして、テメェもウチが花崎にいるのは場違いだって言いたいのかよ」


 俺の渋面をどう解釈したのか、更科が突っかかってきた。


「誰かにそう言われたのか?」


「教師もクラスの連中も、遠回しによく言ってるよ。信じなくても構わねぇけど、ウチは売られた喧嘩以外は買わねぇ主義だから。中学の時だって、難癖付けられたのを返り討ちにしただけだ」


 真偽のほどはさておき、更科の出身中学が荒れているのは有名だ。

 周辺には学校を名指しして出禁措置をとっている飲食店もあるらしい。


「俺は更科の武勇伝は知らないが、入試を突破したなら文句を言われる筋合いはないだろ」


 デラモテールが操作した可能性は高いが、それだって更科に非があるわけではない。


「ただ、外見や態度でいうなら素行が悪そうな印象を受けるのは仕方ないと思う。良い印象を持たれたいなら、ポーズでもそれらしくしておけばいいのに」

「……これでも髪色とかは結構変えたつもりだけど」


 本人も改善するつもりはあるらしく、小さく舌打ちしてから体を起こした。

 拗ねたように唇を尖らせる姿は年相応で可愛らしい。


 正直、俺的には敬語を使われないだけで、更科の株が上がっていたりする。

 腫物はれもの扱いな部分も共感できるし。


「教室に味方はいないのか? ――あぁ、隆峰は大丈夫か」


「おう。数は少ねぇけど、話しかけてくれる奴はいるよ。隆峰とかは怖がりもせず、ウチのことをカッコいいって言ってくれてさ。勉強も教えてくれるし、スゲェ助かってる」


「成る程、それで惚れたというわけか」

「惚れ……! おまっ、馬鹿かっ! しばくぞ!」


 えぇ……? 意外に純情だな。

 顔が茹で蛸みたいに真っ赤だ。

 まぁ、今のは本人がいないからと、口を滑らせた俺が悪い。


「スマン。今のはちょっとデリカシーが無かったな……」

「そうだぞっ。惚れたとか、そんなわけ、無い、ことも、な……ぐぐっ……」


 すぐに謝ると、更科は怒るに怒れない感じで、バグってしまった。

 な、なんかゴメンね……?



 さて、傷口を広げない内に、さっさと本題に入ろう。

 俺はわざとらしく咳払いを挟んで話題を切り替えた。


「今から話す内容は、隆峰も関わっているからしっかり聞いてほしい。更科はリアリティショーって知ってるか?」

「いや、知らねぇ」


「人を集めて、課題を取り組ませた時に起きる人間ドラマを楽しむ番組なんだが……ピンときていなさそうだな」

「ウチはテレビとか見ねえから、クラスの連中が騒いでるドラマとかはよく分かんねぇよ」


 そう言って、更科が口にしたタイトルは、ドラマではなく漫画だった。

 最近映画化されて、ニュース番組でも取り上げられるほど流行っている作品だ。


「もしかして、漫画とか映画も全く見ない?」

「ガキの頃に少しは見てたと思うけど、ほとんど覚えてねぇし」


 つまり、ストーリーを楽しむ作品には、ほとんど触れてきていないのか。


「ちなみに、ラブコメは分かるか?」

「…………米の品種」

「うん。努力は買う」


 まさか、ラブコメがコシ〇カリの親戚とは。

 過去には米を擬人化したアニメもあったけど、そんな話をしたら更科を混乱の極みに叩き落としそうだ。


 ……しかし、困った。

 『神様が見ている』だなんて非現実的な話は、フィクション以外で接する機会がない。

 隆峰たちがすぐに理解してくれたのも、創作物に触れてきた下地があるからだろう。

 予備知識ゼロの状態だと何から説明すべきだ?


「ん~……」


 神様のリアリティショーではフィクションのお約束みたいなイベントがよく起きるので、やはり物語の基礎から始めるか。


「まず、ラブコメディは恋愛を題材にした物語に、喜劇の要素が入った作品だ。登場人物の言動が面白かったり、仲睦ましい様子が微笑ましかったり、種類は色々ある」

「……なんとなく、理解は出来る」


 更科はでかい餅でも飲み下すように頷いた。

 早速ギリギリかもしれないが、先に進もう。


「ラブコメでよく見られるのが、ハプニングの中で関係を深めるタイプの作品だ。例えば、更科が隆峰と街で歩いている時、チャラついた男に絡まれたらどうする?」

「全力で殴る」

「…………今の例えは忘れてくれ」


 そうだよね。チャラ男くらいじゃ、返り討ちだよね。


 むしろ、危なっかしい更科に慌てながらも、憧憬しょうけいの眼差しを向ける隆峰の姿がありありと浮かんでしまった。


 逆だ。

 カッコイイ女性は素敵だと思うが、今は更科に共感してもらわなければ意味が無い。


「……ちなみに、更科が怖くて身震いするモノって何かあるか?」

「あ? そりゃあ、赤点とか?」


 それは俺も怖い。

 でも違うっ! そうじゃない!


