02_10__転校生
●【旧主人公】宇治上樹
中学卒業までの九年間、俺が所属していたクラスには、合計五名の転校生がやって来た。
いずれも個性的なメンツだったので、毎回大なり小なり驚きがあったが、転校生を一目見て、頭を抱えたのはさすがに今回が初めてだ。
「みんな静かにしてくれ。突然だが今日からクラスの一員となる転校生を紹介しよう」
赤羽先生が促すと、その女子生徒は金色の髪を揺らして一歩前に進み出た。
「はじめまして。華菱クレア(偽名)です。物心つく前に日本を離れ、長らく海外で暮らしてきました。日本での生活は不慣れなため、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、仲良くしていただけると嬉しいです。よろしくお願いします」
金髪碧眼・帰国子女の笑顔に、クラスメイト達は呆けた顔で拍手を送っている。
「本人も話していた通り、しばらくは生活の違いに戸惑う場面も多いはずだ。彼女が困っていたら、近くにいる者はすすんでサポートしてあげてほしい。それじゃあ、華菱君は窓側の一番後ろの席だ」
うん。知ってた。
先週まで無かった机と椅子が現れた時点で嫌な予感はしてた。
でも、よりにもよって同じクラスの隣の席なんて偶然ある?
これ何てラブコメ?
クレアが教壇を降りると、全員が面白いくらいにその動線を目で追いかける。
まるでランウェイを歩くモデルのようだ。
「よろしくお願いします!」
「ヨロシク……」
俺の気持ちを知ってか知らずか、天使様の表情は明るい。
好奇心を抑えられない様子で、頬が
「おっと、消しゴムを落としたよ」
「え? ありがとう、ございます?」
俺は予備の消しゴムと一緒に、ノートの切れ端を折り込み手渡した。
クレアは怪訝な顔でその紙を開き、
『今日の放課後、ツラ貸せや』
「……ぁぃ」
中身を見て、プルプル震えだした。
逃げんなよ?
+ + + + +
「どういうことか説明してくれない?」
ようやく訪れた放課後、誰もいない教室で俺はクレアに詰め寄った。
誰かを壁ドンしたいと思ったのは生まれて初めてだ。
もちろん純真無垢な威圧目的である。
「転校してくると聞いてはいたけど、なんで七組なの? 隆峰たちのサポートに来たなら、近くにいなきゃ意味ないよね? 頑張るって張り切っていたのは口だけ? やる気ある? 無いなら、やる気スイッチの場所を教えて? 壊れかけの加湿器を完全停止させた俺のゴールドフィンガーで押してあげるから」
「お、お怒りはごもっともですが、まず私の話を聞いてくださいっ!」
壁際で必死にホールドアップするクレアを見て、俺はいったん矛を収めた。
「以前もお話しした通り、天界の道具を使えない私は人間と変わりありません。デラモテールも私を特別扱いはしないので、どの教室に配属されるかは、先生方の采配次第なんです」
「その理屈は分かるけど、今回も
「可能かもしれませんが、長く関わっていく先生たちを買収したら、今後に悪影響が出かねませんから」
……一理ある。
だが、人智を超えた力があるのに使えず、手段を選ばない立場なのに慎むというのはじれったいな。
きっと天界の連中はサポート要員を派遣したことで、問題が起きた責任は果たしたつもりなのだろう。
その人材が役に立たなかったとしても、天界側は何も困らないのだから対応が雑になるのも当然だ。
「ちなみに、明言されてはいませんが、私が七組に配属されたのは先生方の配慮かもしれません」
クレアは苦笑いしながら、人差し指を立てた。
「先日私が学校へ挨拶に来た際、私と樹さんが話しているのを、学年主任の方が偶然目にしていたそうです。日本の暮らしに不慣れだとお伝えしていたので、知り合いのいるクラスを融通してくれたのかもしれません」
「……先生方の気遣いが身に染みるなぁ」
あまりの優しさに涙が零れそうである。ちくせう。
「でも、今日の様子を見る限りじゃ、学校で俺が出る幕はあまり無さそうだな」
「アハハ……。初日とはいえ、まさかあんなに関心を持ってもらえるとは思いませんでした」
休み時間は常にクレアの席が取り囲まれていたからな。
他のクラスの生徒ものぞきに来ていたせいで、いつもより教室が狭く感じられた。
「今は動きづらいですが、サポート業務には支障がないようにしますので」
クレアは両手を合わせて申し訳なさそうに言った。
今日は仕事を忘れて楽しんでいたのかもしれない。
目的を思い出してくれたのは良いが、少々勘違いしている気もする。
