02_06__【幕間】天使様の地上生活奮闘記①

●【旧主人公】宇治上樹


 打ち上げに参加するはずだった土曜日の昼下がり。

 無為な時間をキルしていると、クレアが家を訪ねてきた。


「ようこそおいでくださいました、クレア様」

「え!? 突然来たのに、どうして歓迎ムードなんですか? 前回とのギャップが強くて、怖いですよ!?」


 不可抗力とはいえ、人に仕事を押し付けて得た休日は、落ち着かないんです……。

 俺は疑心暗鬼な天使様をお菓子でそそのかし、早速来訪理由を聞きだした。


「へぇ、クレアも今日から現世で暮らし始めるのか」

「はい! クレア・パーカー、本日より地上観察ドラマ・臨時対策業務現場部長に着任いたしました!」

「おおー」


 胸を張って宣言する天使様にささやかながら拍手を送っておく。ぱちぱち。

 なぜ誇らしげなのか分からないが、ノリって大事。


「そういえば、現世で暮らすといっても住民票はどうしたんだ? 学校に通うなら必要だよな?」

「生活の準備は専門の部署に手配していただきました」


 天界には現世の暮らしをサポートする仕事もあるのか。

 地上に定住する天使もいるらしいが、漠然と予想していたより多いのかもしれない。


「ん? でも、天界のオーバーテクノロジーも使えないのにどうやって?」


「同僚に紹介してもらった男性に売ってもらいました。『うちが扱うのは調べられても足が付かないクリーンな商品だけだ』とのことです。なぜか喪服で顔に傷もあって、ちょっと怖かったですけど」


 あっるぇー、おかしいなー。住民票ってお金で買える代物だったかなー?

 僕子供だからよく分かんなーい。分かりたくなーい。


「どうして目が泳いでいるんですか?」

「社会の闇を垣間見たからです」


 まさかの裏ルートかぁ……。

 天界から見れば正道も邪道も同じ道に過ぎないだろうが、当たり前のように語られると怖い。


「と、ところで取引の時、その喪服紳士を怒らせたり、目をつけられたりしてないよな?」

「仲間のアドバイスに従って顔は隠していましたし、大丈夫だと思いますけど」


「本当だな!? 日本の常識に疎い外国人なんて絶好のカモだぞ! 下手をすると、知らない間に詐欺の片棒を担がされて、海に沈められるんだからな!」


「なんですかその具体的な妄想!? 仲間からの忠告はちゃんと守ったので大丈夫ですよ。……多分」

「よし! 最後の一言は聞かなかったことにしよう!」


 クレアの『多分』ほど怖いものはない。

 いっそ前振りかと思えるくらいだ。


「……まずい。話せば話すほど不安になってきた」


 事情を知る俺だから話してくれたのかもしれないが、この調子でうっかり口を滑らせたら、天然を通り越して通報案件だ。


「ちなみに、クレアも日本の常識は勉強してきたんだよな?」

「はい。ゼンチ・ゼンノウという道具で覚えてきました。ヘルメット型の装置で、覚えたい知識を設定しておくと、寝ている間にインプットしてくれる優れものです」


 学生にとっては、夢のような道具だな。

 ネーミングセンスは相変わらず小学生レベルだが。


「全自動型万能ウィキ〇ディアみたいなものか」

「ウィキ……? なんですか?」


 ウィキ〇ディアは常識の範囲外なのか……。

 確かに雑学やサブカルといわれても否定はできないが。


「致命的ではないにしても、話をしていると世間知らずな印象は否めないな」


「うっ、やっぱり違和感がありますかね……。ゼンチ・ゼンノウにはあらゆる知識が詰め込まれていますが、私の容量には当然限界があります。頭をパンクさせないために出力を抑えると、どうしても虫食いのような知識になるそうです」


 訂正、思ったより恐ろしい道具だった。

 頭がパンクって、比喩にしても怖いだろ。

 ドン引きする俺を見て、クレアは気まずそうに肩を落とした。


「実は、天使が現世の生活に溶け込むには時間がかかるといわれています。およそ十人に一人は、周囲に不審がられて撤退を余儀なくされるほどです。長年経験者の意見を反映しているものの、現世の常識も日々更新されていますので」


 言われてみれば、常識なんて曖昧なものか。

 地域によって違うし、極論一人ひとり異なるといってもいい。


 人間だって周囲とそりが合わずに、溶け込めないこともある。

 別世界の天使に、最初から完璧を求めるのも無茶な話か。


「それじゃあ、今のうちに現世で暮らすためのお勉強でもしておくか」

「いいんですか!? とっても助かります!」


 乗り気な返事をもらえたので、俺たちは連れ立って外に出た。


「とりあえず今日は、学校付近で買い物とかを体験してくるか」


 軽く道案内しながら、最寄りの駅へ着くと、クレアは途端に目を輝かせた。


「私、現世の電車に乗るのは初めてなんです!」


 興奮を抑えられない様子で、古風な赤煉瓦の駅舎を見回している。

 見た目は完全にお上りさんだが、楽しそうだから水を差すのは控えよう。


「樹さん!」

「ん?」

「お金を貸してください!」

「お、おぉ」


 満面の笑顔で金をせびられた。

 俺が言い出しっぺだから断る理由もないが、明るく元気なカツアゲみたいだな……。

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