02_13__お守りに願いを①

●【旧主人公】宇治上樹


 高校生の一大行事といえば二年時の修学旅行だが、大抵は一年にも小旅行が存在する。


 花崎高校の場合は社会科見学と呼ばれ、行き先は県内の旧城下町だ。

 午前はベルトコンベアの気分で資料館を一周し、午後からは各自が希望した体験学習に参加することになっている。


「わぁ! 奇麗な街並みですね!」


 朝からフルスロットルの天使様は、昼食を終えてもガス欠する気配がない。

 体験学習に向かう道中さえ楽しそうで、江戸時代を思わせる商店に目を輝かせている。


「見てください! あの土蔵、下半分がなまこ壁になってますよ!」

「なまこ?」

「ほら、黒と白の格子状になっている部分です」


 あぁ、あのワッフルみたいな壁は、そんな名前がついてたのか。


「入り口も素敵ですね!私、蔵戸前くらとまえの重厚な雰囲気がとても好きなんです!――おっとっと」


 うん。楽しいのは分かったから、前を見て歩こうね?

 俺は目移りするクレアを引っ張りながら進んだ。


「それにしても今日は皆さんで同じ授業に参加出来て良かったですね!」

「そうだな。お守り制作は飛びぬけて人気だったのに、よく全員揃って通ったもんだ」


 聞いた話では、定員三十人に対して希望者が百人を超えたらしい。

 隆峰たちはデラモテールの操作があったにしても、俺とクレアは純粋にくじ運のはずだが――


「まさかが働いたわけじゃないよな?」


「あはは……。ただの偶然だと思いますよ」


 俺の思い付きを、クレアは首を振って否定した。


「デラモテールが主人公を補助する『主人公補正』は、危機的な状況でのみ作動する救済措置です。隆峰さんが私たちと同じ授業に参加したいと願っても叶えてくれません。それに、万が一作動しても、イベントを起こす力に比べれば、微々たるものなので今回の状況を再現出来ないと思います」


「そ、そうだよな」


 不運続きで偶にある幸運さえ疑ってしまう自分が悲しい……。


「それにしても、お守り制作が何でこんなにも人気なのかね?」

「えー、樹さん知らないんですかー?」


「……天使様、無知な仔羊にどうか知恵をお与えください」

「フフッ、仕方ないですね。教えてさしあげましょう!」


 クレアはとても嬉しそうに胸を張った。

 空気を読んだ俺を誰か褒めてくれ。


「今回参加する授業は、地元の繊維メーカーが協賛している地域振興企画です。最初は小さな催し物でしたが、お守りをデザインした方が、有名な賞をとられて一躍注目を浴びました」


 成る程。それは確かに縁起が良い。


「海外の有名なアーティストさんもそのお守りを絶賛して、一時は数万円の高値がついたそうですよ。今では素材を通販で買えるようになりましたが、講義はいまだに一年先まで予約が埋まっているらしいです」


「つまり、学校の行事は順番を待たずに参加できるプラチナチケットなのか」


 おそらく有名になる前から学校と提携して開催していたんだろう。



 雑談しながら歩いていると、会場の文化会館に辿り着いた。

 隆峰たちは既に到着しており、入り口付近でかたまっている。


 今日は生徒側のヒロイン候補三人にクレアを紹介できる貴重な機会でもある。


「というわけで、クレア隊員。いってらっしゃい」

「了解です!」


 俺の雑なフリにも、クレアは笑顔で敬礼した。


「皆さーん、初めまして! 華菱クレアです。本日はよろしくお願いします!」


「お、おぉ」

「わぁ! 宙君に聞いてたけど、奇麗な金髪に碧眼」

「お人形さんみたい……」


 突如飛び込んできたクレアにさすがの三人も面食らっている。


「なぁ、その青い瞳はカラコンじゃないんだよな?」

「はい。天然ものです。でも私は皆さんの黒や茶色の瞳もとっても奇麗で素敵だと思いますよ」


「そうか? ――って距離近ぇよ!」

「フフッ、皆さんとっても美人さんですね!」


「は? ば、馬鹿じゃねぇの。ウチがそんな、美人とか、ねぇから!」


 さすが良くも悪くも遠慮のないクレアだ。

 一瞬で懐に入り込んでしまった。


 あと、意外に更科は自己評価が低いな。

 顔を真っ赤にして慌てている。


 しかし、一年の綺麗どころが集結したおかげで周囲の視線が凄い……。

 近付くのを躊躇っていると、苦笑いしている隆峰と目が合った。

 …………クレアのフォローは任せた!


「え」


 俺は笑顔でサムズアップして、入口へと向かった。

 隆峰が慌てていたけど何とかなるだろう。



 館内では、今日作るお守りの見本が展示されていた。


 デザインは十種類以上用意されており、雪輪に紛れて和傘、宝づくしの中にレンコンなど、和柄に地元の名産品や景色が盛り込まれている。

 和の雰囲気を上手くデフォルメし、根強い地元アピールをお洒落に見せるアレンジはさすがプロの技だ


「宇治上先輩、逃げましたね……」


 恨みがましい声に振り替えると、疲れた様子の隆峰が立っていた。


「隆峰もリタイアしたか」

「だって、皆さんが揃うと周囲の目が痛くて……」

「ん。あれは仕方ないよな」


 俺は一人で逃げたことを棚に上げて労った。

 まぁ、コミュ力の高いクレアなら一人でも大丈夫だろう。女子だけのほうが話しやすいこともあるだろうからな。

 

 隆峰は俺の横に並ぶと、明るい笑みを浮かべた。


「素敵なお守りですよね。一人三体まで作れるそうですよ」

「へぇ、太っ腹だな」


 お守り制作の参加費は学校行事用の特別価格なので、安く感じる。


「やっぱり女性に贈るなら一番人気がある、『恋愛成就』か『縁結び』ですかね?」


 隣の主人公君が何か不穏なことを言い出した。


「……その女性ってご家族の誰か?」

「いえ、せっかくなので、更科さんたちに贈ろうかと」


 はにかんで答える隆峰に悪気はなさそうである。

 キミ、普段は常識人なのに、たまに天然ボケを炸裂させるね?


「隆峰。客観的に考えてみてくれ。お前があの三人に恋愛絡みのお守りを贈るのか?」

「…………あ。まずいですよね?」


 俺の目にも三人の好意は隆峰に向いているように見える。

 彼女たちが贈る分には積極的なアピールともとれるが、その逆はエグイ。


 仮に三人の中の誰かと付き合ったとしても、残り二人の願いは叶わないので、盛大な皮肉になりかねない。


「全員まとめて受け入れる覚悟がないなら止めておくべきだな」

「そ、そうします」


 隆峰は顔を赤らめて、別のお守りに視線を移した。

 俺のボケにも突っ込む余裕はなかったらしい。


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