「クラスメイトと仲良くするのは別に問題ないだろ。人手が必要になった時に手伝ってもらえるかもしれないし」
人脈は得難い武器だ。
クレアのコミュ力を活かせるし、手放すのはもったいない。
「俺や隆峰とばかり接しているより、社会勉強にもなる。しばらくは学校生活に慣れるのがクレアの仕事でいいと思うぞ」
「成る程です!頑張ります!」
天使様は勢いよく身を乗り出してきた。相変わらず無駄に距離が近い。
「お二人とも、お待たせしました」
話が一段落着いたところで、隆峰が教室に入ってきた。
打ち上げのレポートを渡したいと、連絡をもらっていたのである。
「……思っていたよりページ数が多いな」
「水無月先輩がこれまで僕の周りで起きたイベントを全てまとめてくださったみたいです」
「マジか」
打ち上げ中に起きたイベントだけで十分だったのだが、気を利かせてくれたらしい。
表紙を捲ると、裏に大きな付箋でメッセージが書かれていた。
『ウジ虫へ。
現状、私たちの物語より大人しい印象だから、サポートは貴方たちに任せる。何かあったら早めに相談して。それと、過去のイベントは表にしてまとめておくと、分かりやすいわよ』
……ごもっともです。
パラパラと流し見するだけでも、イベントが起きやすい場所や、ヒロインごとの傾向が上手くまとめられている。
イベントの内容しか聞き取っていなかった俺とは大違いだ。
「すまん。悪いけど、水無月に改めてお礼を伝えておいてくれないか?」
「あの、僕が間に入るよりも、水無月先輩の番号を教えましょうか?」
「お前は俺に死ねと?」
「なんで生きるか死ぬかの問題になるんですか!?」
水無月とホットラインを繋いだら、いつ正論パンチが飛んでくるか分からないだろ。
心がナメクジな俺は、頭上に塩をぶら下げられたままでは生きていけないのである。
「お手数お掛けして大変申し訳ありませんが、どうか人命を助けると思って」
「かつてないほどの低姿勢ですね……。別に連絡を取るのは構わないですが……」
……え? なに?
隆峰のじっとりとした視線は気になったが、藪蛇の気配がしたので俺は資料を盾に遮った。
「ヒロイン候補の絞り込みも済んだし、次はリアリティショーについて説明しないとな。まずは面識のある赤羽先生から始めるか」
「お一人ずつ順番に説明していく予定ですか?」
クレアの問いに頷いて返す。
「全員を集めて一斉に済ませられれば楽だが、各々の反応をしっかり見ておきたいからな」
「皆さんの協力を得られれば対策もしやすくなりますし、ここは正念場ですね!」
「あー……、張り切っているところ悪いけど、クレアは今回お留守番だ」
「なんでですか!?」
「今後、クレアの正体は出来るだけ隠しておこうと思ってな」
隆峰には事前に接触していた経緯もあって打ち明けたが、これから会う人たちにはわざわざ話す意味がない。
「全員が主催者側のサポーターを受け入れてくれる保証もないし、最悪の場合、邪険に扱われるかもしれないだろ」
「うっ……」
「素性を明かさないなら、転校してきたばかりのクレアが俺たちと説明役に回るのもおかしな話だ。騙すようで気は引けるが、同級生として関わっていくのが無難じゃないか?」
「……そうですね。分かりました」
「で、でも、女性陣のサポートには、クレアさんが頼りですから!」
「はい、ありがとうございます」
慌ててフォローを入れる隆峰に、クレアは控えめな笑顔で応じた。
「あの、僕からも一ついいですか?」
隆峰は授業のように小さく手を上げて言った。
「水無月先輩の見立てでは、赤羽先生はヒロインの可能性が低いそうですが、先生にも事情をお話しするんですか?」
「あぁ、当然の疑問だよな」
資料によると、赤羽先生は他のヒロイン候補三人に比べてイベントの発生回数が極端に少ない。
具体的にはまだ三回で、隆峰がこれまで話題にしてこなかったのも納得の数字だった。
「問題はヒロインかどうかよりも、イベントが起きているかどうかだ。注意を促す意味でも話しておいて損はないと思うぞ」
「成る程。確かにその通りですね」
「赤羽先生は自ら生徒の打ち上げに参加するような人だし、案外面白がってあっさり受け入れてくれるかもな」
「……なんだか、フラグを立てているようにしか聞こえないですけど」
楽観的な俺の言葉に、隆峰が小首を傾げた。
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