02_11__面談①
●【旧主人公】宇治上樹
「神様によるリアリティショー? いやいや、そんな話を簡単に信じられるはずないだろう」
「デスヨネー……」
赤羽先生が呆れたように頬杖をつき、乾いた声が放課後に空しく響く。
今日のために三人で話す内容を吟味し、『これならどんな疑り深い人でもイチコロだぜ!』と息巻いた結果がコレである。
やっぱり深夜テンションって、アテにならないな……。
俺を見る隆峰の瞳には、もはや若干の憐みさえ混じっている気がした。
い、いや、大丈夫だから。ここから挽回できるかもしれないから。
俺は軽く咳払いを挟み、肩を落とした。
「やっぱり、どんなに真剣に話しても先生にとっては子供の戯言ですよね……」
露骨に同情を誘ってみると、赤羽先生は頭痛を堪えるように額を抑えた。
「ちょっと待ってくれ。『話を聞いてもらいたい』と呼ばれて、悩み相談かと身構えていたところに、奇天烈な話を聞かされた私の気持ちも察してくれないか? 教室の机をわざわざ三者面談みたいにセットしているのも、冗談か本気か判断に迷うところだ。もしかして宇治上君は、何事も形から入るタイプかな?」
「ぐっ……」
図星を突かれ、明後日のほうを向いてごまかした。
隣の隆峰は深く頷いたが、気にしたら負けだ。
「もちろん私も、君たちの話を全て否定するつもりはないさ。嘘を吐くメリットがないし、君たちの言うイベントの件はちゃんと覚えている。今期は二年生の授業を受け持つ予定だった私が、一年生の担当になったのも、今にしてみれば面白い巡り合わせだ」
「そういえば、七組の担任を務める予定だった先生にお子さんができて、交代になったそうですね」
「ギリギリ引き継げるタイミングだったから運が良かったよ。ただ、交代が間に合わなかったとしても、産休に入られたら私が引き継いだだろうから、遅いか早いかくらいの違いだったかもね」
意図的な操作があったと考えるには微妙なラインだな。
デラモテールは無意味な操作はしないので、イベントの布石ならタイミングにも理由があるはずだが、…………さすがに考える材料が足りないか。
全てを矢の仕業と決めつけるのは疑心暗鬼と同じだ。
ただの偶然かもしれないし、いったん保留にしておこう。
「俺も非現実的な話をしている自覚はありますから、今はリアリティショーの話を覚えておいてもらえれば十分です。隆峰だってまだ半信半疑ですから」
「分かった。私もイベントとやらが起きないように注意はしておくよ」
「助かります」
俺は座ったまま小さく頭を下げた。
赤羽先生はイベントの経験回数も少ないので、リアリティショーについては実感が薄いはず。
表面上だけだとしても、かなり大人な対応をしてくれていると思う。
「あと、一応確認しておくけれど、私がしつこく絡んだせいで、遠回しに文句を言われているわけではないよね?」
「そんなつもりはありませんから、誤解しないでください!」
隆峰が立ち上がらんばかりの勢いで否定すると、先生は苦笑いしてホッと息を吐いた。
「それなら良かったよ。先日も体育祭の打ち上げに押しかけてしまっただろう? 隆峰君は女子生徒に人気だし、周囲が気にする場合もあるからさ」
「そんな、僕なんて背は低いし、線も細いですし」
「こらこら、自分を卑下するのはよくないよ? それに、演劇部の顧問として言わせてもらえば、人の印象なんて所作一つで大きく変わるものさ。例えば、水無月君は常に姿勢が良いから、実際の身長よりも大きく見えるだろう?」
「確かに!」
隆峰は早速実践しようと思ったのか、座ったまま姿勢を正した。
「そうそう。軽く胸を張って、顎を引き、視線を下げないだけで自信に溢れた印象に変わる」
「こうでしょうか」
従順に試す隆峰に先生は笑みを深め、人差し指を口元に添えた。
「あとは話し方だ。下手に声を低くする必要はない。落ち着いて、自分のペースを保つだけでも、余裕のある雰囲気が出せる」
「慌てて喋ると、忙しない印象になりますからね」
「うん、良いじゃないか!……フフッ。楽しいねぇ、私好みに整えていく感覚。実に美味しそうだ」
「「っ……!」」
赤羽先生は吐息混じりにうっとりと目を細めた。
頬杖をついたまま、柔らかそうな唇を摘まんで見せる。
高校生には出せない
前髪の隙間からのぞく
――まぁ、完全に赤羽先生の悪ノリだが……。
たとえ演技でも破壊力は一級品。
隆峰も顔を真っ赤に染め、怯えるように体を寄せてきた。
気持ちは分かる。
俺たちのような童貞野郎だと、男の尊厳ごと丸呑みされそうな強者感があるからな。
俺はエセ狩人から庇うように腕を伸ばした。
「お客さ~ん、ウチの子をあまり怖がらせないでくれませんかねぇ。大体、教師が教え子に色目を使うのは倫理的にどうなんです?」
「おやおや、そんな情緒のない一般論で水を差さないでくれよ。倫理など、大いなる愛の前ではただの詭弁さ。昔の人はとても素敵な言葉を残した。何事もバレなきゃ犯罪じゃないのさ!」
過去には聖職者とも呼ばれた教師が、ろくでもないこと言い出した。
「そういえば、宇治上君は数学の集合や背理法が苦手だったね」
「……急に何の話ですか?」
「以前から君にお勧めしようと思っていた参考書があるのさ。あまり有名ではないが、様々な応用問題まで網羅した優れモノだよ?」
「ほ、ほう」
身を乗り出した俺をじらすように、赤羽先生は机から体を離す。
「だが、私だって教師である前に人の子だ。意地悪を言う生徒には教えてあげられないよ。本当に残念だ。大学受験まで使えるとっておきの一冊なのに」
「赤羽先生! 隆峰はちょうど
「宇治上先輩!?」
隆峰は売られる仔牛のような目で俺を見た。
大丈夫! 安心しろ!
