02_05__新主人公、打ち上げやるってよ②

●【旧主人公】宇治上樹


 生徒会に打ち上げ中止を迫られる中、赤羽先生が現れた。


 あまりにも唐突な登場だったため、その場にいた全員が黙り込んでしまう。

 そんな空気を察して、赤羽先生が率先して口を開いた。


「警戒しなくていいよ。食堂でお昼を食べていたら、何やらやり取りをしている光景が目に入ってね」

 言われて窓のほうを見ると、他にもちらちらと視線を向けてくる生徒がいた。


「しばらく様子を見ていたけど、生徒会役員が一年生に詰め寄る絵面は穏やかじゃない。勤勉な私は、お昼休みを一足早く切り上げて顔を出したのさ。――さて、もう一度聞こう。揉め事かい? 大人の仲介は必要かな?」



「揉め事なんて可愛いらしい状況じゃありません。無辜の民が生徒会の圧政に虐げられているところです!」

たちの悪い言い回しをしないでくれるかしら……」

「ひっ!」

 俺が即座に助けを求めると、水無月は呆れたように呟いてから赤羽先生に向き直った。


「今朝、先生方から伺った体育祭の打ち上げの件です。問題があるようだったので、開催を諦めるよう説得していました」

「あぁ、そういえばそんな話もあったね。でも私が聞いた限りだと、問題を起こさないよう釘を刺しておくニュアンスじゃなかったかい? 必要以上に威圧しないために、生徒会に任されたはずだが」


「詳細を聞いて事情が変わりました。主催者の一人である宇治上は、過去に度々問題を起こした前科があるので、野放しにしておくのは危険です」

「ちょっと待て。人を害獣扱いするな。そもそも俺だって、自分から進んで問題を起こした覚えはないぞ」


「そうね。失礼、言い直すわ。問題が起きた時に役立たずだったうえに、出しゃばって話を複雑にした前科があるので、危険と判断しました」

「事実だけども言い方っ!」

 俺だって、自覚はあっても人から言われると傷付くぞ……。


「ハハッ。君ら随分と仲がいいな」

「心外です。その発言は名誉棄損ですよ。撤回してください」

「俺と仲が良くて、損なわれる名誉って何さ……」

 俺って呪いの一種?

 生きるデバフ?

 そろそろ泣くぞ。十七歳男児が全力で泣き喚くぞ。


 赤羽先生もお腹を抱えて笑ってないで、助けてください。

「はぁ……、君らに面識があるのは分かったよ。ただ、何の譲歩も許さずにいきなり中止はさすがに酷じゃないかな? ここまで目をつけられて問題を起こすマヌケもそういないだろう。それに、今の君はどうも私情が混じっているように見える」


 赤羽先生の指摘に、水無月が口を噤んだ。

 テラス席に再び沈黙が流れる。

 生ぬるい風が吹いて、草花の擦れ合う音がやけに大きく響いた。


 水無月は説得の道筋を探しているのか考え込み、赤羽先生はその出方を楽しんでいるように見える。

 隆峰は忙しなく視線を揺らし、玉川さんは静観の構えだ。

 思い付きで始めた企画で、なぜこんなややこしい展開になってしまったのか……。


 俺は空しい気分で両手を上げた。

「分かった。降参だ。足枷になるくらいなら、俺は打ち上げには参加しない。だが、その代わり、水無月の監視付きで打ち上げの開催は認めてくれないか?」

「……なぜ私が貴方の代役を務める必要があるのかしら?」


「水無月も物語の傾向を把握する目的自体は有意義だと考えているはずだ。問題はイベントが起きた時に俺では対処しきれず、店や近くの客に迷惑を掛けるかもしれない点だろ?」

「だから難癖を付けた私に監視役を押し付けようっていうの?」


 フッと、綺麗な顔に嘲笑が浮かぶ。

「私が幹事を務めたら、イベントが起きないよう画策して無難に終わらせるかもしれないわよ。私が持ってきた報告を、貴方は信じられるの?」


「当然だろ。水無月は人の信頼を裏切るタイプじゃないし、任された仕事を雑に扱うところなんて一度も見た覚えがない。それに、認めるのも癪だが、お前は俺よりはるかに優秀だ。もし失敗に終わるとしたら、俺がやっても結果は同じだろ」


 取り繕わず素直に答えると、水無月はバツが悪そうに視線を逸らした。

「…………………………ハァ、つまらないことを聞いたわ。忘れて」


 溜息交じりにそう言うと、しばし考えてから腕組みを解いた。

「分かったわ。貴方の代役は私が務める。横槍を入れるなら、私も多少は譲歩しなければフェアじゃないものね。ただし、把握している物語の現状は包み隠さず教えて」

「了解。出し惜しみする理由もないしな」


 打ち上げを潰したところで、物語が無くなるわけではない。

 今後校内で騒ぎが起きるかもしれないので、今回は情報収集を優先してくれたのだろう。


「んー。よく分からない部分もあったが、宇治上君は本当に不参加でいいのかい?」

「俺は元々隆峰の補佐でしたから、役目を引き継いでもらえるなら問題はありません」

「そうか。君が納得しているなら、私から言うことはないよ」

 決着がついたと分かると、赤羽先生もカラリと笑った。




「話は終わったので私たちは戻りましょうか」

「そうだね」

 声を掛けられた玉川先輩は俺たちに小さく会釈をすると、水無月と並んで踵を返した。


「さっきの宇治上くん、だっけ? 彼は有名な子なの?」

「……ええ。悪い意味で有名です。冗談の塊みたいな男なので、知らないならそのままでいいと思います」


 失礼なやり取りをしながら上級生二人が立ち去ると、俺たちは揃ってテーブルに突っ伏した。

 つ、疲れた……。


「近くで見るのは初めてでしたけど、水無月先輩は噂以上にお奇麗な方でしたね」

 第一声がソレかい。

 混乱しているかと思ったら、意外に余裕があったんだな。


「それより、勝手に幹事を引き継いで悪かったな。ただ、水無月は俺より有能だし、悪いようにはならないはずだから」


「そうですか……。成績も学年トップだと聞きますし、多才な方ですね」

 水無月のハイスペックぶりは高校でも健在らしい。

 文武両道で、何でも平均以上にこなせる秀才だしな。


 ふと、視線を感じて顔を上げると、赤羽先生がじっと俺たちを眺めていた。

「……なんですか?」

「二人とも個性的な子だと思ってはいたが、入学早々生徒会に目を付けられるとはねぇ」


「ハハハ……、勘弁してください。出来ればもう関わりたくはないですよ」

 我ながらフラグめいた発言をしている自覚はある。

「ちなみに、物語がどうこうと聞こえたが、打ち上げでお芝居でもするのかい?」

 ……言い訳、面倒くさい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る