 俺は吊橋効果に近い、ハラハラするシチュエーションが説明したかったんだ……!


 ぐっ……。中々思い通りにいかないな。

 だが、諦めるのはまだ早い。


 俺だって、これまでサブカルに慣れ親しんできた矜恃がある。

 更科にはぜひこの機会にフィクションの素晴らしさを分かってもらおう。

 俺の説明は、これからだっ!



+ + + + +



「ハァ、ハァ、すいません、遅くなりました! ――って、宇治上先輩が真っ白に燃え尽きてる!?」


 ミーティングから戻ってきた隆峰は、教室に入るなり素っ頓狂な声を上げた。


「すまん。隆峰……。俺は、失敗してしまったかもしれない」


「え!? 今度は一体何をやらかしたんですかっ! 昨日まではもっと時間がかかっていましたよね!?」


 ……隆峰の俺に対する信頼が下がってないか?

 いや、正当な評価と言われれば、その通りなのだが。

 俺は一抹の寂しさを感じつつ口を開いた。


「実は――」



 あの後、固い決意とは裏腹に、俺の説明はことごとく失敗に終わった。

 なにせ、ラブコメのお約束について様々な角度から説明を試みたものの、返ってくる言葉は「は?」か「あ?」だ。


 「なんで?」と聞かれても、「そういうものだから」としか答えられなかいので、我ながら説得力がない。


 焦る俺と、理解できないことに腹を立てていく更科。

 綺麗な八の字の眉は『私はあなたの話が理解できなくて、とても不機嫌です』と如実に物語っていた。


 仕方ないので俺は険悪になってしまった場の空気を払拭するため、茶目っ気たっぷりに小首を傾げた。


「もぅ、怖い顔しないでよぉ! 眉間に小皺ができちゃうぞっ☆」


 瞬間。垂直に蹴りあげられた机が鼻先を掠めた。

 あの時はマジで小便ちびるかと思った。


 俺は即座に椅子を立ち、土下座に移行。

 中学時代に鍛え上げた匠の技で、更科も怒りを鎮めてくれた。

 呆れられただけかもしれないけど、深くは考えない。


 万策尽き、最早これまでかと諦めかけたころで、更科がしかめっ面のまま口を開いた。

「リアリティショーの話はいまいち分かんなかったけど、要するにウチが隆峰に近付くのはよくねぇって話か?」


「お。そうそう。一定の距離を保てば、イベントも置きづらくなるから――」

「……やっぱり、ウチが近付くと隆峰に迷惑が掛かんのか」

「あ」


 どうやら、更科は周囲に疎まれている件と混同して、勘違いしてしまったらしい。

 イベントを避ける手段としては間違っていないのだが、目が若干潤んでいたし、さすがに肯定する場面ではなかった。


「問題なのは距離間であって、隆峰と関わることは何の問題もないから」

「だけどさぁ」


「隆峰は更科のことを『尊敬してる』と言ってたし、変に避けられるのはアイツも望んでないはずだ」

「……その話、ホントか?」


 強く頷くと、更科はホッとした様子で「分かった」と小さく零した。

 結局、その後も良い説明は思い浮かばなかったので、予定より早めに解散することになったのである。



+ + + + +



「――べ、別に元ヤンが怖かったわけじゃないんだからねっ! 勘違いしないでよねっ!」

「なぜ突然ツンデレモードになったんですか!?」


 ハッ、いかん。

 ラブコメについて考えすぎたせいで、脳がショッキングピンクになってしまった。


「色々あったみたいですけど、そういう理由なら仕方ないと思います。僕も上手い説明は思い浮かびませんし……」


 さりげなくフォローを入れてくれる隆峰の気遣いにほろりとしてしまった。


「いやー。あの純粋で裏表のない反応をされるとさすがの俺も罪悪感が疼いてなぁ」

「……先輩に、罪悪感?」


 『そんな高尚なものが存在したの?』とでも言いたげな目である。


「お前も中々言うようになったな……」


 先輩として、嬉しいような悲しいような複雑な気分ですよ?

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