きっと優しくシてくれるはずだから! 美味しく頂かれてきなさい!
「クッ……、アハハハハ! 君らは本当に面白いな!」
「宇治上君は演劇の経験があると聞いていたが、中々迫真の演技じゃないか」
「あはは……。赤羽先生もさすが演劇部の顧問ですねー。臨場感たっぷりで圧倒されましたよー(棒読み)」
横から切ない瞳を向けられたまま、「で、参考書は?」と聞く度胸はない。
い、いや、演技だからね?
後輩をそうやすやすと売ったりしないよ?
「おっと、もうすぐ十八時か。私はそろそろ仕事に戻らないとね。手伝ってあげるから、動かした座席はちゃんと元の形に戻そうか?」
「あ、はい」
教師の顔に戻ってしまったので、生徒として素直に従った。
面談に使った机は四つだけだが、スペースを空けるために周辺の机も動かしたので、元に戻すのは地味に手間がかかる。
手伝うと言ったのも建前ではなかったようで、赤羽先生も率先して動いてくれた。
打ち上げの監督に来てくれた件といい、面倒見の良い人だ。
「これで最後ですね」
隆峰が机を持ち上げると、横に掛かっていたトートバッグが静かに落ちた。
「おっと、隆峰君。荷物が落ちて――――つっ!」
ガツッと、脚が机にぶつかる鈍い音が響いた。
赤羽先生が一歩、二歩とよろけ、隆峰に後ろからもたれかかる。
「ふわっ!」
「ッ…………、痛ててて。すまんね。君たちの話を否定した私が、早速イベントとやらを起こしていたら世話ないな」
「いいいいえ、だだだだ大丈夫ですっ!」
火を噴きそうなほど真っ赤な隆峰に対して、赤羽先生は苦笑いしながらも平常運転だ。
ただ、今の光景は少し違和感があった。
「先生、もしかして右足を痛めているんですか?」
「ん? いや、問題ないよ。ちょっと躓いてしまっただけさ」
「そう、ですか」
足をぶつけた時、衝撃以上に大きくよろけて見えたのは、気のせいだったかな。
単に当たり所が悪かったのかもしれない。
ぶつけたのが足の小指だと洒落にならないくらい痛いし。
……想像しただけで、背筋にゾワっときた。
「よし、机も戻し終えたな――っと、そうだ。忘れるところだった。さっき話していた参考書は、『お酒の肴におススメの高校数学入門』だ。大人の趣味用にまとめられた本だが、例文がコミカルで図解もたくさん載っているからお勧めだよ」
「あぁ、ありがとうございます」
お礼を言うと、赤羽先生はニッコリと笑って踵を返した。
「それじゃあ、君たちも遅くなる前に帰りなさい」
颯爽と去っていく後姿を眺めていると、横から深い溜息が聞こえてきた。
「……大丈夫か?」
「は、はい。なんとか」
言葉とは裏腹にまだ耳が赤い。
隆峰は手で顔を扇ぎながら、いじけるように唇を尖らせた。
「宇治上先輩は僕と違って、イベントに巻き込まれてもあまり動じなさそうですよね」
「そんなわけないだろ。同じ状況になれば普通に慌てるぞ」
隆峰の中で、俺はどんなキャラ付けをされているのやら。
「ただ、隆峰もパブロフの犬は知ってるだろ?」
「? えっと、飼い犬にごはんをあげる時、特定の合図を繰り返すと、その合図を聞いただけで涎が出るようになる話ですよね?」
模範的な回答に頷いて返す。
俺の場合は多分ソレと同じだ。
「中学の三年間、俺はラッキースケベが起きる度に殴られたり蹴られたりしてきた。つまり、女性と接触する度に痛みと恐怖を同時に刷り込まれてきたと言い換えることも出来る。結果的に生理的反射が恐怖で上書き――」
「あっ。もういいです……」
隆峰は真っ青な顔で震えだした。
俺は純真な後輩の肩に手を置き、笑顔で親指を立てる。
「隆峰も早くコッチ来いよっ!」
「良い笑顔で人を道連れにしようとしないでください! 僕は無様でもいいから、人並みの感情は失いたくないですっ!」
「おい、人を勝手に闇堕ちさせるな」
若干否定しづらいだけに傷つくだろ。
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